死んだ者はもう戻ってこない

―――…仲謀様…どうか…ご無事で…


足をフラつかせながら一人の青年は脇腹を抑え、当て所もなく足だけを動かす
片手には甲刀が握られており、その甲刀から紅い液体…――血がだらだらと流れていた
獣は獣だが、欲に埋もれた人間と言う獣の血
青年本人自分も欲に埋もれた人間(ケモノ)だと言うことは良く知っている
でなければ彼は刀を握っていない。ましてや刀に血が浸いているわけがないのだ。
では何故ケモノと知っておきながら何故未だ刀を握っているか…
志の為だと殆んど奴が言うだろう。多分彼もそう答えるであろう
だが、彼が憎んでいる奴を見て彼は思うのだ。
"本当に志なのか"と。
少なくとも彼が憎んでいる奴は"志"と答えないのではないか
彼はいつもそう思うのだ。
そして彼は自分でも分からなくなっていた
――とりあえず今はあの方の無事を祈るだけだ
彼はそう思いながら本陣へ向かい歩いている
後ろに注意を向けながら…

だが、敵は後ろから来た
彼は直ぐ様ガードすると敵を斬りつけた
すると敵は死に際に力の限り「凌公績がいるぞ!!」と叫ぶと息を引き取った
それを聞き付けた敵の仲間は彼の元へぞろぞろと集まってきた
彼は舌打ちをすると足を一歩後ろに下げた
するとバキッと橋の小さな破片がパラパラと川に落ちてゆく
――危なかった…
彼は密かにそう思いながら前を見た
――多勢に無勢…勝てっこないよな…これ…
後ろには落とされた橋
前は多勢の敵
青年は舌打ちをもう一度すると決心をし、相手から視線を離さず足を滑らした様に落ちた
敵一同は命はないそう思ったはずだ
革製の重い鎧に甲刀
生きて帰れる筈はない
敵は鈴がちりんと鳴り響くほうへ向かった
―凌公績は死んだと勘違いをして…

「伝令!」
呉軍本陣に伝令の声が響いた
陸遜や呂蒙など伝令の近くに寄ってくのと同時に一人の影、その影を追う大きな影も寄ってきた
「何事だ」
後に遣ってきた影の持ち主は伝令に向かってそう投げ掛けた
伝令は「はっ」と短く声をあげると俯いたまま影の持ち主に伝えた
「公績様が見つかった模様です!」
何人かの兵は伝令に「亡骸でか!」や「何処にいる」等の声を溢れ返していたが影の持ち主は伝令にそっと近づくと
「何処にいる。案内しろ」
と威圧感のある声で言うと伝令は「こちらです」と急いで立ち上がり歩き出した
「幼平!行くぞ」
影の持ち主は己が腹心である大きな影の男に言うと歩き出した
幼平と呼ばれた大きな影の男は影の持ち主の後を追い掛けた


影の持ち主は青年の影を見付けるや否や「公績!」と叫んで彼に近寄った
公績と呼ばれた青年は影の持ち主をみるや否や
「殿!俺の兵達は…」
と問いかけた
影の持ち主は俯き首を横に振った
この戦いで青年…凌統公績は腹心である300人の兵全て失ったのだった
凌統はこれ以上開かないほど目を見開き
また、俯いた
それを見た孫権は自分の上衣を凌統に被せ、手厚く看護をした
取り敢えずあらかた傷口を全て包帯で覆うと手をとめ未だに俯いている凌統に向かって言った
「公績死んだ者はもう戻ってこない」
周りにいた誰もが当たり前だと思ったはずだ。それは読んでいる貴方もそう思ったはずだ
孫権は少し息を吸うとまた口を開き「だが」と言うと
一つの言葉を放った

「私にはまだ公績がいる、それで十分だ」

凌統はバッと顔を上げた
孫権の瞳には涙が浮かんでいた
「殿…」
凌統は口を開いて言った
「山越にはまだ勇猛な人が多く、慰恩をもって味方にすることができる筈です」
凌統はいつもの眼差しで孫権を見た
孫権は微笑んでまた、手当てをまた始めた。





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