その見世に彼が訪れたのは全くの偶然だった。
遊歴算学者として色々な神社に赴いていた僕は知り合いの算学者に連れられて今までとても無縁だった遊郭に来た。
遊郭と言っても売られているのは女性ではなく所謂男色用の遊郭のような場所だ。
とはいえ今の時代男色だなんて珍しくもなく、もしかしたら端から見たら自分もその一員に見えるのだろうと思った。
黙って知り合いの後を付いていけばとある部屋に招かれた。
そこにいた商品は綺麗な若葉色の着物を身につけながら深々と頭を下げていた。
顔を上げた彼を見て僕は顔を歪めてしまった。
とても綺麗な男性だったからだ。

「――また来てくれたんですね。植松君」
部屋に入った僕を見るや否や彼は微笑みながらそう言った。
僕は眼鏡越しに彼を見ながら「来て欲しくなかった?」と問いかければ彼は可笑しそうに笑い「まさか」と言った。
「君の持ってくる算額、面白くて僕は好きです。君の知り合いの方は算学の話さえせずに僕を抱くんですから。」
此処ってそう言う所だろ。と応えれば彼はそうなんですけどと苦笑を浮かべた
「で、今日のは何ですか?」
ゆったりと僕の方に足を運びながら彼は問いかけた。
「うん。面白いのを見つけてさ。竜サンにも見て欲しかったんだ」
そう言いながら僕は懐からこの前取ってきた算額を取り出した
彼はそれを手に取ると考え始める。
こうやって算額を持って彼の所に通うのは何度目だろうか。
そんな彼を見ながら自問自答を繰り返す。
最初に来たときにあまりのつまらなさに算額を見ていた時、彼がそれに興味を示し「あれはなんですか」と知り合いの算学者に問いかけた。
知り合いは「色気もない」といいながら彼にアレは算額であると教えた。
興味が出たのだろう退散する際に僕だけ呼び
「それを持って今度一人でおいで下さい。見世の方には僕の方から言っておきますので。」
と言った。僕は言葉通りに後日同じ算額を持って彼の元に足を運びそれを見せた
そうすると彼は楽しそうに算額を解き明かし、「また何かありましたらお願いしますね」と言ったモノだ。
それ以降僕は算額を持って彼の元へと通い続けていた。
それも今日で終わりだと踏ん切りを付けた。
これ以上通ってしまうと自分の性別を知られてしまうし彼に惹かれて言ってしまう。
それに・・・・遊歴算学も出来なくなってしまうのだ。
その事を伝えれば彼は驚いたように目を開いた。
そして算額を床に置くと彼はゆっくりと僕に近づいてきた
そしてまるで手慣れたように僕の肩をトンとおした
あまりのことにバランスが保てずに倒れた僕に覆い被さるようにして彼は僕に跨った
何してるんだと言おうとした口を彼は己の口で塞いだ
濃厚な口吸いを経てやっと口を離したときにはお互いの唾液が分からないほど交わっていた。
「僕はいつの間にか商品として失格していたんですよ。植松君」
恋い焦がれるような目をしながら彼はそう言った
「いつの間にか僕は君に想いを寄せていた。叶う筈など無いのに。」
それでも僕は君が好きなんです。植松君。この身を誰かに暴かれようと心は君にしか向いてなかったんです
彼は泣きそうな顔をしながらそう言った
だから最後の日だけでも僕を抱いてくれませんかと問われたときにそれは無理だと僕は咄嗟に応えた
彼の目が一気に絶望を浮かべたのを見届けてから僕は多く着込んでいた服を上だけ脱いだ
誰も知らない真実。長屋での幼馴染みと家族しか知らない秘密
晒された上半身を見ながら彼は目を白黒させた。
それもそうだ。これが本当の僕の正体であるのだから
丸い肩に無理矢理締め付けるように巻かれたさらし。
僕は性別学上女であるのだ。
「だから僕は君を抱くことは出来ないんだよ」
寂しそうな顔をしながら僕は彼にそう諭した。

僕が見世を訪れられなくなった理由は藩主である降矢虎太に嫁ぐか仕えるかの二つの選択に迫られているからだ。
どちらにせよ自由は許されて居らず、遊歴算額の道も閉ざさなければ行けないのだ。
その為に僕は今回彼に別れを告げようとした。
藩主が僕の性別を何故知っているのかは謎ではあるがどちらかを選ばなければならない。
とりあえず後日藩主に顔を出すことが義務づけられた。
もしかしたらその日に全て決まってしまうかも知れない
だからここで彼にさようならを告げることにした。

結局彼とは何もないまま算額を解いてお別れをした。
もう来るはずがないと思いながら。


女らしくない顔は理解している。だからこそ男装してもバレなかったのだ。
だから僕はあまり女性らしさを出すことなくいつものラフな格好で藩主の元を訪れた
すれ違うモノは皆目を白黒していたが屋敷の前に立っていた彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
見たことある顔、それは長屋の幼馴染みであった浮島悠斗その人であった。
「植松お久しぶり」
そう言う彼に僕も笑みを浮かべて応えた。
なるほど、藩主が僕の性別をしっていたのも頷ける
「直ぐに呼ぶから待っていてね」
そう言いながら案内するとウキはその場からいなくなった。
何処か居心地悪く思いながらじっと待っていた
すると急に戸が開いた。
もしかして来たのだろうかと顔を上げると臙脂色の着物を纏った男性がいた。
その男は紅い眼に綺麗な茶の髪を持っており、どことなく竜さんを思い出させるような容姿をしていた。
否、髪型が違うだけでほぼ竜サンそのものだった。
彼は僕を見ると「あぁ、」と感嘆の声を上げた
そしてから「藩主様ならもうすぐ来るんじゃね。」と言いながらズカズカと中に入ってきた
「あんたも不幸だな。ただ計算するために妻になるとか。心に決めた男だっていただろうに」
あ、でも男装していたからいないのか?
そう言いながら臙脂色の男は首を傾げた
"計算するため"とはどういう事だろうかと口を開こうとしたとき彼を叱咤する声が聞こえた
「あんまり植松を虐めてやるなよぉ。凰壮君のガン付けだけでみんな首を縮めるんだから」
そう言ったのはウキだった。彼の後ろには凄く着心地悪そうにしながら刈安色の着物を纏った男性がいた。
彼はゆっくりと上座に座ると「藩主の降矢虎太だ」と短く言った。
僕は無礼がないように急いで頭を深々と下げ
「お話を伺いました。お初お目に掛かります。遊歴算学をしておりました。植松太郎と申します。」
と答えた。そうすれば彼は勇ましい声で「頭を上げろ」と短く言った。
恐る恐る顔を上げると藩主の顔は直ぐそこに迫っていて驚いて上半身だけ後ろにもたれた。
そんな僕にお構いなしで彼は扇子で僕の少し離れた横に座っている臙脂色の男を指すと言った
「話の前に一つ問おう。俺と奴は三つ子なんだ。だが一人足らないのが分かるだろう?」
その問いに僕は必死に顔を縦に振った。さもないと首を持って行かれそうな気がして。
一拍おくと彼は問いかけた。
「俺と彼奴の顔に似た男を見たことはないか」
と。


結局僕は婚約は出来ませんと断り、会計係という役職(?)与えられた。
だからといって一応藩士であるために彼処の見世に近づくことはなく、算学も手を出さなくなった。
算盤を叩きながら藩主である虎太君に回されたモノを計算していく。
昼時になるとウキが顔を出して知らせてくれるのでそれまで踏ん切りが行くところまで遣っておこうと算盤玉を弾いた。
竜サンについて一応あの日のあの問いでは応えた。だが彼らが動くか動かないかは知らない
彼が見世で売られていることも伝えたからだ。
三つ子の弟、兄が男に身体を売っているとしったら普通は嫌悪を抱くモノだろう。
だからこそ彼らが動くとは思えないのだ。
それでももし叶うならもう一度会いたいと願う自分がいるわけで―――
―――あれ、もしかして僕は・・・?
そう考えに浸っているとウキに声を掛けられた
ご飯だろうかと思いちらりと外を窺うがまだ日は昇りきっていない
では一体何だろうか。
どうしたんだ?ウキ?と問いかければウキは凄く嬉しそうな笑みを浮かべ、
「今日のご飯は虎太君と凰壮君と僕と一緒にお客様と食べることになったから」
と爆弾を落とした。
ちょっとまってどういう事と言い切る前に彼は時間になったら呼ぶから、じゃあねと言って立ち去っていった。
やりきれない思いを溜息にして吐き出しまた算盤に向かった。
それでも頭に浮かぶのは見世のことではなく先程のウキの言葉だけだった。

昼時になると予告通りウキは会計所へ訪れた。
しかも着物を持って、だ。
その着物は何と問いかければ彼はきょとんと首を傾げ
「植松のに決まってるでしょ?虎太君が着せろって仰せで。
あ、着物の着方分かるよね?」
ウキはそう言うと僕の手を着物を持っていない手で引いた。
そして僕に当てられた部屋にまで連れ出すと着物と一緒に押し入れられた。
「着るまで出て来ちゃ駄目だよ?一応高遠さんに見守って貰うけど今日は植松もいなきゃ行けないんだから。」
僕はご飯の仕上げしてくるから。そう言うといつの間にか傍まで寄っていた凰壮君の部下である高遠さんに後は任せて立ち去っていった。
もうなんだって言うんだよ。
「ほなはよ着付けしよか!」
高遠さんは振り袖の袖を肩まで持ち上げるとそう言った。
嫌な予感しかしない僕は一言だけ紡いだ
「お、お手柔らかに・・・。」

なんとか生きたまま着付けは終わった。
いつもとは違い範囲が決められており胸の下がグッと押された感じになれなくてつい「う゛ぇ・・・」と声を漏らせば高遠さんに「変な声出すなや!はしたない!」と言って叩かれた。
それは高遠さんには言われたくないし高遠さんなんか時折げっぷを吐くじゃないかと言えば思いっきり背中を叩かれた。
部屋に案内されると戸の前には藩士達が居て怖じ気づいた。
このまま逃げられないだろうかと目だけで逃走回路を探るがそんな好きを此処の藩士が与えてくれるはずもなく(藩主がきっちり稽古を付けているからだ)少しだけ落胆しつつも覚悟を決める。
戸の前で家にいる際にきっちりと教えられた様に頭を下げていると、藩士は息を合わせて戸を開いた
「遅らせ参じて申し訳御座いません。会計の植松、ただいま推参いたしました。」
そう言えば中から藩主が「顔を上げろ」と声を掛けてきた。
「失礼します」と一言置いてから顔を上げた途端に凰壮君のにやけた顔が目に映った。
そうしてから若葉色の着物が目に映った
それを目で辿れば凰壮君と藩主によく似た見覚えのある顔が目を見開いてこちらを見ていた
それを確認すると藩主は口元を緩め
「お前の婚儀についての話だが断らないよな?」
と言った。


花魁男子と男装算学者

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遊郭の在り方とか藩の仕組みとかもう捏造です。
算学については算数宇宙がなかったので、宮部先生の震える岩を参考にして書きました。
霊験も書いてみたいなと。
あと話が滅茶苦茶飛躍しまくっていて申し訳ないです。浮かんだ場所ばかり書いていました。
因みに役職は虎太が藩主、ウキが藩の料理長、凰壮が岡っ引きの親分、エリカは凰壮の部下、竜持は花魁からの藩の会計長、植松は遊歴算学者からの会計長からの会計長の妻。
また登場してなかったのですが、内村君は近くのお医者様。藩の病状とか怪我とか診てくれますが、怪我は治療して布巻いてから一発思いっきり叩きます。マジえげつない。一番の被害者は虎太君。
あと設定だけですが、翔君は牛鍋屋(この時代にあったか不安ですが)、玲華ちゃんは御奉行の愛娘、多義とゴンは・・・・いたら危ない気もするけどハーフだし大丈夫かなと。ゴンは他の藩の藩士で多義は口入所の店主さん。
後は考えてないですけど、この話また書けたらいいなと・・・。





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