次男が回想 彼と逢った記憶で最古の物は4歳の頃の元旦だ その頃の彼は僕たちよりも5歳上だから多分9歳だったと思う 僕たちは正月の挨拶に祖父母の家に行ってお節料理を食していた お年玉は両親に預けることなくポケットの中にしまい込んでいた気がする 父に預けると戻ってこない気がして絶対に預けなかったのは覚えている 彼は居間で叔母や母、祖母達が会話してるのにも混ざることはなくただ庭でリフティングをしていた。 テクニックがあるのか彼は中々ボールを落とすことなくリフティングを続けていた それに興味を示したのは虎太君からだ。 美味しそうに食べていた伊達巻きを全て食したらしく頬に食べかすを付けながら顔を使ってボールを追っていた 虎太君食べかすついてますといってティッシュで食べかすを拭った瞬間に彼は「あぁああああ!!」っと声を上げた 何事かと視線を向けると声を上げた理由がすぐに分かった さっきまで宙を舞っていたボールが地面をころころと転がっていた それを見た叔母が苦笑していたのが聞こえた 本当に凰壮は身体を動かすのが好きなんだからと言っていたのが聞こえた 虎太君はずっとボールと兄さんから目を逸らすことはなかった その視線に気付いたのか彼はボールを拾うとこちらを見て微笑んだ そして「遣ってみるか?」と尋ねてきた 虎太君は即答するようにこくりと頷いて急いで靴をはき出した あの頃は虎太君がやることは全て僕もやらなければいけないと思っていたので僕も虎太君待ってと言って急いで虎太君の後を追った それを見ていた彼は可笑しそうに微笑んでいた それが僕たち双子とサッカーの出逢いであり、彼と逢った記憶の中で最古の物だ 初めは彼の事を名前で呼んでいたのだが小学生に上がるときに呼び方を変えた 6年生を呼び捨てだのするのは礼儀としてどうかと思ったのもある。 もう一つは彼の身長がぐんと伸びたことにある 小学3年までは結構小さい方だったのに小学4年から一気に身長が伸び始めたのだ 彼だけが早く大人になってしまうと言うのが小さいながらに気がついた だから「凰兄さん」と呼ぶことにしたのだ。 本当は引き留めたくて仕方なかったのだが・・・。 そしてそれと同時に凰兄さんが「桃山プレデター」の応募用紙を持ってきたのだ 「お前らサッカー好きみたいだしさ、俺も6年チームで入ってるし入ってみないか?」 そう言った凰兄さんは凄く楽しそうな顔で首を横に振ることが出来なかった 虎太君はその頃からサッカー一筋になっていたので即答の如く頷いていた 母は「サッカーはちゃらくて嫌い」と言っていたが父がOKを出してくれたのでそのまま応募した。 だけど僕たちは才能と元々教えてくれたコーチが良いコーチだったためにサッカーのテクニックはみんなよりも遙か上だった その為に息苦しくて仕方なかった 時々見学のために見に行った6年のチームでは凰兄さんは水を得た魚のように活き活きしていたのに何故だろうかと首を傾げた気がする。 後に気がついたのだが、凰兄さんは高い技術を持っていながらレベルをみんなに合わせていたのだ。 凰兄さんの高い技術について行けたのは凰兄さんと凄い仲良しだった浮島悠斗さんくらいだった それに気がついておきながら僕らはそんなこと知ったこっちゃないと思いながら殆ど二人だけでサッカーを遣っていた 正直コートの中には僕ら双子とゴールキーパーがいれば充分だった それは今でも思っている 出来ればそこに凰兄さんと浮島さんがいれば完璧だ。 これさえあれば僕は何も要らない。 グリップを握りしめながら虎太君のコートにやってきたボールを打ち返した 虎太君は軽やかなステップを踏んでそのボールを打ち返す。 それを繰り返し遣っていた コーチがクソ過ぎて僕らは5年になってチームを抜けた どうやらそれに続けて色んな人たちも抜け始めたらしい。 だが僕らにとってそんなことは知ったことではない あんなコーチの元で遣るならサッカーを止める。それが虎太君だった 他にも色んなチームから声を掛けられた 正直僕は桃山じゃなくても良かったのだが虎太君が 「凰兄と同じチームじゃないと意味がない」 と言って誘いを断っていった。 僕も同感ですと言って僕らはチームを後にした 丁度その頃に・・・いやそれよりも少し前に凰兄さんはサッカーに戻っていた 中学の時はサポートしてくれる奴がいないからと言って柔道に力を入れていた 母が密かに叩き込んでいたらしく、凰兄さんは柔道でも負けることはそうそう無かった 高校に上がって浮島さんとまた同じ学校になったらしく、凰兄さんはサッカーを再開した 母が面白くないとでも言う顔で「凰壮は素質有ったのに」とぼやいていたのを訊いたことがある。 そして凰兄さんはサッカーに戻ってきたのだ 僕らとすれ違いに。 「竜持、虎太。飯できたから上がってこい」 エプロンを脱ぎながら凰兄さんはそう言った 虎太君が打ち返してきたのを打ち返せずにボールはバウンドして僕の横をとおりすぎた 僕は肩で息を吐きながら凰兄さんをみた 虎太君はきっとご飯のことしか考えていないのだろうラケットを無造作に投げ捨てると家の中に入った ちゃんと片付けろと良いながらサンダルを履いて降りてきた凰兄さんを何も考えずに見つめる その視線に気がついたのか凰兄さんはこちらを見て不機嫌そうな顔を浮かべると「なんだよ」と短く問いかけてきた 僕は首を横にすると何でもないですと無理矢理笑顔を作ってから凰兄さんにこれもお願いしますとラケットを手渡した 俺は家政婦じゃねーんだぞ!と怒鳴った声が聞こえたがそんなの気にすることもしないで僕は手を洗いに洗面所へ向かった その背後を凰兄さんが眉間に皺を寄せながら見つめていたなんて気がつかなかった |