かち、こち、かち、こち。テレビも何もつけていない静かな部屋ではいつもは特に意識しないような時計の秒針がやけに耳にこびりつくように聞こえる。そんな場所の中で俺は家具と同化しててもおかしくないほどに何をするでもなく、それでも呼吸だけはして、二段ベッドの下の方にぼうっとして座っていたら、いきなりノック音がしてびくっと無意識に体が跳ねた。

あまりに突然だったから、はい、と返事をするまでに少し間が合ったように思えたがそれより先に我らが5号室のドアノブが回し、引かれ開かれた。そのときにちらついた黒縁眼鏡を視界に捕らえてからの俺はものすごく速かったね。倉持先輩もびっくりの俊足。ベッドからドアまで数メートル足らずだけど。とにかく急いでドアまで駆け寄って自分側にあるドアノブを掴み、思いっきり引っ張る。閉まれ、閉まれ!しかし相手はさすが一年先輩と言うべきか、足を部屋の内側に差し込んだからと言うべきか、おそらく後者の理由で俺に競り勝ち、扉を開いて靴を脱いだ後ずかずかと上がり込んできた。

「はっはっはっ随分威勢のいいご挨拶だな」
「あああ!不審者は入れちゃいけないって倉持先輩に言われてるのにいいいい!」
「え?じゃあ俺を拒む理由ねえじゃん」
「アンタよく真顔でそんなこと言えるな!」

次回からは顔パスにしといてくれよ、なんて訳の分からないことを言うのでこの顔にピンときたら以下略のあれのことだろうとひとりうんうん頷いて納得した。さて、御幸先輩との攻防のせいで冒頭に述べたような静寂空間は完全に消えてしまった。別にちょっと退屈だなって思ったけどだからってこの眼鏡を呼んでほしいとは一言も言ってねえんだけど。ちくしょう。

「まあ落ち着けよ沢村、」
「……なんすか?」
「大事な話があるんだけど」
「……その言い回し、もう20回目だけどな」
「いや、22回目だ」
「そんなに多いんならいい加減やめろよ!」

そういうことなら内容は聞かなくても分かってるから、さあ帰れ、早く帰れ!と後ろを向かせて背中を押して帰らせようとするがびくともしない。いつもむかつくけど今日は輪をかけたレベルでむかつく。にやついた笑顔だって、艶めかしさを含んだ声だってきっと女の子からしたらとろとろにとろけちゃうくらい素敵なものなんだけど男の俺には重すぎてげろげろに吐いちゃうのが現実なんだよ!

「22って数良いよな、俺とお前の背番号足してる数なんだぜ、220も好きだけどこれってなんか新鮮だよなっ」
「知るか!」
「仕方ねえな、説明してやろうか?」
「いや、いい。アンタが俺のハートを狙ってるのは嫌と言うほど分かるけど…」
「ハートだけじゃなくて尻も狙ってます」
「えっなにそれ怖い!」

身の危険を感じてずざざっと飛び退けば、御幸先輩はと言うと名残惜しそうな顔をしていた。やっぱり危険だ。決して室内の気温が低いわけではないけど、ぶるりと体が震えた。とん、ととん、一歩二歩と後ずさってもと居たベッドの縁にふくらはぎ辺りがくっついて行き止まりのところでようやく落ち着いた。離れることが目的だったのに笑ったまま近寄ってくるこいつは何だ、サディストか?知ってたけど!

「あれ?寒い?俺があっためてやろーか」
「ひいい全力で拒否!」

ふざけたことをぬかすので手近にあったふわふわの枕を左手でぎゅうと形が変わるほどに掴みそれから振りかぶって御幸先輩の顔面めがけて投げた。投手なめんな、とは思ったけれど、びゅんと向かっていったそれを易々と受け止められたことによって相手が捕手だったことを思いだして歯噛みする。

「それとも……ベッドだなんてもしかして誘ってる?」
「だああ!アンタ本当に会話通じねえな!」
「まあ、地球人じゃないし」
「え、」
「M78星雲出身です」
「あれ、それなんて特撮?」
「お、詳しいじゃん」
「じゃああのMは御幸のエムだったのか!」
「あっちゃー!残念ながらはずれ」

後で冷静になって考えれば、こつん、と頭を叩いて某お菓子メーカーのレトロなあの子よろしく舌をぺろりと出した御幸先輩を見たときほど、仮にも先輩に殺意がふつふつと湧き上がることは無いんじゃないかと思った。でも、その会話の最中ではとてもとても頭が回らない。

「はあ!?別に残念じゃねえし!つか、あっちゃー!とか可愛くねえよ!」
「あ、沢村が言うと可愛い」
「……ど、どうも?ってか可愛いって言うな!」
「ちなみに正解は、」
「うんうん」
「M字開脚さわむ…」
「言わせねえ!絶対に言わせねえ!」

俺まで変態にすんな!あと何かいろいろ謝罪しろ!物を投げつけても効果がいまひとつだってことは実証済みだからきゅっと胸ぐらを掴んで首もと辺りまで締め上げた。あの、俺、先輩だからねなんて言われるが変態に先輩も後輩もない、いわゆるセイトウボウエイってやつだ。手を離せば御幸先輩は酸素を欲しがるようにげほごほとむせてちょっと涙目になっていた。やりすぎたかな、って心配する気持ちも数秒後には泡のよう。

「……もうここまで言ったなら最後まで言った方がいっそ清々しくね?」
「ねーよ!」
「ははあん、ツンデレ?」
「……アンタそれ言ったら何でも許されると思ってんだろ」
「あ、ばれてる。魔法の呪文だと思ってたのに」
「んなわけあるか!」
「べっ別に沢村のことなんか……大好き!」
「しかもなりきれてねえし!なんなの?ねえアンタなんなの?」
「だって、自分に嘘つけないから」
「………あっそ」

何しれっとした顔でものすごいこと口走ってんだよ。そんな馬鹿でも分かるような。大体御幸先輩が22回も言い続けてきたらしい大事なことの内容は全部そういうことなんだから。でも、気づいて動揺してるなんて悟られるのは癪で、分からないふりをした。

「どういう意味か分かる?」
「さ……さあ」
「好きだよ、沢村」
「………―――っ」

肩に手を置かれて、耳元に形のいい唇を寄せられて、一言。ドクン、脈打つ心臓が加速するような感覚に襲われる。腰が砕けるという言葉ってこういう時に使うんだっけ?いや、実際には砕けてねえけど、なんかうまく力が入らなくてふにゃふにゃした体が尻から柔らかなベッドに落ちた。ぼすん、と音がしてようやくそれを理解する。熱い、顔がすごく熱くなる。囁かれた方の耳もきっと真っ赤で、俺はそっち側を手で押さえる仕草をしながらできる限りの抵抗をした。

「も、何回言やいいんだよ!」
「んー?沢村が良いって言うまで」
「は、あ?…そう何回も言ってたら効果ねえだろ」
「単語を覚えるときは繰り返し言った方が効果的だけど?」
「……そういうもんか?」
「そういうもんだろ」
「…う、」

言葉に詰まったと同時に向かい側から両肩を押されて、ぐらり、視界が反転する。天井が見える、けど、それより先に憎らしいほどに整った端正な顔が目に留まる。悔しいから絶対言ってやんねえけどな。それよりも、こんな状況になってるってことはつまり、押し倒されたってことか!?慌ててじたばたしても時すでに遅し。のしかかった御幸先輩はびくともしなかった。純白のシーツの上に男二人なんて、普通なら何も起こらなそうだけど、真剣そのものの御幸先輩の目は鋭くて、冗談のようには到底思えない。尚も言葉攻めのような追随が襲う。甘ったるいような脳髄が痺れる、変な、愛。

「それに、何回も言われなれてるはずなのに顔赤いのは何で?」
「そっ、それは、」
「好きなんだろ、俺のこと」
「……俺が、アンタを?」
「ははっ、正直に言えば?」

再び襲ってくる静寂の中で俺はごくりと喉を鳴らした。


00%ないから安心しろ!
(そんな照れ隠しをするけど否定しきれない、)
(……っ!勝手にナレーションしてんじゃねーよ!)
(はっはっはっ!)

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「御幸オールシーズン」様へ提出。当方は基本的にゆめをメインとしたサイトを運営しております。それにも関わらず受け入れてくださった主催者さまには本当に感謝しています!これを機会にもっとBLを書いてみようと思います。見てくださった方もありがとうございました!御沢らびゅー!


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