「何か用事?」

そう言ってどこか落ち着かない様子で目の前に座る彼に、私も少し緊張しながら向き合う。
彼とこんな風に改まって話をするのは初めてかもしれない。そもそも私たちは二人きりで話すことも少ない。

「あのね……何か悩みがあるんじゃないかな、と思って」

つい最近『家族』になったばかりの男の子と視線を合わせ、私はそう切り出した。

「おじ……父さんや母さんには言いにくいこととか、私に相談してほしいの」
「……別に、悩みなんて無いけど」
「そう……?」

それでも、どこか様子がおかしい気がしたから、こうしてわざわざ彼を呼びだしたのだけれど。
やっぱり私には相談できないのかな。

「やっぱり……私のこと、姉とは思えない?」
「………」

彼は何も言わなかったけれど、否定しないということは肯定と同じことだ。

「それでもいいよ。でもせめて、友達として接するのは無理かな?」
「友達……?」
「うん」

ずっと一人っ子だった私にとって『きょうだい』というものは憧れだったけれど、実際にはよくわからない関係で。それでも彼と仲良くしたいという気持ちはあるから、それなら別に『友達』でも構わないと思ったのだ。

それに仕方のないことだ。
たった一歳―――正確に言うと十ヶ月しか年の違わない女を、戸籍上では義姉と認めていても実際にそうは思えないだろう。
私も突然できた自分より背の高い義弟に、少なからず戸惑っている。

私も彼も、親同士の再婚には賛成だった。
ずっと女手一つで私を育ててくれた母さんには感謝しているし、幸せになってほしい。きっと彼も、彼の父親に対して同じことを考えていただろう。

だけど実際に二人が再婚して、義姉弟ができて、一緒に暮らすようになって……頭では納得したつもりでも、心が追いつかないということもある。
彼と初めて顔を合わせたときに見た、隠しきれない戸惑いの表情は今でも覚えている。そして家族になった後も、彼との微妙な距離を感じていた。

「……一目惚れって信じる?」
「え?」

突然、彼の口から出た言葉に思わず気の抜けた返事をしてしまう。
一体どこからそんな話に変わったのだろうか。

「一目惚れ?」
「そう。ある人を一目見た瞬間から強く強く惹かれて、もっと知りたい、もっと近づきたい、その人が欲しいって心が訴えるんだ。ただ容姿の綺麗な人に魅力を感じたとかではなくて、その人じゃないと駄目で……そんな、恋愛映画みたいなことあると思う?」

そう語る彼の表情を見ていると、気まずい話題から話を逸らそうと適当なことを言っているわけではないように思えた。

もしかして、これが彼の悩みの要因なのだろうか。
そうなると私も適当な返事はできない。

「そうだなあ……」

彼の説明を受けて頭をフル回転させてみるも、私にその感覚を理解することは難しかった。
だけど彼の語り口には妙に説得力があって、きっと彼はその感覚を体感しているに違いないと思った。

「うん。あるんじゃないかな……その、私は経験ないけど」
「……僕はあるよ」

そう言って微笑んだ彼は、どこか寂しげな表情をしていた。

その『一目惚れ』は辛い恋だったのだろうか。
いや、今もしている?

「その一目惚れの相手って、誰?」
「……それは秘密」

やっぱり私をまだそんなに信用していないから答えてくれないのだろうか。
つい先ほども、せっかく彼が話してくれたのに、私は上手く応えることができなかった。彼の力になれない事が悲しい。

「ゴメン、これは誰にも言うつもりないんだ」

私はそんなに落ち込んだ表情をしていたのだろうか。彼はフォローするようにそう付け加えた。

「誰にも?その、好きな人にも?」
「うん。きっと叶わないから……本当はこんな話もするつもりなかったんだ。でも、姉さんに話したら少し楽になれたかな」

そう言う彼はあまり楽そうには見えないけれど。

「そう……それは良かった」

姉さん―――そう呼ばれたのは初めてだった。

彼と姉弟になる事を望んでいたはずなのに、嬉しく思えない。
それは、その呼び方が彼の精一杯の拒絶のように感じたから。
それ以上聞くな、深く関わるな、と彼が言っているようで、私はお決まりの返答を口にすることしかできなかった。



め事



Lips Drug
お題:「一目惚れって信じる?」

2012.03.31.





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