「ありがとうなんて言わないから」
「構いませんよ。僕が勝手に行動しただけですから」

それでも納得がいかないようで、彼女は不満気な声色で続ける。

「あれくらい一人で追い払えたのに」
「それは、余計なことをしてすみません」

全く反省していないような声で僕がそう返すと、彼女はこちらを軽く睨んできた。

その真っ直ぐな黒い瞳の眼力は強いけれど、「怖い」なんて感情は微塵も湧かない。
ただ、綺麗だと思う。

彼女は、彼女自身のことをよくわかっていないのだ。
確かに空手を習っているだけあって、彼女は普通の女の子より強いのかもしれない。
だけど男からしてみればその体つきはやはり華奢であるし、何より武道の試合と喧嘩は違う。その力を過信するのは危険だ。

それに、彼女は自身の魅力もあまりわかっていないようだ。
すごい美人だとか、特別目立つ容姿をしているわけではない。だけど、背筋をピンと張った立ち姿、意志の強い瞳、良く通る声……彼女の纏うその雰囲気に惹かれる男は少なくない。

かく言う僕もその一人な訳で。
だから、僕は幾らお節介だと言われようが、今日のように知らない男に絡まれている彼女を見過ごす訳にはいかないのである。

「あ、こちら側を歩いてください」

彼女が歩道の車道側を歩いていたことに気付き、さっと場所を入れ替わる。

「……何だか、子ども扱いされている気分だわ」

呆れたように、諦めたようにそう言う彼女。
僕としては、せめて「女の子扱い」と言って欲しかったけれど。

「いくら空手が強くても、車は跳ね返せないでしょう?」
「それはキミも同じでしょう?」
「そうですね」

僕の適当な言い訳に返す彼女の真面目な声が何だかおかしくて、嬉しくて、クスクスと笑ってしまう。
そんな僕に対して、彼女はまた少し目を細めて睨む。

「随分と楽しそうね?」
「ええ、とても楽しいですよ」
「こんなオトコオンナの護衛が楽しいなんて、物好きだわ」
「本当にそうなら良かったんですけどね」

ライバルがいなくなるし、と小さく付け足す。
そんな僕の呟きに、彼女はポカンとした表情で見上げてくる。

「ん?何が?」
「……手強いなぁ」

彼女に近づく他の男を追い払ったり、見え見えのレディーファーストをしてみたり、この程度のアピールじゃあ彼女はなびかない。
わざとなのか、天然なのか……彼女の黒い瞳を覗きこんでみたけれど、その答えは出なかった。



い彼女



Lips Drug
お題:「ありがとうなんて言わないから」

2012.02.22.





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