吐いては暗闇に溶けていく白い息を眺めつつ、コートのポケットに突っ込んだ手を握り締め、坂道を上る。手袋を忘れたことを早くも後悔したが、わざわざ引き返すのも面倒で、身体を温めようと歩幅を広げた。

目指すは住宅街の上、ちょっとした高台にある公園。私が知っている限り、この辺で一番高い場所だ。

夜の0時を過ぎた住宅街に見える灯りはまばらだった。公園へと続くこの坂道にも、家の灯り以外には薄暗い街灯しかない。
でも全く怖くなかった。もう十数年ここで過ごしてきたし、楽しい思い出が沢山ある場所だから。

黙々と歩き続け軽く息が上がってきた頃、やっと公園の入り口が見えた。
昼間は遊具で遊ぶ子ども達や、犬の散歩をする人達で活気あふれるこの場所も、今の時間では流石に静まりかえっている。

目的地である公園は、家の灯りが届かないせいか先ほどの道より暗く感じた。
でもここは住宅街と同じく何度も遊んだ場所だ。どこに何があるか、物の場所は目を瞑っていてもわかる。

入り口から8歩ほど進んで、左側にベンチ。中央には砂場とジャングルジムがあって、右側にはシーソーがある。そして一番奥にあるのはブランコ。
大分塗装の剥げたその板にそっと座った。

小さい頃はこのブランコが大好きで、よく占領していたっけ。
2つ並んだブランコ。左側が私の特等席で、右側には彼がいた。

ブランコだけじゃない。私の隣はいつも彼の場所だった。

うちの玄関を出て徒歩7秒ほど、マンションの隣の部屋にいた彼は急に遠く離れて行ってしまった。

べつに、今生の別れってわけではない。
電車を5時間ほど乗り継げば彼が現在暮らす街に行けるし、電話やメールなどの連絡手段もある。
それでも今までの距離に比べたら、なんて遠いんだろう。

「バーカ」

誰もいない公園にポツリと吐き出す。

急に、勝手に、引っ越して行っちゃうくせに。
『高校卒業したら、迎えに来るから』なんてキザなセリフ残してさ。

「ホント、バカ……」

自分勝手なセリフを告げた彼も、それに頷いてしまった私も。

迎えに来るって何よ。私はもう小さな子どもじゃないんだから、自分で好きなところに行ける。
それこそ高校を卒業したら、私だって自由の身だ。この街を出て、どこか彼の知らないところに行くかもしれないのに。

夜空を見上げて、小さなため息をひとつ吐いた。息はまた暗闇に消える。
思っていた通りここからは星がよく見える。

濃紺の夜空にひと際明るく光る星がひとつ目に留まった。私はあの星が何という名前か、そもそも名前が付いているのかどうかすら知らない。

こんな風に星を見るのは、彼が好きだったことだ。
今日みたいに星がよく見える日は、マンションのベランダに出て夜空を見上げていた。何時間も飽きることなく、とても楽しそうに。
私は星よりも、彼の横顔を眺めているその時間が好きだった。

やはり私は何処かで期待しているのだ。
数年後、彼がまたこの街に戻ってくることを。
また2人並んで、星空を見上げることを。

今日のこの星空も、彼は見ているのだろうか。
先ほど見つけた一番明るい星を睨むように眺めてから、そっと瞳を閉じた。

星空越しに、彼にキスが届くように。



貴方を思う



Lips Drug
お題:星空にキス

2011.12.10.





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