蝉声 | ナノ



25 蝉声

小十郎さんとなら大丈夫な気がする。
その根拠の無い自信は、現実となった。


ラブホテルに泊まった次の日、私たちはお館様に土下座する勢いで謝った。


けど、予想してたシチュエーションとは全く逆だった。



お館様は大笑いし、よくやったと私たちの肩を何度も叩いた。
肩脱臼するかと思った。


父さんも安心したように笑ってた。





切腹する勢いだった私たちはさぞ間抜け面だったと思う。
だって、怒られるようなことをしてるのに、褒められるなんて。




訳が分からないまま呆然としてると、下がっていいと言われて脳の機能が停止したまま退出した。



そして、無言で宮城に戻る小十郎さんを見送った。








その疑問が解決されたのは、それから一週間後だった。






政宗の提案で、武田・伊達・上杉間で結んでる契約をもっと強くすると言うものだった。
上杉は事情を話せば面白そうだとすぐに乗ってくれたらしい。




正式に苦情を出してきた今川。
その内容には、武田に対してよくないうわさを流すぞという脅しも含まれてたらしい。

その今川にその三社で圧力をかけた。
もしそんなうわさを流せば、お前の会社との契約を三社とも切るぞ、ということを暗ににおわせた。

そのあまりにも不利な状況に今川は強く出られなくなった。





最後の切り札である織田に泣きつこうとした今川だったが、さすがに世界にも名を轟かせる三社を敵に回すのは厳しいと思った織田は華麗に今川をスルーした。








成す術が無くなった今川は結局泣き寝入りしたらしい。


苦情も何も言ってこなくなった。







そのことを三社の社長から直接聞かされたときは腰抜かすかと思った。

私たちのことで、こんなに大事になったとは。
ものすごく申し訳ない気分だ。




得意そうに笑った政宗には本当に頭が上がらない。










そんなこんなで私たちを雁字搦めにしてた問題はすべて取り払われた。








「なまえ、ちょっと来い」



話を聞かされた後、政宗に呼び出された。



空き部屋に入ると大きな紙袋を政宗に渡された。




「なにこれ」
「中、見てみろよ」



顎でさされ、とりあえず中身を出してみる。
大小ばらばらのラッピングされたものが十個入ってた。

普通に見れば、誰かへのプレゼントだ。






「え?」
「それ、小十郎の部屋の押入れに置いてあったんだよ」


それも投げやりにな。


にっしっし、と笑う政宗はいたずらが成功したような顔だ。





「贈ろうと何度も思ったんだろうなあ」



語尾に(笑)がつきそうだ。




「誰宛だと思う?」
「……わたし?」
「bingo!!」


鉄砲の形をした手で言われた。





……やばい、泣きそう。
本当に十年前からずっと私のこと気に掛けてくれてたんだ。






「あいつ、十年前にお前を追い出したときすごかったんだぞ」
「え?」
「飯は食わねえ、睡眠はとらねえ、一心不乱に仕事してな、一ヶ月ほどして過労で倒れた」
「え、ええ!?」
「動く人形みたいだった」
「そ、そんなことになってたなんて」



信じられない。
傷ついてたのは私だけだと思ってたのに。



「お前の幸せと未来を思って突き放したんだとよ」
「…………」
「親もなしに十も年の離れた男に縛られるより、新しい親の元で同年代の男を見付けて暮らすほうがお前の幸せになると思ったらしいぜ」





ばかだ、ばかだ。
そんな一方的な思い込みであんなことしたわけ?


不器用すぎて笑えてくる。




けど、涙が溢れた。






「あは、はっ……っく、ふ」
「泣きながら笑うなよ」
「小十郎さんの、ばかあ……っ」



ありえない。
私たちずっと好き合ってたじゃん。


なに、この無駄な十年間。




「ううっ……」
「それから毎年毎年罪滅ぼしのように墓参り行きやがって。墓掃除して親に謝る時間があるならなまえを迎えに行きゃあいいのにな」




本当にそうだ。
そうしてくれれば私たちはもっと早く修復できたのに。
お互いもっと浅い傷ですんだのに。







溢れる涙を逆らわず零す。







「政宗様。少しよろしいでしょうか」
「っ!」
「OK.入れよ」
「ちょ、政宗……!」




こんな顔小十郎さんに見られたくない。
用事を思い出してどこかに行って!




そんな願いは虚しく、ドアが開いた。




「……なまえ? なっ!?」




私の顔を見て驚いた小十郎さんは続いて机の上に置かれた小十郎さんにとっては見覚えのありすぎるプレゼントに気づいたのか絶句した。





「ま、政宗様!」
「俺はお前のためを思ってやったんだよ」
「よ、余計なお世話というものです!」
「俺が言わなきゃ、一生言わねえだろ」
「そ、それは……」




返す言葉がないのか、詰まった小十郎さんを鼻で笑って政宗は出口まで歩いた。






「じゃ、帰る時になったら声かけろよ」





真田幸村のとこにでも行ってくらあ、と出て行った。


小十郎さんは大きなため息をついて私に向き直った。





「どこまで聞いた」
「……私を追い出した本当の理由」
「……そうか」



まだ涙を流す目元を小十郎さんが親指で優しく拭った。





「泣くな」




小十郎さんの顔を見れば困ったように優しく笑ってた。





「ふっく、うわああ」



優しくて、優しすぎて苦しい。
小十郎さんの胸に抱きつく。




「おい、余計に泣いてどうする」
「だって、だってっ!」
「あー……」





いい言葉が見つからなかったのか困ったように小十郎さんは私を抱きしめた。






+++









蝉。




一般的には一週間で尽きる短命で知られている。



だが実際には地中で最長十七年生き、さらに地上に出て約一ヶ月ほど生きる。
昆虫の中でも長寿の部類に入る。





オスは長い間地中で想いを潜め、地上に出たときに精一杯鳴く。
自分の運命の相手を探すために。









十年という長い間想いを心に潜めた一人の男は運命の相手に精一杯の想いを告げた。
自分の運命の相手に少しでも気持ちを伝えたくて。








「…………愛してる」



「うわあああ!」
「よ、余計に泣くなよ」




不器用なりの精一杯の愛の言葉。



(蝉声:蝉の鳴き声に似た絞り出すような声)

END
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みなさま、最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
切なくするのって難しいですね。
ちゃんと切なくなってたかは不安ですが(笑)

更新が遅いにもかかわらず、更新すれば見に来てくださった皆様には本当に感謝の言葉しかありません。
本当にありがとうございます!

ではでは、次の連載が決まるまでしばらく更新が停滞気味になるかもしれませんが気長にお待ちいただきたいです^^

誤字脱字の報告をして下さるとありがたいです。

<らいおん>
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