02 再会 「うわあ……ほんとに、久しぶりだ……」 車から一歩降りて周りを見る。 やっぱり、十年も見ないと周りの様子が違うような気がする。 って言っても、この墓地は納骨のとき一回来ただけなんだけど。 足が震えるのは何でだろう。 ああ、ここに来たのは小十郎さんも一緒だったからか。 蝉の鳴き声が嫌に耳について頭を振った。 だめだ、小十郎さんのことを考えちゃ。 「なまえ。ホテルの場所は教えたな」 「うん。五時に集合だよね」 「ああ。後最低でも四時半になるまでは絶対に外に居ろ」 「え……」 「ホテルに逃げたらすぐわかるようにフロントに連絡を入れた」 「うっ……」 「ハッハッハ! 一本取られたな、なまえよ。久方ぶりの故郷だ。楽しめ!」 「お館様……」 後部座席から窓が開いて、そう言われた。 ……お館様は楽しいかもしれないけど、私にとっては全然楽しくないんです。 お父さんには叶わない。 何でこんなに思考が読まれてるのかな。 さすが武田の軍師と呼ばれるだけある。 墓参りをさっさと終わらせてホテルに篭ろうとしてたのに……。 ここにはできるだけ長居したくない。 「では、後でな」 「はーい……」 黒のベンツを見送って私は墓地に向かう階段を上る。 十年間もほったらかしだったんだ。 大分荒れてるだろうな……。 鎌とか掃除用具も持ってきたし、今まで来れなかった罪滅ぼしがてら掃除しよう。 みょうじ家先祖代々という墓を探して歩く。 「うわー景色いいな、ここ」 高台だから、ここから仙台が一望できる。 あ、仙台駅もある。 そういえば十年前はずっと俯いてたから景色なんてまったく見てなかったな。 二人とも、ここだったらいい気分で休めるよね。 良かった。日当たりもいい場所で。 少しだけ心が軽くなった気がした。 十年前の記憶を必死で思い出して、歩いていく。 確か、ここら辺だったような気がするんだけど。 きょろきょろと目当ての墓を探すのに辺りを見回すと、一人お墓の前で手を合わせている男の人がいた。 蝉が一匹、目の前を横切った。 「……え」 十年ぶりに見る久しぶりの見知った人に思わず、掃除用具が入った袋を落としてしまった。 がしゃん、と音が鳴ったのに気付いたのかこちらを向いた、会いたくて会いたくて仕方なかったけど絶対に会いたくない人。 矛盾してるけどこの気持ちを表すのにはこれが一番近い言葉。 「……なまえ?」 「っ……!」 いやだ、本物だ。 ああ、なんでこんな所で会うの。 どうしてこんなところにいるの。 脳みそが疑問詞で埋め尽くされる。 どうしよう、震えが止まらない。 怖い、また、また拒絶されたらどうしよう。 また、あんな瞳で睨まれたらどうしよう。 そんな事されたら本当に耐えられない。 ……私の両親と小十郎さんの親戚は同じ命日なの? なんて最悪な偶然。 会えて嬉しくないといえば、嘘になる。 けど、こんな形で再会はしたくなかった。 小十郎さんの視界には入りたくなかった。 今すぐ逃げてしまいたい衝動を抑えて、小十郎さんが拝んでた墓に目をやった。 また頭がぐちゃぐちゃになった。 「な、んで……」 小十郎さんが拝んでた墓がなんで『みょうじ家先祖代々』って彫ってあるの。 なんで、なんで家の墓に小十郎さんが……。 わからない、どうしてこんなことをしてるのか。 「久しぶりだな」 「う、ん……」 車から降りた時よりも足が震えてる。 小十郎さんの顔が見れない。 瞳を見れば、あの時を嫌でも思い出してしまう。 「墓参り、来たのか」 「っ、う、ん」 声が震えて上手く話せない。 話せるわけない。 一種のトラウマ状態なんだから。 けど、何か話さなくちゃ。 「なん、で、こ、ここに……」 「お前の両親の命日だろうが」 「そ、そうだけど……!」 視界に入るだけで吐き気がする女なんでしょ、私。 そんな女の親になんて手合わせにこないでしょ、普通。 なんで、大嫌いなはずの私に普通に接してるの。 どうして優しい声色なの。 いっぱい訊きたいことはあるのに、喉が震えて声が上手く出ない。 「十年ぶりか」 「……そ、だね」 詰まる声を必死で出そうとして、顔を上げると小十郎さんは柔らかく微笑んでた。 いつも私だけに見せてくれた特別な笑顔。 記憶の中にある小十郎さんの笑顔と重なった。 「っ……」 余計に声が出なくなった。 そんな、瞳で見ないで。 子供の成長を喜んでるような瞳をしないで。 思い出を振り返るような優しい瞳をしないでよ。 私のすべてはあの時で止まったままなのに……!! 「変わった、な」 変わってなんか無い。 私はずっと一緒だ。 十年前から一歩も動けない。 足踏みすらしてない。 ずっと立ち止まったままなのに。 「もう、二十五か」 子供を撫でるように頭を撫でられた。 その手つきはあの時の前日まで私の頭を撫でてた手つきとまったく同じで。 私の大好きな手で。 あの時は私を見ることさえ拒んだくせに。 どれだけ叫んでも応えてくれなかったくせに。 あんなに手を伸ばしたのに、手を取ってくれなかったくせに。 頭に血が上った。 震えも、この瞬間は不思議と止まった。 そして、小十郎さんの手を叩き払った。 「私に触らないでよ!!」 「……なまえ、」 「気安く名前呼ばないで!! 何勝手に私ん家の墓に来てんの!? アンタにここに来る権利なんて無い!!」 呼吸を荒くして、小十郎さんに怒鳴った。 こんなこと言わなくてもいい、って頭では分かってても、心がついていかない。 十年も前のことを何引き摺ってんだって、笑われる。 未練がましい女だって、また蔑まれる。 小十郎さんにとってあの時はもう過去になっていて。 そんなこともあったな、で済まされる程度の出来事だったんだ。 そんな彼に怒鳴っても仕方ない。 彼にとっては、思い出すにも足らない小さな思い出なんだから。 そう分かってるのに、止まらない。 「私の前から消えてよ!! 顔なんて見たくもない!!」 ああ、最悪だ。 涙でそう。 こんな感情に任せて振舞う子供みたいな姿見せたくないのに。 「……そうか」 「っ……!」 小十郎さんが低く、あの時みたいな声を出した。 私の身体は面白いほどその声色に反応して、肩がびくりと揺れた。 そして、またぶり返した震え。 ……余計に、嫌われた。 そう思うと、また怖くなった。 もうすでに取り返しのつかないくらい嫌われてるのに、また嫌われるのを怯えてる私。 滑稽すぎて呆れる。 「元気でな」 私の肩に一瞬だけ手を置いた小十郎さんは通り過ぎて、階段を下りていった。 ああ、心臓が耳の横にあるみたいにうるさい。 身体の震えも止まらない。 涙も溢れる始末。 「っく……ふっ……」 もしかして、お父さんとお母さんの仕業? 十年間墓参りに来なかったから怒って巡り合わせたの? それとも、小十郎さんともう一度くっついて欲しかったからしたの? ……本当に余計なお世話だよ。 墓参りに来なかったのは、正直に謝るよ。 けど、ここまでするのは流石に酷い。 もう一度くっつけたかったなら、今のを見て分かったでしょ。 元になんて戻らない。 あの人は、大好きだけど、それ以上にトラウマなんだから。 ふと、涙を拭って墓に目をやった。 「あ、れ……?」 何で、こんなに綺麗なの? 十年も手入れしてないのに。 私は天涯孤独の身。 掃除をする人なんていない。 思考が、嫌なほうへ向かう。 私の稚拙な脳では一つの可能性しか浮かばない。 その一つの可能性は違う、と信じたい。 けど、その可能性は概ね正解だ。 「こじゅろうさん……」 この人しか考えられない。 いや、けど、今日掃除しただけでこんなに綺麗になる? 十年も放っておいたうえ、一度も掃除なんかしてない。 私がここへ来たのは、十時位。 腕時計に目をやれば、十時十五分だった。 小十郎さんが幾ら早くここに来たとしても、七時ぐらい。 ってことは、約三時間で十年分の汚れを取ったってことになる。 ……そんなの無理だよ。 垢とか雑草とか酷いはず。 それに結構大きいし、私ん家の墓。 わからない。 どうして新品同様に綺麗なのか。 いつの間にか涙も引っ込んでて、ゆらゆらと揺れる線香の煙や、綺麗な花を見ながら佇む。 これも小十郎さんが……。 お酒や果物まで供えてくれてる。 「おや……」 「え?」 しわがれた声が聞こえて、振り向くと一人の杖をついたおじいさんが立っていた。 誰、だろう。 見たことない。 「この墓に男の人以外が来るなんて、珍しいねえ」 「男の人?」 「ええ。毎回、正月や盆、そして命日に来るんだよ」 ふふ、と目尻に皺を寄せて笑ったおじいさん。 「え……? その人は……」 「その人の家の墓じゃないらしいんだけどねえ、知り合いが手入れに来ないから代わりにしているらしいよ」 今時に居ない優しい人だねえ。と嬉しそうだ。 ……嘘でしょ。 嫌な予感がまたよぎる。 小十郎さんじゃないよね。 違うよね。 違うって言ってくれないと私、泣いてしまう。 混乱で頭おかしくなる。 外れて欲しい気持ちを含めておじいさんに尋ねた。 「あ、あの、その人に特徴ってありますか……?」 「ああ、確か左頬に傷があったような」 「っ!?」 ああ、当たってしまった。 なんなの、一体。 何で、そんなことするの。 頼んでも無いのに。 誰も望んでないのに。 ……捨てたのは、そっちの癖に。 そっちから私を、嫌った癖に。 「おや、お嬢さん……どうされましたかな?」 「っ、だ、いじょ、ぶです……」 ああ、涙が止まらない。 分からないよ、小十郎さん。 なんで今更拾い上げるの。 捨てたなら一生捨てたままでいてよ。 十年という月日が経ってやっと、ほんの少しだけ落ち着いたのに。 なんで、今更……。 なんで、優しくするの。 「……こじゅ、ろうさんっ……!」 やっぱり、好き。 堪らなく好き。 どれだけ嫌われてるって分かっても。 こんな事されちゃ、勘違いするし、期待してしまう。 けど、分かってる。 元に戻るなんて……また、小十郎さんと付き合うなんて、無理だ。 小十郎さんだって、私のこと嫌いなんだしありえない。 私は、トラウマで前になんて進めない。 ……また、あんな風に捨てられたら、って思うだけで身体が震えて頭が痛くなる。 けど心の底から、小十郎さんを求めてる。 好きで、好きで。 嫌いになんてなれるはずない。 ……けど、私に前を進む勇気なんて塵ほども無い。 だから、諦めるしかないんだ。 あの人は、私が好きになっていい人じゃない。 「お嬢さん、泣きたいのなら思い切り泣きなさい。そのほうが気持ちが晴れるよ」 「っ、はい……!」 背中をおじいさんに摩られて、私は久しぶりに声をあげて泣いた。 (蝉も居場所を報せるために、精一杯鳴いた) [戻る] ×
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