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「で……か……」



なにこの門。一瞬見たとき東大寺南大門かと思った。
まあ、さすがにそんなに大きくはないけど、かなりの大きさ。

うちの学区内にこんな純和風の豪邸なんかあったんだ。


こんなの政宗君の家じゃないなんて思ったけど、表札にはちゃんと伊達って書いてるし。
金持ちってことは理解してたけど、まさかこんなに大金持ちだとは思っても見なかった。

いまどき政略結婚なんかするくらいなんだから、そりゃすごいよね。


 
「おい、譲ちゃん。なんの用だ?」
「ひっ!」

突然の声に振り向いてみれば、リーゼントで強面の男の人達が数人立っていた。


「まさか不法侵入なんて考えてねぇよなァ?」
「ち、違います!!」

こわ……けど、スーツ着てるしこの家のこと護ってるみたいだし……ガードマンだったりする?


「あ、あの、私政宗君に用事があって……」
「若に用事? アンタ、若とどういう関係だ」
「わ、私は……政宗君の彼女です!!」


そう恥ずかしながらも、政宗君に会わせてもらうために結構な大声で言った。

なのに、なに? この水を打ったような静けさは。
ガードマンの人達、固まってるんですけど?
 
変なこと言ったっけ、私。



「あの……わた……」
「ぎゃははははっ!!」
「え!?」

なに? なんで私この人達に爆笑されてんの!?
面白いこと言ってないよね!?

「譲ちゃん、もうちっとだけ可愛くなってからその言葉言おうぜ!」
「大体なぁ、若には彼女がいるんだ。諦めな!」


ゲラゲラ笑いながら馬鹿にされた。
その彼女が私なのに……!

確かに政宗君に釣り合うほど可愛くはないけど。
しかも、スッピンだし。
 
多分、どれだけ弁解しても信じてはもらえないんだろうな。



「なに騒いでんだ、お前ら」
「へ?」
「あっ、小十郎様! すみません、また例の輩いたので、追い出しているところっス!」


私の後ろから声がしたと思えば、私を笑っていた男達は、きれいに一列にならんだ。
なに、今度は偉い人が来たの?


「またか……おいテメェ」
「っ、はい!」


低くドスの聞いた声に身体が硬直した。
恐いよ、この人!


背を向けててはダメだろうな。 
固まる足を鞭打って、偉い人の方に身体を向けた。


「っ!」


声が恐いと思ってたけど、案の定顔も怖いよ!
だって頬に刀傷あるよ!
 
凶器で乱闘したことあるってことだよね!?
やめてー! 
私は、普通の女子高生だから!



「お前は……いや、貴女は……」
「は、はいっ、なんでしょう!?」
「名を、お教えいただけますか」
「え、あ……みょうじなまえです」


なに? 急に敬語になったり、名前を聞いたり。
どうしたわけ!?


「やはり、そうでしたか。この者たちのご無礼どうか許して頂きたい」

そう言うと頭を下げた偉い人。
なに!? なんで!?
ちょ、いきなりすぎて、こんがらがるんだけど!


「ぶ、無礼なんて……気にしてませんから、頭上げてください!」
「ありがとうございます。では、門を開けますのでお通り下さい」
「え、本当ですか!? ありがとうございます!!」

 
やった。なんか分からないけど通れる!
政宗君に会える!


「小十郎様!! コイツを連れて行くんですか!?」
「言葉に気を付けろ!!この方は政宗様の意中の方だ」
「なっ!?」
「ってことは……貴女が若の彼女ォォ!?」



そうだって、はじめに言ったよね。
なんて思ったけど、政宗君に会えるからまぁ、いっか。


すいませんでしたぁ!! とか、じ、じじ自転車お預かりします!! という声が聞こえた。
とりあえず自転車を預けて私は大きくて分厚い門をくぐった。







「申し遅れました。私、政宗様の側近、片倉小十郎と申します」
「あ、はい。よろしくお願いします」

歩きながら頭を軽く下げると、少しだけ微笑んでくれた。
あ、この人見た目と違ってすごい良い人なのかも。


「先程は真に申し訳ありません。政宗様の彼女と偽り、ここへ訪ねてくる輩が多いもので……」

小十郎さんという人が、もう一度謝ってきた。



「気にしてないんで、大丈夫ですよ」

政宗君を護るためにやったことなんだから。
まぁ、人の顔を馬鹿にするように大笑いされたのは少しむかついたけど。
 

「それより、政宗君は試合の用意していますか?」
「それが……今日も行かないとの一点張りで……まだ部屋に閉じこもっておられます」
「そうですか」


やっぱり行くつもりないのかな……。
毎日休まず部活に行ってたのに。
今の野球部には政宗君が必要なのに。 



「今の政宗様には貴女が全てです。どうか政宗様を頼みます」 
「え……政略結婚とかって会社の合併とか吸収とかで色々大事なんですよね?側近の方がそんな伊達家の均衡を潰しかねない私を応援するような事言っても良いんですか?」


こんなの他の人に聞かれれば大変な事になるんじゃ……。


「いえ、私は政宗様の好きなように生きていただきたい」

だから、政宗様が愛様との結婚を反対するのならば私も一緒になって反対します。
そうほほ笑みながら言った小十郎さんはどこか父親を連想させた。




政宗君のことについて話していると、さっきまで襖ばかりだったのが一つだけドアだった。
なんでここだけ洋風なんだろう。
 
「ここが政宗様の部屋です」
「ここが?」


ドアなのは、政宗君の趣味か。
うん、あの子は洋風って感じだし。

「政宗様、お客様です」

小十郎さんがノックをした後にそう言うと、ドアの向こうから布の擦れる音と少しばかり寝ぼけた声が聞こえた。


「Ah? 追い返せ。誰にも会いたくねぇ……」
「なまえ様でもですか?」

「What!?今なんつった!?」
「なまえ様がお見えになられてます」
「どこにいる!?」

 
政宗君がベッドから飛び降りたのかどんっと足をつけた音がした。
 

「ここにいるよ」
「っ、なまえ! Wait a minute!!」


そういうと何かがさがさと色々さわる音がして、三十秒ほどでドアが開いた。

「なまえ……!」


「では、私はお茶を淹れてきます」

空気を読んだのか、それとも本当にお茶淹れに行こうかと思ったのかは分からないけど、一礼して離れていく小十郎さんにありがとうございますとだけ伝えた。


「入れよ」
「うん」

小十郎さんがいなくなったことで重たい空気に変わり、パタンという扉の閉まる音だけが鳴った。


無言で、政宗君が私を見つめてくる。
その視線から逃げられない私は、目を合わせたまま固まる。

 
見つめるだけの沈黙に耐えられないんだけど……!
 

「ねえ……」
「悪い!!」

 
話しかけようとすれば、政宗君に遮られて、頭を下げられた。


「ちょっ……」
「確かに、俺には許婚がいる。けど好きなのはなまえ、お前だけだ」


鋭い視線に、思わず息を呑んだ。
今日は、仲直りに来たのに、そんな風に言われたら問い詰めたくなるじゃん。
ダメだと思っていても、口は動いてしまった。


「だったら、なんで教えてくれなかったの」
「……言えばなまえが心配すると思った。それに俺の問題だから自分で解決した方がいいと思って……」
「違うよ。政宗君だけの問題じゃなくて私達の問題でしょ?」


私が政宗君に言い聞かせるように言えば、予想外に政宗君は驚いたような顔した。
え、なんで?
普通に頷くだけだと思ってたのになんでそんな顔してんの?


「どうしたの?政宗君」
「俺の……俺の名前を呼んでくれるのか……?」
「あ……」


いつもの癖で言ってしまった。
けど、もう伊達君なんて言う必要ないし。

私から、政宗君に近付かないと。


「私は、政宗君の彼女だから苗字で呼ぶ必要ないかなって……」
「なまえ……!」

 
政宗君の表情と手の動きから、抱きついてくるのかと思えば拳を握り締めて押し堪えていた。


「政宗君……?」
「なまえは俺のことが嫌いじゃないのか?」
「え……?」
「触れても振り払わないか……?」


怯えるようにそう聞いてきた政宗君の目にはうっすらと涙が滲んでいた。

 
この前の私の軽率な行動でこんなにも政宗君を傷つけていたなんて。
傷つけたと後悔していたけど、まさかここまでとは。

私は最低な事をしたんだ。
震えて下を俯いた政宗君をみて自己嫌悪に陥った。


政宗君は私が心配しないようにと思って許婚のこと黙っていた結果私を傷つけることになっただけなのに。
私は、感情に任せて政宗君を傷つけるなんて……。

もう、政宗君に対しての怒りは完全に消えた。
あるのは、政宗君を傷つけてしまったことに対しての後悔だけ。


「政宗君、ごめん……」


政宗君に抱きつく。
無性に政宗君の体温を感じたくなった。


「なまえ……俺に触れてくれるのか? 俺が気持ち悪くないのか?」
「政宗君は気持ち悪くないよ」

どうして気持ち悪いなんて言葉が出てきたのかは分からないけど、多分これが政宗君の抱える闇なんだろう。
震える政宗君を落ち着けるように、言いたかった言葉を口にした。



「好きだよ」
「……俺もなまえが好きだ」

 

政宗君からも抱き締められてすごい落ち着く。
  

「なまえ……」
「政宗……」

見つめ合うと、政宗が唇を重ねてきた。
 

「んっ……っふ……」
「なまえ……Please call my name.」
「……まさ、むね」
「Once more.」
「政宗」


「Please kiss me.」

いつもより甘えてくる政宗から身体を離す。
ムードが良くなっていたからキスされると思っていたんだろうな。
政宗は鳩が豆鉄砲食らった顔してた。



「決勝戦、出る?」
「あ……」
「決勝戦でたら、私からキスするよ」


そう笑いながら言えば、豆鉄砲食らった顔から自信に満ち溢れた顔に変わった。


「Ha! 試合に出るだけじゃなくなまえを甲子園に連れて行ってやるよ!」


そう言った政宗は、用意する!! と張り切ってドタドタと動き出した。
私は、政宗のドリンクとか着替えとかいろいろ手伝おうかな。


そう思ったところで、鏡に目が行った。
あ……私スッピンで超適当な服装だった。


私、いったん家に帰らないと! 
政宗に一言だけかけて、私は玄関に向かって走り出した。


政宗が家を出る時間には戻ってこれるようにしないと、と思ってガードマンの人に返してもらった自転車に跨った。



I KISS YOU
(キスは甲子園に連れて行ってくれたら、に変えるよ)
[ 20/24 ]
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