scandal!! | ナノ


04 知らぬが仏


「大丈夫?」
「……はい。ご迷惑掛けました」
「いいえ。それより二日酔いの頭で何考えてたの?」
「え、あ……いや……」


言葉を濁して、渡された水を飲んだ。
酔った勢いで体の関係を持ったかどうかで悩んでました。なんて素直に言えるわけない。



「あ、また気持ち悪くなるかもしれないからあんまり考えない方がいいよ」
「は、はい」
「ほら、深く考えないで何に悩んでたか言ってごらん?」
「……笑わないですか」
「うん。笑わないよ」



微笑んで私の隣に座った。
重みでソファが沈み、少しだけ猿飛佐助の方に体が傾いた。


傾いた体を直して、決心した。



……もう言っちゃおう。

言わないと、一生もやもやしたままだろうし。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ!




「あ、の……私、昨日猿飛さんと酔った勢いで……的な男女の過ちを犯したりしました?」
「体の関係を持ったかどうかってこと?」
「……平たく言えばそうです」


やばい。心臓がはちきれそう。
心拍数、半端じゃないよこれ。


「何でそう思うの?」
「だって……猿飛さんの家に泊まってるし、ノーブラで、汗いっぱいかいたとか……」


恥ずかしくて俯いた。
最後のほうはぼそぼそとしか言えなくて、多分猿飛佐助には聞こえてない。

……猿飛佐助の顔、まともに見れない。


猿飛佐助、今どんな顔してるんだろ。
呆れてるかな。それとも驚いてる?

ああ、どっちも気まずい……。



溜息をつこうとした、その時。




「ぷ、あははっ!」
「え、え?」


なに、いきなり!?
なんで笑い出したの!?

どこか笑いの要素あった!?


こちとら心臓破裂しそうなくらい緊張してたのに何で笑う訳!?



「ど、どうしたんですか」
「あははっ、ごめんごめん。つい面白くって」
「どこが面白いんですか! それに笑わないって言ったのに……!」
「だから、ごめんって。なまえちゃんが緊張してるの見て、可愛かったんだよ」
「嬉しくないです!!」



何でも可愛いって言ったら許されると思ったら大間違いだよ。
確かにこんな格好いい人に可愛いって言われたら嬉しいけど、状況が状況だから喜べない。



「結局、どっちなんですか!」


怒鳴るようにして聞けば、猿飛佐助は笑い声を止めた。


「犯してないよ」
「え?」
「俺様たち、昨日はなーんにもありませんでした」
「……ほんとに?」
「うん。泥酔したなまえちゃんを放っておけないから連れてきただけだし。それにブラ外したのも着替えたのも泥酔状態なのにちゃんと自分でやったんだよ?」


俺様感心しちゃったー。なんてくすくす笑ってる猿飛佐助。

私、自分で着替えたんだ……。
全然記憶に無い。


「始めは危ないから着替えさせてあげるって言ったんだけど、その時なまえちゃんはなんて言ったと思う?」
「……わからないです」
「本当に大好きな人にしか服の下は見せたくない。って言ったんだよ? 酔ってる時は本音を言うって本当だったんだね」
「っ……!」



何言ってんの昨日の私!
ま、まあ、身体は見せなくて良かったけど。

もっと違う言い方あったじゃん!
こんなストレートに言ったらだめじゃん!
中学生か! って突っ込まれる!



「今時二十歳過ぎでこんな純情な子がいるって思わなかったからさ、びっくりしたよ」
「う……子供っぽくてすみません……」
「俺様はそういう純情な子が好きだけどなぁ」
「え!?」



いきなり、何を言い出すんだこの人……!
しかも、なんか顔近くない!?


「ねえ」
「は、はいっ!」
「残念だった?」
「え? な、何がですか?」
「俺様と酔った勢いで体の関係を持ってなくて」
「はい!? な、何を言ってるんですか!?」



ソファの背もたれに腕を置いて、私にぐいっと近付いた。
なに!? 昨日のバーでもこんな状況無かったっけ!?


「俺様は残念だったけどな」
「え!?」
「昨日のなまえちゃん、甘えたですっごく可愛かったんだよ?」


昨日の私、一体何したんだ!!
甘えた!? この私が!?
ないないない! 親にだって甘える事なんて無いのにこんな会って間もない人に甘えるなんてない!!


「さ、猿飛さん……その……近いです」


私が混乱してる間にもどんどんと距離を縮める猿飛佐助にやっとの事で話せた。
上半身ばかりが離れようとして背中を逸らしていくから、ほぼ押し倒されてるような体勢なんですけど。


「佐助」
「え?」
「昨日は佐助って呼んでくれたじゃん。猿飛さんなんて余所余所しい言い方やめて?」
「や、あの……昨日は私、酔っ払ってまして……」


なんておこがましい事したんだ!
なに勝手に下の名前で呼んでんの!?
酔っ払った私は礼儀というものを忘れるのか!




ああ、もう絶対お酒は飲まない。




「佐助って呼んでくれないと、ちゅーしちゃうかも?」
「はひっ!?」


何その、ファンが喜びそうな脅し!
同僚の子が聞いたら卒倒しちゃうよ!



「それとも、今から過ち犯しちゃう?」


完全に押し倒されて、天井と猿飛佐助の顔だけが視界に入った。
な、何この状況……!?

本気なの!?
いや、からかってるだけ!?

なに、もうわかんない!!
とにかく、視線をどこへ持って行けばいいかわかんない。



「あああのっ、気軽にこういうことはっ……!」


しちゃいけないです。と声を振り絞ろうとすれば、上から笑い声が振ってきた。


「な、なんですか」
「……冗談だよ。必死になっちゃって可愛いー」



くすくすと笑って猿飛佐助は私の上から退いた。
私も一緒に起き上がると、猿飛佐助はまだ肩を震わせていた。



何で、こうやって笑えない冗談を言うかな!
ちょっと、本気にしちゃった自分が馬鹿じゃない。



「わ、私をからかって楽しいですか」
「うん。だってなまえちゃん、すっごい必死なんだもん」
「っ!?」



なに!? だもん。って!
いい年した男がそんな言葉使うなんて気持ち悪いはずなのに、顔がいいからか全然不快に思わないのがまたむかつく!
これだから、顔がいい男は……!



「ま、ちゅーしようと思ったのは本当だけどね」
「そ、それも冗談ですか?」
「さあ? どうだろうね?」


こてんと首を傾げられた。

な、何なのこの人。
女のツボをさっきから的確に突いてくる。



「か、からかうの止めて下さい」
「いやだよ」
「な、なんでですか」
「俺様の言葉に惑わされてるなまえちゃんが面白いから」
「私で遊ばないで下さい!」



こんな風に毎回惑わされたら私の心臓が持たないっての!
叱るように、声を強くして言った。
少しは反省してくれるかなと思ったのに、全然猿飛佐助は気にしてないのか何ごとも無かったの様に私の髪に指を絡めてきた。



「な、なんですか」



髪に触れられると思って無かった私は、いきなりのことに少し腰が引けた。
猿飛佐助の手から逃れようと身を捩ったけど、そんなことはただの無駄事だった。


「なまえちゃんみたいなタイプの女の子、初めてかもしれない」
「は、はいっ? それは、どういう意味……」


私が女として変わってるということ?
え、何? 変なのかな、私。



「んーこんな可愛い子見たことないって意味」
「な、なななっ!?」
「……ときめいた?」
「まま、また冗談……!? さ、最低です!!」



猿飛佐助の肩を思いっきり押してソファから立った。


なんで、私は信じちゃうんだ……!
さっきから冗談しか言わないじゃん、この人!
それに芸能人だから、本気でそんなこと言うわけ無いのに。




「えー冗談じゃ……」

猿飛佐助が何か言おうとした時、電子音が鳴り響いた。


「あ、俺様だ。ちょっと待っててね」



テーブルの上においてあった携帯を猿飛佐助は取って、電話に出た。


「才蔵、なに? ……あ、忘れてた! やばっ、何も用意してない!!」


大きな声を出したかと思うと、猿飛佐助は慌てだした。



「ごめんって。すぐ行く。控え室で用意するし。うん……わかったって待ってて」


猿飛佐助は帽子と鞄を持って、才蔵という相手に何か話した後、電話を切った。



「どこか行くんですか?」
「うん。夕方にドラマの撮影あるの忘れてたんだよねー」
「え!? それって大変なんじゃ……」


ドラマって、今やってる猿飛佐助が主演の奴だよね?
同僚が騒いでた奴だよね。

主演が遅刻って、監督さんが怒るんじゃない?



「うん、結構やばい」

にっこりと、状況に合わない綺麗な笑顔を見せた。

「な、なら、早く行かないと」
「そーなの。だから俺様行くね」
「あ、はい」
「この部屋オートロックだからなまえちゃんの服が乾き次第適当に帰ってくれていいよ」
「わかりました」


それから……と、ここの住所と最寄の駅を言って、猿飛佐助は玄関に向かうためにドアを開いた。
見送ろうかなと思って私が立ち上がると、猿飛佐助は何かを思い出したかのうように声を漏らして立ち止まった。


「そうだ。ねえ、昨日の記憶ってどこまである?」
「記憶ですか? 確かカクテルを二、三杯飲んだところまでは……」


確かそれくらいから記憶が飛んでるような。
うん。多分そうだ。
気が付いたらベッドの上だったし。



「そっか。後一個訊いていい?」
「はい。猿飛さんの時間があるなら」



遅刻しそうでやばい状況なのに私に訊きたいことってなんだろう。
そんなに重要なこと?




「なまえちゃんってキスしたことある?」
「はい!? な、なんですか、いきなり」
「いいからいいから。俺様時間無いからお願い! 早く答えて!」
「……無いですけど」



父親とかには昔したことあるかもしれないけど、他人にはした事ない。
キスするような関係になった男の人なんて一人も居ないしね!


……ああ、自分で言っておいて悲しくなってきた。




「あはーそっかー」
「何でそんなに笑顔なんですか」
「んー? なんでもないよー」


キスした事ないのがそんなに可笑しいか!
しょうがないじゃん。する人がいないんだから!



「……何か言いたいことあるなら言ってくださいよ」
「ないってーあははー。じゃあ、行ってきまーす」
「あ、ちょ……!」



猿飛佐助は手を振って、さっさと出て行ってしまった。



……一体、何を言いたかったんだろう。

全然予想もつかない。
やっぱり、二十四歳にもなってキスした事ないのが笑えたとか?

けど、それだけであんなに輝かしい笑顔になる?



「うーん……わかんない……」



(忘却された重要な記憶)
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