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18 最悪の事態



「で、では、今月末で転勤する北河さんの送別会を始めます! 北河先輩、今までありがとうございました!」
「……ありがとうございました!」


乾杯! と、みんなでグラスをぶつけていく。
けど、グラスをぶつけるみんなの顔は決して楽しそうじゃない。


みんなどこか緊張の雰囲気を漂わせている。
その証拠にかグラスを持つ手が震えている気がする。



手に持ったウーロン茶に口をつけながらみんなが緊張する原因を見た。





……相変わらず、協調性がない。

乾杯なんてしようとしない。
楽しい席のはずなのに、ぶすっといつものように不機嫌そうな顔。
乾杯する前にもうお酒飲んでたし。




もちろん、あの人の半径2m周りに人はいない。


ああ、店が貸切でほんとうに良かった。
もし、一部屋だけだったらどうしても並んで座ることになる。
そうなると、どうしても緊張の原因、石田部長の隣に座る人が出てくる。



……そんなの不憫すぎる。
どう見ても罰ゲームだ。
いや、罰ゲームなんて甘い物じゃない、拷問って言っても過言じゃないよ。



だから、こうやって立って自由に動けるパーティ形式でほんとうに良かった。




つーか、こういう集まりに参加したことこれまで一度もないのに。
何で今日は来たわけ?
幹事の子も来ないと踏んで一応建前で声掛けたら来るとか言ったんだからびっくりしただろうなあ。



ってか、来たなら来たでもっと楽しそうにしてよ。
あんたのせいでみんなの雰囲気も悪くなってるんだけど。
みんな怯えてるし。
これじゃ北河先輩が可哀想だよ。





みんなに囲まれて笑顔になっている北河先輩が目に入った。


始めは石田部長が来た事にすごくびっくりしてたけど、すぐに嬉しそうに笑った。
ほんと、北河先輩って人がいいなあ。


みんなが石田部長に怯えて全然楽しめてないこと気付いてないんだろうな。
北河先輩って鈍そうだし。


私だったら、最後の嫌がらせしに来たのかってテンションだだ下がりだけど。




なんて思って居ると、一人の先輩が私に話しかけてきた。



「なまえ」
「なんですか?」
「ほら、石田部長に料理持っていきなさいよ」
「え!? なんで私なんですか!」
「あんた、石田部長のお気に入りでしょ」
「違いますって!」


全力で否定すると、少しウーロン茶がこぼれた。
うわ、興奮しすぎて腕振っちゃった。
服にかからなくて良かったー。



「なら、試してみなさいよ」
「な、何をですか?」



そう返事したところで後悔した。
この人、悪者みたいな笑みを浮かべてるよ。
嫌な予感しかしない。



「さっきじゃんけんで負けた子が石田部長に料理持ってったのよ」
「え!? ほんとですか!?」
「もちろん、喋りかけるなとか言って石田部長は受け取らなかったんだけど」



うわ、なんて最悪な断り方……。
もうちょっとましな断り方ってあるんじゃないの?

ありがとう、けど今はいいよ。とかさ……。


けど、石田部長が笑顔でそんな台詞吐くとか考えられない。
うわっ、鳥肌たった。



「今度はあんたが行きなさい」
「え!? どういう流れでそういう考えにたどり着くんですか!?」
「もしあんたが持っていって受け取ったらあんたは石田部長のお気に入りってことで決定よ。受け取らなかったら、あんたは石田部長に気に入られてないって証明できるじゃない」
「えーそんなー」
「はい、早く行く!」



皿を無理矢理渡されて背中を押された。
……料理も私が選べってか。
面倒くさいなー。


なんて思いながら、一旦ウーロン茶を近くのテーブルに置いてとりあえず油っこくない物を選んで乗せていく。
石田部長、ベジタリアンって感じだし、肉類は食べなさそうだしなあ。



ある程度選んでから石田部長のところへ行った。




お願いだから石田部長、受け取らないで。
受け取られたらみんなにお気に入りってからかわれる。

それがもし、佐助さんの耳に入りでもしたら……。
想像しただけで悪寒が……。





「あ、あの、石田部長」
「なんだ」


声を掛ければ、低い声で返事をしてくれた。
ああ、もうちょっと明るい声は出ないもんなのか。



「これ、よかったら食べてください」


受け取るな受け取るな。
お願いだから私にも喋りかけるなって言ってよ!



なんて願っていると、皿を持っていた手が軽くなった。





……うーわ、受け取っちゃったよ、この人。



周りからは、おお! とか言う声も聞こえるし。
最悪だ、また噂される。


やばい、尋常じゃないほど喉渇いた。
ウーロン茶置いてくるんじゃなかった。



まるで砂漠にいてもう何日も飲まず食わずの状態のようにカラカラになった喉を潤すべく、元いたテーブルに戻ろうとした。




「どこへ行く」


「え? いや……喉が渇いたので、ウーロン茶を取りに行こうと……」



ああ、面倒くさい。
私はあんたに料理を持ってきただけなんだからそれが終わった今、もう私が何しようと関係ないじゃん。




「ウーロン茶ならここにある」
「え、あっ……あ、りがとうございます」




目も合わさずに石田部長の隣のテーブルにあったウーロン茶を差し出された。



うーわ、何これ、これじゃあどこにも行けないじゃん。
ここにいなきゃいけないの?



差し出されたウーロン茶を受け取って、石田部長のように壁に体重を掛けた。
ああ、みんながちらちらと見てる。

気付かれないように見てるんだろうけど、バレバレだから。
ガン見よりチラ見のほうがバレバレだからね。




とりあえず、石田部長の隣からの抜け出し方を考える前に喉を潤そう。



グラスに入ってるウーロン茶を一気に飲み干した。


「っはあ……」



……なんだろ、さっきのウーロン茶と味、違うような。
グラスに注いでから結構時間経ってるから、酸化したんだろうか?

アルコールの臭いような気がしたんだけど、気のせい?



「貴様、それでも女か」
「女でも一気飲みしたい時だってあるんですよ」
「そんなに渇いていたなら、飲め」



また差し出された。
差し出されたら、断れないじゃん。



まあ、いっか。
ウーロン茶だし。


それにいっぱい飲んだらトイレ近くなるし。
そうすれば、早めにこの鬼の隣から抜け出せる。

よし、いっぱい飲もう!



「石田部長、あと二つくらいウーロン茶取ってください」
「そんなにのどが渇いているのか」
「だ、だってしょうがないじゃないですか」
「本当に女か」



私を罵りながらもグラス二つを取ってくれた石田部長。
早くトイレに行きたくならないかな、なんて思いながら全てのウーロン茶を飲み干した。




+++++++++++




「あ、れ?」
「どうした」
「あは、なんか……ふらふらして、あはは」
「何が面白い」
「ははは、わかんないや、けど、笑える」


石田部長が眉間に皺を寄せて私を覗き込んだ。
うわ、面白い。


けらけらと笑っていると、北河先輩が私たちのほうにやってきた。




「ちょ、みょうじさん何飲んでるの!?」
「えーウーロン茶ですよー?」
「これ、ウーロン茶じゃなくて、ウーロンハイ! 味で分からなかったの!?」
「あーちょっとお酒の味したかもー」


あははは、間違えちゃった。
お酒だなんて気付かなかったなー。
作った人、すごー。



「未成年じゃあるまいし。茶と酒を間違えただけだろう、何を焦っている」
「みょうじさん、アルコールアレルギーらしいんですよ!」
「……そ、そうなのか」


石田部長が目を丸くして私の顔を覗き込んだ。
うわーこんなに目、見開けるんだー。



「あははは、嘘でーす」


「は?」
「え!? アルコールアレルギーじゃないの!?」
「はいー、そーですよー。あはははっ。私お酒飲んじゃったら人格変わっちゃうから嘘ついてたんですー」
「……確かに、変わっているな」
「そうですね。ま、まあ、身体に害がないならよかった」
「よかったよかったー!」




うん、ほんとによかったよかった。



あはは、何がよかったのかよく分かんないけどー。




(何にもよくない、もっとも恐れた事態)
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