14 動きはじめた関係 アパートの前に着いて下りる準備をする。 「夕飯までご馳走になってすみません」 「いや、気にすんな」 「雑賀先輩に怒られませんか?」 「アイツはこれくらいで嫉妬するようなタマじゃねえよ」 「あはは、それもそうですよね」 氷の女王みたいだからなあ、あの人。 無表情のあの人に尽くしてる元親先輩を思い浮かべるとなんだか笑えてきた。 安易に予想出来ちゃったよ、先輩。 尻に敷かれてるんだろうな。 「なに笑ってんだよ」 「な、何でもないです。じゃ、じゃあまた誘ってください!」 急いで車から降りた。 「腑に落ちねえがまあいい。じゃあな」 「はい、ありがとうございました!」 90°にお礼して無理に笑顔を作った。 あーやばい。思ってたことが元親先輩にばれたらあのでっかい掌で頭鷲掴みにされるところだった。 あの人、大きな魚とか一本釣りしちゃう人だから。 握力半端ないんだよね。 ヘタすら頭割られる。 車のドアを閉めて元親先輩が見えなくなくなるまで見送ってからアパートの階段を上る。 カンカン、と金属の音をたてて上っていくうちにいつもの風景と違うことに気付いた。 「な、なに、あれ……」 私の部屋の前になにか大きな荷物がある。 暗くてよく見えないけど多分あれは荷物だ。 宅急便の人置いてったの? ……私、何も頼んだ覚えはないんだけど。 ってか、荷物を外に置いておくなんて宅急便の人はしないはず。 なに? 嫌がらせ? もしかして私、近所の人に嫌われてるの? もしかして生ゴミとか置かれてるの? うわ、引越しとか考えなきゃいけない感じ? 最悪だ、なんて思いながら階段を上りきって部屋の前まで近付くと荷物がぴくりと動いた。 「へ?」 な、なに? なんか動いたんだけど。 荷物とか生ゴミとかじゃないの? ……もしかして、人? え、この人私を待ってたの? え、どうしよう。 何で? いないって分かったら帰ったら良いのに。 そんな急ぎの用事でもあったのかな。 そのまま部屋の前まで着くと、蹲っていた人が顔を上げた。 「さ、佐助、さん?」 「なまえちゃん、おかえり」 な、何で、佐助さんがここに……。 今は忙しい時期じゃないの? 週刊誌も特に佐助さんの事を気にしてるから張り込みとかされてるんじゃないの? なのに、なんで変装もせずにここにいるの? 騒動、起こるかも知れないのに。 「部屋、入ってもいい?」 「え、あ……はい」 ドアを開けて、佐助さんを招き入れる。 招き入れる時はお皿洗ってないとか、服が散らかってるとか、お菓子のゴミが捨ててないとか、そんなものは浮かばなかった。 ただ、目の前の佐助さんが悲しそうに見えて、流されてしまった。 中に入って、自分の部屋が恐ろしく汚いことを思い出した。 「あの……部屋、汚いんですけ……どっ!?」 いきなり暖かいものに包まれた。 な、なに!? これって、佐助さんに抱き締められてるの!? なんで!? 佐助さん、鶴姫って子と付き合ってるんじゃないの!? なんで、私なんかを!? 心臓が爆発しそうなくらい暴れてるんだけど。 「だ、だめで、す! 離して下さい!」 「……なんで?」 「な、なんで、って……」 何で、って言われても。 ただ単に、私に期待をさせるような行動はするなってことですよ! それを言いたいけど、そんなことを言ってしまえば、告白したのも同然になってしまう。 そんなことを言えるわけがない。 「ね、なんで?」 「え、っと……あっ、さ、佐助さんには鶴姫っていう可愛らしい彼女がいるじゃないですか!」 だから、こんなこと私にしちゃだめです。と言った。 ああ、我ながらナイスだ。 こんなもっともな理由中々思いつかないって。 ナイスな言い訳だけど、なんか悲しくなってきた……。 そうだ、佐助さんはあんな綺麗な彼女さんが居るんだから私みたいな女を抱きしめていい訳がない。 「なまえちゃん、信じてるの?」 「はい? 何をですか?」 目的語がわかないんだけど。 佐助さんはどうしたんだろう。 なんか、声色が悲しそう。 私を抱き締める力も強くなった。 「鶴姫との報道」 「え? だ、だって……」 「なまえちゃんってこういう報道って興味なかったよね」 「ま、まあ……」 「なまえちゃんはあんなしょうもない報道信じないって思ってた」 「そ、そんなこと言われましても……」 二人は仲睦まじく手繋いでたし。 あんな堂々と歩いてたし。 変装してなかったし。 ……どう考えても本気じゃん。 「あんな嘘っぱち、信じないでよ」 「へ!? 嘘っぱち?」 「ゴシップなんて嘘ばっかじゃん」 こういう報道に興味ないなまえちゃんなら分かるでしょ? と言うと抱き締める力が強くなった。 その強くなった力は、こんな報道を信じた私を戒めてるようにも感じる。 「け、けど……」 「けど?」 「あんな堂々と歩いてたじゃないですか。手、繋いでたじゃないですか……い、いつもみたいに、変装してなかったじゃないですか……っ! 鶴姫とドラマでキス、してたじゃないですかっ!」 叫ぶように声を出すとと涙が自然にこぼれてしまった。 ああ、嫌だ、こんな感情的になる予定なかったのに。 こんな態度を取ってたら敏い佐助さんにはばれてしまう。 涙を止めなきゃと思えば思うほど目頭が熱を持つ。 「なまえちゃん……」 「なん……っ!?」 返事をしようとすれば、壁に押さえつけられた。 ……なに、この状況。 なんで自分ん家の壁に押さえつけられてんの。 暗くて佐助さんの顔がよく見えない。 「さす、け……っん!?」 いきなりのキスに頭がついていかない。 肩を押そうとした手は圧倒的な力によって壁に縫い付けられた。 「っ……、はっ……な、にする……」 「なまえちゃん、妬いてる?」 「や、やいてなんか……なっ」 ない。と言おうとすれば、また口を塞がれた。 なんで、また……。 「っ、ん……ちゅ、はっ……あ」 気のないキスなんて嫌なはずなのに。 こういうことに関しては人一倍夢をみてたはずなのに。 なんで、嫌だと思えないの。 キスは想いがなきゃ嫌なのに。 佐助さんにされると何で心が暖かくなるの。 分かってる。 佐助さんは私に気なんかないことくらい。 けど、こんな事されたら期待してしまう。 期待したって何にもいい事ないのは分かってるはずなのに。 何で自分が傷つく方向に思考が廻るかな。 こんなにも私は佐助さんのこと好きなのに、佐助さんは私のことなんとも思ってないなんて、分かりきってる。 それが悔しい、悲しい。 「っ、止めて下さいっ!」 唇が離れた瞬間すかさず言った。 嫌だ、これ以上傷つきたくない。 「なんで、好きでもない奴にこんなこと出来るんですか!」 自分で言っておいて傷ついてる。 ああ、どっち道自分が傷つくんだ。 「も、これ以上私を戸惑わせないで、よ……」 「……なまえちゃん」 「もう、いや……私ばっかり、ドキドキして……」 膝に力が入らなくてそのまま壁を伝って玄関に座り込んだ。 涙も止まらなくて、重力に逆らわず点々とコンクリートを染めていく。 「っく、ふ……」 「なまえちゃん、勘違いしてない?」 「ひっ、く……な、にが……?」 「なまえちゃんばっかりじゃないよ」 「え……?」 「俺様のほうが、なまえちゃんにドキドキしてるよ」 佐助さんの声が近くなった。 顔を上げると佐助さんの顔が目の前にあった。 目が暗闇に慣れてきて、佐助さんの表情がぼんやり見えてきた。 けど、涙が邪魔してはっきりは分からない。 何で佐助さんが私に? どう考えても私のほうが勝ってる。 佐助さんはいつも飄々としてて余裕の表情じゃん。 「信じてないでしょ?」 「だって……」 佐助さんが振り回されてるなんて信じられない。 なんて思っていると佐助さんが私の手を取って、佐助さんの左胸に当てた。 「どう?」 「は、やい……」 「でしょ? なまえちゃんの前だといつもこんなんだよ? ……まあ、今日は特別早いかな」 「え? なん、で?」 「いやーなまえちゃんがやきもち妬いてくれた上になんか、告白まがいのこと言われたら……ねえ?」 「っ!?」 うそ、告白まがいのこと言っちゃった!? え、やだ。 隠し通し続けるつもりだったのに。 また傷つくだけかもしれないのに。 「俺様といると、ドキドキする?」 「あっ……や、っ……」 「ね、ドキドキする?」 「ち、ちか、いっ……」 佐助さんの顔が話すたびに近付いてくる。 もう鼻があたりそう。 顔を逸らそうとしても佐助さんが私のあごを掴んでて顔が動かせない。 「ねえ、してる?」 「っ……し、てますっ!」 だから離して下さい。そう言いたかったけど叶わなかった。 「ん……っ」 また、キスされてる。 本当は暴れて嫌がらないといけないのに。 佐助さんのキスはなぜか私の拒絶する気力を奪ってしまう。 私の動きを封じる何かを佐助さんは持ってる。 目を閉じて少し経った後、唇が離れた。 「なまえちゃん、好きだよ」 「なっ……!?」 (何度も聞いたこの言葉は、本音? 冗談?) [戻る] ×
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