旦那の岡惚れ | ナノ




25 一気に覚めた熱





「佐助、この玉はどれを選べばいいのだ?」
「んー? 自分の体重の十分の一って言われてるけど、まあ自分が一番いい重さだと思うものでいいよ」
「そうなのか」



一つ一つ持って重さを確かめる。
……むう、どれでもいいのだが。


適当にひとつ選んで、みながいるところに戻る。



「ボーリングなんて久しぶりなんだけど!!」



ストライク取れるかな、と姫はわくわくされているようだ。


目が子供のように輝いていて綺麗だ。
なんと愛らしいっ!


姫に格好いいと思われるように励まねば!




「さあ一番目はなまえ先輩だよー」
「ようし! スペアを狙ってみる!」
「ストライクじゃねえのかよ」
「高すぎる目標は目標じゃないんだって!」



そう伊達成実に言って、姫は構えてそのまま玉を転がした。

始めは真っ直ぐ進んでいたのだが、途中でだんだん右に逸れて行き、一本だけピンに当たった。



「あーっ! 曲がらなかったら絶対ストライクだった!!」
「へたくそー!」
「うっさい! 次九本倒す!」
「無理無理」
「が、がんばってくだされ!」
「応援してくれるの真田君だけだよ! もう、私頑張るから!」



嬉しそうににっこりと俺に笑ってくださった姫。


「……っ〜!!」


なんと愛らしく、美しい笑顔なのだ!


思わず顔を覆って仰け反ってしまった。
早くこの顔の熱を引かねば姫にばれてしまう。

くそ、引きたくても姫の笑顔が脳裏をちらついてしまう。




「どうしたの、旦那」
「っ、ひ、姫の笑顔が……!」
「そんなに顔赤くなる程の笑顔してたか? アイツ」
「していらっしゃった! いつも姫と一緒に居られる貴殿には分からぬかも知れぬがな」



本気で疑問に思っている様子の伊達成実にそう言った。
姫の笑顔が普通の笑顔と感じられるのは、心が荒んでいる証拠だ。



「なんか、他の奴と俺の態度の差がねえか?」
「気のせいでござる」
「……気のせいじゃないだろ」





不審に思われてる伊達成実を無視して姫を見た。

すると、またもやボールが途中で逸れて、一本だけピンが倒れた。


ああ、ピンもボールも空気を読まぬか。
姫がもしスペアというものを取れば、先程よりもいい笑顔が見れたかも知れぬというのに。



だめだ、想像しただけで顔が熱くなる。



「あー!! 何で曲がるかなー!」
「へたくそー」
「うっさい! 今のはボールが悪い!」


地団太を踏んで怒る姫は子供のようで可愛らしい。



「ど、どんまい、でござる!」
「あは、真田君やさしー」
「っ、い、いや……そ、のようなことは……!」



優しく微笑まれた姫は、他の友人のところへ行ってしまわれた。
ああ、もっと近くにいたいのだが、仕方ない。
姫も友人と話したいこともあるのだろう。



「旦那、姫さんに好きな人いるか訊いてみたら?」
「は!? な、なにを言って……姫に想い人がいるだと!?」
「いや、いるって断定してないけどね」
「それ、いいideaじゃねえか。訊いてみろよ」
「旦那だって知りたいでしょ?」
「う……しかし」




もし、姫がいる、とお答えになったらどうするのだ。
しかし、いない、とお答えになるかも知れぬ。



「ううっ……」



訊きたい。だが、訊きたくない。


もやもやする。


訊いてしまえば、このもやもやは晴れるのだろうか。
しかし、もし俺にとって嫌な回答であればもう、立ち直れぬ。


訊かねば、後悔する上にもやもやが一生残る気がする。



……ど、どうすればよいのだ。


訊きたいが聞きたくないなど、我侭なことなど許されるわけがない。
二者択一のなのだ。


どちらかを選べば、どちらかを諦める事になる。




「くっ……おれは……」
「あは、一人称変わってる」
「そんなに気になるんだったら、優しー俺が訊いてやるよ」
「なっ!? 伊達成実殿……お、お待ちくだ……」
「おーい、みょうじー」
「んー?」




な、何故要らぬ世話を致すのだ!
俺はまだ決めておらぬというのに!



それに、心の準備も出来ておらぬ。
だめだ、俺にとって不利な答えならば卒倒してしまう可能性は大だ。




こちらに小走りで寄って来られた姫を確認してから俯いた。





「お前さーもう高二も終わりだろ?」
「そーだね。もうすぐ冬休みだしね」


「好きな奴、とかいねーのか?」



っ……き、訊いてしまわれた……!





「な、なに? 伊達君、もしかして私のこと……」
「地球上に俺ら二人だけになってもありえねーから安心しろ」
「うーわ、酷い言われよう。とかいって、実は照れ隠し?」
「しつけーな。お前こそ俺に惚れてんじゃねえの? 言って欲しいんだろ、好きだって」
「自惚れんなー私にだって目ん玉ついてるから大丈夫だってー」
「ああ? どういう意味だそれ」
「選ぶなら従兄弟君だって言ってんの」
「てめっ! 顔で選ぶなアバズレ!」
「はあ!? 誰がアバズレだイケメンじゃない方の伊達!」
「なんだと……!」



「Stopだ」



姫と伊達成実が本格的に罵り合いに発展しそうになりそうな時、政宗殿が二人の間に割って入った。

アバズレ、というものがどういうものか分からなかったたが、姫を侮辱する言葉なのだろう。
くそ、俺がもっと語彙力に長けていれば、姫を援護できたというのに。


アバズレとはどういう意味なのだろうか。
今度辞書で調べてみるか。




「てめーら話がずれてんだろ」
「おお、そうだった」



伊達成実は思い出したように声を漏らした。



「あれ? 何の話だっけ?」



姫は話題を忘れていらっしゃるらしい。
ああ、首を傾げる姫も愛らしい。




「アンタに好きな奴がいるのか訊いてんだよ」
「あーそれかー」



政宗殿は敬語を使うことを憶えた方がいいと思う。
姫は年上なのだ。
なぜそうも友人に話すように話せる。


姫も人が良すぎる。
敬語を使わぬ後輩は叱ってくださっても宜しいのに。
そうか、姫は菩薩のような心をお持ちでいらっしゃるから、お怒りにならないのだな。






「私に好きな人いるか、聞きたい?」
「ああ」



姫が屈んで俺達を見上げた。






「えっとね…………」




っ、焦らさないで下され! と言いたかったが声帯が緊張で震えなかった。
くそっ……もう、一気に言ってくだされ!


生唾を飲み込むと、姫が口を開かれた。









「ないしょ♪」







「なっ!?」





姫は微笑んで人差し指を唇に当ててそう仰ってから、すぐに友人の所へ向かわれた。
小悪魔のような笑みを浮かべた姫に心臓を打ち抜かれた。






「あの反応は、いるな」
「うん、俺様も同意する」

「へ!? な、何がいるのでござるか?」
「お前、話の流れから分かんだろ」



政宗殿は呆れたように溜息を吐いた。
な、何がいるのかさっぱりなのだが……。




「好きな奴だよ。好きな奴」


「なっ、なぜ内緒だと仰っていたのにわかるのだ!」
「……いなければいねえって、普通は言うだろ」
「そ、そういうものでござるか……」



姫には想い人がいらっしゃるのか。
という事は……。



俺は、




「姫と結ばれぬのか?」



「あは、気をしっかり持って。もしかしたら好きな人って旦那かもしれないし」
「そ、その可能性は低いではないか」




お、俺は、姫の想い人には、なれぬのか。



ああ、やはり訊かぬ方がよかった。


俺に望みはない。



(これが全て、夢ならばいいのに)
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