旦那の岡惚れ | ナノ




23 前途多難な交流会




「さ、佐助! 変ではないか!?」
「大丈夫だよ」
「お主、見ておらぬではないか! ちゃんと確認しろ!!」
「じゃあ、何回確認したら旦那は安心するの? もう十回は訊いてるけど?」
「う……」


落ち着かん。
深呼吸しても心臓は静まらぬし、顔はもう火照ってきた。


早く姫の姿を拝見したくて、周りを何度も見渡してしまう。
ああ、姫はいついらっしゃるのだろうか……。




「Shit,遅すぎだ」
「そーだよね。もう二十分も遅刻だよ」



そう言われて俺も近くの時計に目をやった。
そうだ、此処には十時集合だしかし、今は十時二十分。


あと来ていないのは姫ともう一人の代議員らしい。
元親殿は急に用事が入ったということで、参加しないらしい。

……姫は一体どうされたのだ。


「も、もしや……事故に……!?」


姫は自転車で国道を通ってくるらしい。
ならば、事故に会う確立は高いのでは?



「っああ! さ、佐助! 事故に遭われたのかも知れぬぞ!!」
「ぐえっ、ちょ、だん……」

「あ、の……」


佐助の肩を掴んでめちゃくちゃに揺らすと一人の女子が話しかけてきた。
確か、この人は慶次殿と同じHR委員だったか。


「どうかなされたか?」
「今、なまえちゃんから電話があって……」
「へ!? ひっ……むぐっ」
「みょうじ先輩から?」


佐助に助けられてしまった。
もう少しで姫と言ってしまうところだった。



「な、なんと仰っていたのでござるか?」
「……今、起きたって」
「Ahn? 今起きた? ふざけんなよ」
「だから、先行ってて欲しいって」



な、なんと……ひ、姫は寝坊癖があるのか。
……か、可愛らしいっ!

寝起きの顔が見てみたい!



「しょうがないな! なまえ先輩はいつも遅れてくるし、先行くぞー!」



姫の寝顔はどんな赤子よりも愛らしいのだろうな、と思っていると、佐助に腕を引っ張られた。


「旦那、鼻の下伸びてる」
「むっ!?」


いかんいかん、つい頭が姫でいっぱいに……。

姫を置いていくなどできぬが、俺が一人駅に残ったとて、行ったことのないカラオケボックスの道のりなど分かるわけ無い。
むう、仕方あるまい。
不躾ではあるが、慶次殿たちについていくか。





「姫はいつ来て下さるのだろうな」
「十一時半くらいじゃない?」
「まだ一時間もあるではないか」
「けど、その一時間を耐えたら六時間くらいは一緒に居られるんだよ?」
「ろ、六時間も……!」


六時間とは、一日の四分の一ではないか!!
そんなに長く姫と同じ空間にいることが出来るのか。

こ、こんな幸福な事が実際に起こるとは……!



「あ、旦那」
「なんだ?」
「カラオケって初めてだよね?」
「ああ。歌うところ、というのは知っている」
「旦那って最近の歌って知ってる?」
「知らぬ」



そう言えば佐助は、そーだよね、旦那が歌うのって合唱の時くらいしかないし。と溜息をついた。
仕方あるまい。歌を歌ったり、歌詞を覚える暇があれば俺は筋トレをする。


それに、興味が無いのだ。
覚えろと言っても難しい。



「ボーリングもしたことある?」
「ボールを転がしてピンと倒すというのは知っている」


「ごめんね、旦那。俺様がもっと旦那に遊びを教えてあげればよかった……」



本当に申し訳なさそうに言う佐助。

……なぜ佐助が謝るのだ。
それに、俺はちゃんと遊びは知っているぞ。

鬼ごっこやケイドロ、椅子取りゲームなど他にももっとたくさん知っている。


佐助が謝らずとも俺はちゃんと遊んでいるぞ。




「カラオケは無理だし、希望があるのはボーリングだけだね」
「希望?」
「うん。旦那が姫さんに格好いいって思われる希望」
「なっ!? そ、そのような希望があるのか!!」
「だって、ボーリングでストライク……ピンを全部倒すのを連続で成功させたら格好いいでしょ?」
「おお!」



そ、それは格好いいな。
……ひ、姫にもし格好いいと言われたらどうする。
卒倒する事は九割方確実だ。





「初めてだろうけど、気合入れなきゃね」
「うむ!!」



そう返事すると慶次殿達が止まった。
ここが、カラオケボックスというところか。



中に入ると、ついつい周りを見てしまう。
佐助に、貧乏くさいと肘で突付かれたが無視した。


随分とたくさんの個室があるのだな。




「旦那、ジュース飲み放題だからお腹壊さない程度にいっぱい飲んでね」
「おお、分かった! 全種類を三杯ずつ飲んでやる」
「それは、お腹壊すからやめて」


そんな話をしていると、受付でなにやら話していた慶次殿がいろいろと道具を持って、行くぞーと元気よく言った。

階段を上って、203と書かれたプレートの個室に入った。



「ここの数字覚えておいてね。じゃないと、自分の部屋がどこか分からなくなっちゃうから」
「うむ」


「さ、幸村! 歌おうぜ!」


慶次殿がそう言い肩を組んできたがさり気無くその腕を退けた。
いや、本当はこのまま飲み物でも取りに行って、みなの歌声を聴こうと思ったのだが、そんな気分にはなれぬ。



「そ、某、店の外にでております」
「ええ!? なんでだよ!」
「いや……その……」


この場で言っても良いのだろうか。

しかし、他の女子も男子も俺に注目している。
その中で、姫が来るのを待っているなど、言っても良いのか?


ばれてしまうではないか。



「察せよ、慶次」
「政宗には分かるのか?」
「Of course.あれだろ? princessの登場を誰よりも早く見……」
「政宗殿!!」


ほ、ほかの人に感づかれたのでは、と見るが、みなは意味が分からないような顔をしていた。

よ、良かった。



「そういうことか! なら行ってこい!」


白い歯を輝かせて笑った慶次殿にお辞儀をして店を出た。
出た瞬間に冷たい風が吹き付けた。


……もう十二月だ。寒いのは当たり前か。

しかし、姫が来てくださると思えば、このような寒さなど余裕で耐えられる。




近くにあったベンチに座り、姫がいらっしゃるのをじっと待つ。



+++++++



三十分ほど経っただろうか。
その時、二人乗りした一台のバイクがカラオケボックスからほんの少し離れた駐車場に止まった。


元親殿のバイクの方が格好いいな、と思って居ると、後ろに乗っていた女子に目が行った。




な、な…………姫!!




「あー伊達君、ほんと助かったよ」



ああ、この声は間違いなく姫だ。
な、なぜバイクに乗っておられる。


しかも、今、伊達と仰っていなかったか?





前に乗っている男は、ヘルメットを取った。



「っ!?」



だ、伊達成実!!

な、なぜ、あやつがここに!?
今日は誘われていないはずだ。

なのになぜ、ついてきている。

もしや、ただ姫を送りに来ただけなのか? と思って居ると、二人の声が聞こえてきた。




「まじで感謝しろよ。いきなり電話掛けてきやがって」
「あはは、電車よりもバイクの方が早いと思ってさ、ついでに乗せてもらおうと思ったんだって」
「お前が電話してきた時、もう集合場所の近くだったんだからな」
「あはは、ごめんってーポテト奢るからさー」
「Lサイズだからな」
「りょーかいりょーかい」




……この会話だと、送るために来ただけではない。
今日の俺たちと行動をともにするつもりだ!


なぜ、このことが伊達成実に知られてしまったのだ。


誰も教えていないはずだ。




そう考えていると、脳裏に浮かんだのは一人の男。


――――伊達政宗!!


そう思ったと同時に俺は店の中に戻り、203に飛び込むように入った。



「ま、政宗殿!!」
「Ah?」


小さなテレビのような物をタッチペンで触っていた政宗殿は眉間に皺を寄せて俺のほうを向いた。

その飄々としているいつもと変わらない政宗殿を目にして余計に怒りが増した。
政宗殿は、自分のした事の重大さが分かっておられるぬのか!?


だ、伊達成実がいれば、姫と一緒に居られぬではないか!



「な、なぜ、伊達、成、実殿を……!」


胸倉を掴む勢いで詰め寄った。
今日は姫とたくさん会話が出来ると思い、昨日の夜はあまり寝られなかったというのに。




「何言ってんだ、テメー」



とにかく離れろと額を押されて首が後ろへと折れ曲がった。

「ぐえっ……」


く、首が……。
変な音がしたが大丈夫なのか?




「幸村ー、成実も代議委員だよ」



首を回していると、慶次殿がそう言われた。


伊達成実が、代議員……?



「なななっ……!? は、初耳でござる!!」
「あれ? 言ってなかったっけ」


慶次殿は首を傾げながら前のことを思い出しているようだ。
少しだけ考えている様子をした後、言ってないな! と大きく笑った。


ふ、不覚!!
まさか伊達成実が代議員だったとは……!

そのような事実がこの世に存在するなんて、信じられぬ。




ソファに手をついて後悔していると、ドアが開いた。


「あは、遅れてごめんねー」
「俺は悪くねえぞ。悪いのはこのブスだ」
「ブス言うな」



姫と伊達成実が入ってきた。


……ああ、伊達成実と目が合っているのは、気のせいではないのだろう。
もしや、俺が外で姫を待っていたことを知っているのか?

まあ、駐車場から俺のいたベンチまでは10mほどしか離れてはいなかった。
誰でも気付けるのかも知れぬ。


……姫は気付いてくださらなかったようだが。




「おら、行け」
「うおっ」

政宗殿に押されて、俺は姫の隣に座り、俺、姫、伊達成実の順に並んだ。



(まずは、伊達成実の勝ち誇ったような笑みを止たいのだが)
[ 25/30 ]
[*←] [→#]
[戻る]
×