旦那の岡惚れ | ナノ




20 あなたのために




「ううっ……ひ、めぇ……」
「なんだよこいつ。鬱陶しいな」
「姫さんが明後日から修学旅行だから五日間会えないのが悲しいんだってさ」
「Ah? 夏休みは耐えられたんだろうが。だったらたかが五日間ぐらいどうってことねぇだろ」
「いやー日々想いは募って、今は五日も会えないと死んじゃうんだって」
「……冬休みどーすんだ」



姫と五日間も会えぬのか……。

空も姫と離れるのが悲しいのか泣いているではないか。
そなたも姫の事を慕っているのだな。
オーストラリアの空に姫を盗られるのが嫌なのか。


俺とて、姫と離れるのは嫌だ。




「外は大雨で鬱陶しいのによ、テメーまでじめじめすんな。鬱陶しい」
「日本の空も姫と離れるのが悲しいのだ」
「何言ってんだ。一週間前から予報で低気圧やら寒冷前線がどうとか言ってただろうが」


「はあぁぁあっ、ひめぇ……!」
「……無視しやがったな、テメー」


青筋が浮き出ている政宗殿から視線を逸らして土砂降りの空を見上げる。




「朝はあんなに勇ましく姫さんを助けたのに……」
「そうだ! 佐助、朝幸村がすごいことしたって言ってたよな! 教えてくれよ!」
「あーそういえば言ってたな」
「む? 某はすごいことなどしておらぬが」



なんだ、もしや初めて自分で飯をよそったからか?
そんなことが、すごいのか?


……それくらいですごいのなら、毎日全員分よそってやっても良いぞ!



佐助が褒めてくれる事なんてあまりないからな。
少し嬉しいぞ!





「朝ね、姫さんが階段でこけたんだよ。そしたら旦那周りに人がいっぱい居たのに『姫!』って声張り上げてさー」
「Wow,やるじゃねぇか」
「こけた恥ずかしさで顔隠してた姫さんをお姫様抱っこして保健室まで運んだんだよー。すごいでしょ? 旦那がお姫様抱っこなんて」
「すごいな幸村! 俺、見直したよ!」



……ん?
佐助はなんと言った?



「……待て、佐助」
「なに、旦那」
「俺は、大勢の前で『姫』と呼んだのか」
「ばっちり呼んでたよ」



人前で、しかも姫に聞こえるように、俺は叫んでしまったのか。

いくら佐助がフォローしたと言えども、みなに俺が姫という人物を慕っているという事は広まっている筈だ。
それなのに、みなの前で姫と叫んでしまった。
では、ほかの生徒でだけでなく姫にも俺が姫を慕っていることがばれてしまったのか……!?



「…………うわああああ!!」
「うるせーな、耳潰れるかと思ったぜ」
「おっ、おおおお俺はなんて事を……!」
「Ha,何を今更言ってんだ」




……姫にまだ告白しても了承してもらえるほど仲良くないというのに!
お、俺は姫にフラれてしまうのだろうか。


姫に面と向かって、嫌だ。と言われたら立ち直れぬ……!



思わず頭を抱えて机に突っ伏そうとすれば、まだ開いても居ない弁当箱に額が音をたててぶつかった。



「旦那、大丈夫?」
「大丈夫ではない……。胸が痛い」
「あ、そっち? 俺様はおでこの方が痛そうなんだけどな」


ああ、姫に嫌悪の眼で見られる想像をしたら無性に胸が痛い。
政宗殿から呆れたような溜息が聞こえてきたあと、廊下がなんだかうるさくなった。



「何だ、なにか揉め事かい?」


野次馬魂に火がついたのか、眼を輝かせて廊下の方を向いた慶次殿。



「ちょ、や、やめてよ……!」
「ううん! 今やらなきゃいつまでも出来ないでしょ!」
「そ、そうだけど……」


廊下から女子二人の少し争うような声が聞こえる。
なんだ、喧嘩しているのか?


すると、一人の女子が俺の教室の入り口に仁王立ちした。



「真田幸村君!!」
「え、そ、某か?」
「お、なんだなんだ。告白か?」
「元親殿!!」
「旦那、顔真っ赤にしてないで行ってきなよ」
「う、うむ……」



一体なんなのだ。
俺を呼んだ女子は怒鳴っていたようだ。
何か癇に障るようなことでもしただろうか。



……いや、女子とは極力話すことを避けていた故そのようなことはないと思う。


むう、ではなぜ俺は怒られるのだ?
……見当がつかぬ。




とりあえず、女子が居るドアに近付くと怒っていた女子は後ろに下がり、俯いた女子が俺の前に立った。


「ほら、勇気だしなって」
「う、うん……」


「あ、あの某に何か用でござるか?」



声をかけると顔を真っ赤にして俯いていた顔を上げた。
そ、そのように恥ずかしそうにされると、俺も恥ずかしいのだが……。
俯いた少女は酸素を求める魚のように口を動かしてから掠れた声を出した。



「わ、わわ、わっ……!」
「輪?」
「私っ……!」



ああ、この女子は私といいたかったのかと思っていた時、ふっと視界の端に見慣れた人が写った。



……姫っ!!




「わ、たしっ! 真田君の事が……」



ああ、姫にまた会えるなど、なんと幸せなことだ……。
……はっ! しかし、姫は俺が姫の事を好きだともう知っていらっしゃるのか。

で、では姫は告白されるのが嫌でもう俺と極力話すのを避けるのではないだろうか。
俺の事を嫌いになられたのでは……!?





「すき、ですっ……!」





……俺はこれから何を糧にして生きていけばよいのだ。
こんなにも姫の存在が俺の中で大きくなっているとは思わなんだ。


くっ、俺だけに向けられた姫の笑顔はもう見られぬのか……!



「あ、あの……真田君?」



姫の笑顔が見られなくなるなど考えられぬ、と思っていた時姫が俺のほうを向いた。


あ……も、もしや今姫と眼が合っているのではないのか……?




「真田君?」



あっ、姫が手を振ってくださった!
やはり俺と眼が合っていたのだな!


ああ、手を振ってくださるとは、まだ俺は嫌われていないのか!!





「真田君!!」
「え? あ、何でございましょう!」



仕舞った。姫に気を取られ過ぎてこの女子の話を聞いていなかった。
後ろに立って居た女子が真っ赤になって怒っているではないか。

……人の話を無視してしまうなど、俺はなんとひどい事をしてしまったのだ。





「この子の話聞いてた!?」
「……す、すみませぬ、考えごとをしていて……」
「この臆病な子が一世一代かも知れない告白をしてるんだよ!? ちゃんと聞いてあげて!!」
「こ、告白!? こ、この某にでござるか!?」
「う、うん……」


気の弱そうな女子は小さく返事すると俯いてしまった。
お、俺のような奴を好いてくれる人が居るとは……。



「も、もしや、某の下駄箱に手紙を入れたのも貴女でござるか?」
「……うん。け、けど、朝は来てくれなかったから……」
「も、申し訳ありませぬ。朝は用事があって……」
「う、ううん! いいの、私が急に呼び出すから悪いの!」
「いや、しかし……」


いいの、気にしないで。しかしそういうわけには……。などというやり取りを繰り返していると、後ろに立っていた女子が痺れを切らしたように声を張り上げた。




「もう! そんなことはどうでもいいじゃん! で、この子と付き合えるの? 付き合えないの?」
「え、っと……申し訳ありませぬ……」
「え!? なんでよ! この子可愛いし、大人しいじゃん。理想の子でしょ?」
「い、いや……しかし、某は……」
「ん、なによ」




他に慕っている人が居るとは言っても良いのだろうか。
姫も、俺達の様子を興味ありげに遠巻きで見物していらっしゃる。

遠巻きと言っても、俺の声ぐらいは十分聞こえる範囲に立っていらっしゃる。



うう、姫にばれてしまうではないか……。



「なによ、この子と付き合えない理由でもあるの?」



腰に手を当て俺に詰め寄ってきた女子。
……この目は理由を聞くまで引かない目だ。

時々、佐助もこのような目をする故、よく分かる。



これは、もう腹を括らねばならぬ!





「そ、某には、他に恋い慕っているお方がいるので、無理でござる!!」




い、言ってしまった……! 姫にも聞こえてしまったのだろうかと思い、姫のほうに視線をずらした。
すると、姫はなぜか驚いていらっしゃった。

なぜだ、俺が姫の事を慕っているという事はとっくにばれているのではないのか?


も、もしや、奇跡的にばれていなかったのか!?



「誰、その好きな人って」
「え!? そ、それは言えませぬ……」


それまで言ってしまえば、姫に完全にばれてしまう。
幾らなんでもそこまでは言えぬ。



「いいじゃん、この子の今後の目標とする人物になるんだからケチケチしないで教えなよ」
「そ、そんな……無理でござる……!」


そう言うと、女子は怒ったように眉をつり上げた。



「振ったんだから教えな……」
「も、もういいよ。帰ろ?」
「いいの? 諦められるの?」
「仕方ないよ。だって、好きな人いるんだもん」
「あんたがいいなら良いけど……」
「真田君、手間取らせちゃってごめんね?」
「い、いや……某は良いのだが……」
「じゃ、じゃあ、さようならっ!!」
「あ、ちょっと、まってよ!」




二人は走り去ってしまった。

……先程の女子、泣いているように思えたが気のせいか?
俺は、彼女を傷つけてしまったのだろうか。


しかし俺には姫が居るゆえ、気持ちには答えられぬのだ。
……どうすればあの女子が泣かぬように済んだのだろうか。


経験の少ない自分には到底分かるわけ無いな。








「さーなだ君!」
「ほえっ!? あ、あっ!」



走り去った女子の方を呆けていると、姫からお声がかかった。
姫が笑顔で俺の傍にいらっしゃる……!




「モテモテだねー」
「い、いや、そんなことは……」
「ってか、真田君好きな人いたんだー。知らなかった」
「え!? 誠でございますか!?」
「うん。多分みんな知らないと思うよー」



そ、そうなのか。
佐助が上手い事フォローしたと言っていたのはただの慰めかと思っていたが本当に上手いことやってくれていたのだな。


今度、俺の団子を分けてやらねばならぬな。




「あの子結構可愛いのに振るなんてさ、勿体無いよー?」
「しっしかし、某には想い人がいます故……」


それにあの女子よりも姫のほうが可愛らしい。

……と言えればよいのだが、言えるわけがない。





「真田君が好きになった人なんだから、きっとすんごい可愛い人なんだろうねー」
「え、あ……はい! とても!」
「おお、幸せそうな顔しやがってー! 羨ましいな、このやろー」
「いや、あははっ……!」



このやろーと言ってくださったとき姫の拳が軽く俺の肩に当てられた。
ああ、姫に触れてもらえた!







「両想いになれるといいね」






「っ、はい!!」


姫と両想いになれるように、俺も男を磨かねば!!



(いつか想い人は貴女、と言うために)
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