旦那の岡惚れ | ナノ




19 無意識に大胆な王子様




朝練の無い朝、佐助と共に登校すると俺の上靴の上に一通の手紙が置いてあった。


「む? なんだ、これは」
「どうかしたの、旦那?」
「いや、手紙が置いてあってな」



白い封筒を見せると、佐助は目を見開いた。
なんだ、そのように驚くようなものなのか?


……もしや、不幸の手紙か!?
小学生の時に一度貰って、ひと月ほど悩んだ苦い思い出を今でもはっきりと憶えているぞ。


くそ……またあの不幸が再来したのか!



「今時手紙で告白なんて珍しー」
「こ、告白?」
「そーそー旦那も小学生の時とか貰った事あるでしょ?」



しょ、小学生?
やはり、不幸の手紙か!
一体何を告白するのだ。


なぜ、俺に廻ってくるのだ。
俺は人から恨みを買う事はしていないと思っておったのに……!

知らず知らずに傷つけていたのか……!?




「旦那、姫さんからかもよ?」




佐助が厭な笑みを浮かべて俺を見た。


なっ!?

ひ、姫から不幸の手紙!?
俺は姫を傷つけていたのか、姫から恨まれるような事をしていたのか……!?



「お、俺は、姫を傷つけて……!」




な、なんという事をしてしまったのだ。
俺は最悪だ。
姫を傷つけるなど!

今すぐこの腹を掻っ捌いても、許されぬかもしれぬ!




「ちょ、旦那。何か勘違いしてない?」
「何が勘違いなのだ」


俺は姫を傷つけてしまったのだ。
もう取り返しのつかないことをしてしまったのだ!


「旦那、告白だよ? ラブレターだよ?」
「む……ラブレター? 不幸の手紙ではないのか!?」
「……不幸の手紙なんて高校生にもなってするわけないでしょ」
「わ、わからぬぞ!」
「ないない。いいから早く読んでみなよ」
「……う、うむ」



なぜ中身を見ておらぬのに内容が分かるのだ。
佐助には透視能力があるというのか!?


もし、不幸の手紙ならばどうするのだ。

不幸の手紙なら佐助に七通送ってやる。と思いながら俺は封を切った。




『真田君へ
突然のお手紙ごめんなさい。朝休み校舎裏で待ってます。用事が無ければ来てください。お願いします』


不幸の手紙でなかったので良かった……。

覗き込んでいた佐助が唸った。



「名前書いてないね」
「うむ。一体誰が……」
「つーか、朝休みって……この子は何焦ってんだろうね」



普通、昼休みか放課後なのにね。と佐助が怪訝な顔をした。

そう言われてみればそうだ。
何か用事が有れば普通は時間に余裕のある昼休みなどに呼び出すのではないのか。


俺がもし本鈴間際に登校してきたり、遅刻してしまったらどうするのだ。
朝休みになど行けぬではないか。


それに、今日は偶々朝練が無かった故まだ良かったが、もし朝練があればこの手紙を拝見しても行く事など到底無理だ。
なぜ、この来る確率が最も低い朝休みなのだ?



「うわ、分かっちゃった」
「何がだ?」
「この子、旦那のことかなり好きだよ」
「は、は!? なな何を申す!」
「この子さ、旦那が今日朝練無い事も、朝練無い時に旦那が登校する時間も全部把握してる」
「そ、そうなのか……?」
「うん。そうじゃなきゃこんな事しないって」



お、女子が俺を、好いておるなど……!
そのようなことありえるのか!?


「動揺してるね、旦那」
「あ、ああ当たり前だ! お、女子に好かれるなど……!」
「まあ、旦那に告白する子少なかったし、しょうがないよね」



旦那ってば女の子と話すだけで破廉恥! って言って逃げちゃうから女の子は諦めて影でこっそり旦那を想っていたからねー。という佐助の言葉に肩をピクリと動いた。

た、確かに女子と接するのは今まで極力避けて生きてきた。
だが、姫と出会ってからは姫以外の女子とは話せるようにはなってきたのだ。


それだけでも進歩だと思う。



「これが、姫さんからの手紙だったら良いのにねー」
「っ!」


こ、これが、姫からの手紙ならば……!
ああ、それが事実ならば天に昇ってしまうやも知れぬ。


ひ、姫が、俺の行動を全て理解されているなど、嬉しすぎる!


それにこれがもし佐助の言う恋文ならば、姫は俺を好いていらっしゃるという事になるのか。
お、俺と姫が相思相愛……!

そんなことが叶うのか……!?



「旦那、顔だらしなさ過ぎ」
「し、仕方あるまい! これが、もし姫からのならば……!」
「そんな喜んでる暇あったら、この手紙が誰からのものか確かめてきたら?」
「む? どうやってだ?」
「ほら、校舎裏に呼び出されてんでしょ」
「そ、そうか! ならば早く行かねば!」




すぐさま昇降口を出ようとした。



も、もし姫が待っていらっしゃったらどうする……!
勢いで土下座をしてしまいそうだ。

……落ち着け、俺。
もう少し落ち着かねば、姫にまた不審がられてしまう。




「あ……」




あと少しでいいのだ。
少しで良いから緊張を和らげたい。

そうすれば、顔が赤くなって何度も噛むことなく円滑に沢山姫と会話が出来るというのに。



そう懇願し、校舎裏へ走って向かおうとすれば佐助が声を漏らした。



「どうした?」
「ほら、姫さん」
「なに!?」


足を止めて佐助の指差す方へと顔を向けた。
すると、姫が軽い足取りで階段を上ろうとしていらっしゃった。

あ、朝から姫にお会いできるとは……!




「今姫さんが登校したってことは、このラブレター姫さんからのじゃないよね」
「む、そ、そうか」


姫は、俺よりも早く下校されるので放課後には置けぬからな。
……姫からの手紙ではないのか。



身体から熱が引いていくことがはっきり分かった。

なんだ、この感覚は……。
急に身体が冷めた。


持っているこの恋文も全く価値の無い物に見えてくる。
先程は光って見えたというのに、今はただの紙にしか見えぬ。



「旦那、落ち込みすぎ」
「……落ち込んでなどおらぬ」


手紙を握りつぶして鞄の中に放り込んだ。

そして校舎裏に向かうため、昇降口を出ようとした。



「あれ、その手紙捨てないの?」
「呼び出されたのだから行かねばならぬだろう」
「律儀だねー。どうせ断るなら行かなきゃいいのに」
「無視するなど酷い真似は出来ぬ」
「さすが旦那」





「うわっ!」


足取り重く歩き出そうとすれば叫び声が聞こえ、何かが倒れたような音が聞こえた。


この声は……姫ではないか!
何があったのだ!?


音が鳴るほど早く振り向くと、姫が階段に倒れていらっしゃった。


もしや、こけられたのか!?


「っ!」
「ちょ、旦那!?」



思わず靴を放り捨てて姫のところへ向かった。


ひ、姫が手で顔を覆っていらっしゃる。
……泣いていらっしゃる!




「ひ、姫っ!!」




階段を駆け上り、姫の肩を掴んだ。

もしかして、どこか打ったのかもしれぬ!
姫の身体に傷ができたかも知れないという一大事に俺がじっとしていられるわけがない。



「へ、へっ? えっ?」
「どこか痛みますか!?」
「あ、や……あの、脛、かな……?」


ひ、姫のお顔が真っ赤だ。
ああ、少し目も潤んでいらっしゃる。

余程、痛かったのでござろうな。



「保健室に行きます故、失礼!」
「え!? ちょっ……!」


姫を横抱きにして俺は保健室に向かった。


「さ、真田君!? まっ、待って!」
「待てませぬ!」
「み、見えてる! ぱん、つ! 見えっ……!」



パン? パンが見えるとはどういう意味なのだ?
ああ、もしや階段においてきた鞄からパンが出て、通行の邪魔になっているかも知れぬという心配なのか?

今はご自身の身体を心配せねばならぬのに、ほかの生徒の心配など……。
どこまで姫はお優しいのだ。



しかし、今は姫の身体が最優先だ。
階段に引き返すことなどできぬ。

胸が痛むが、姫の優しさを無視をして保健室に入った。



「せ、先生!」
「あら、どうしたの!?」
「階段でこけられたのでござる! は、早く! 診てくだされ!!」
「さ、真田君、私なら大丈夫だから! だから落ち着いて、そして下ろして!」
「しょ、承知いたした」



むう、姫のお顔が真っ赤だが、どうなされたのだ?
もしや、怪我のためか!?


ど、どうすればいい!? 姫が脛を強く打ったせいで顔が真っ赤に!!
ヒビが入ったのでは……!?



「階段でこけたの? 朝から災難ね」
「まあ……こけた時、恥ずかしくて顔隠してたんですけど今は全身隠したい気持ちです」
「ふふ、お姫様のようだったものね。……さ、どこを打ったの?」
「脛です」



ああ、姫が歩けなくなってしまったら俺はどうすれば良いのだ!
こけぬように支えられなかった俺の責任だ。
責任を取って、俺が姫の足にならねば!


姫のためなら毎日送り迎え致す!




「あら、痣になってるわね」
「……見たら余計に痛くなった」
「折れてる様子はないけど、一応湿布を張っておきましょうか」



……毎日送り迎えという事は……姫と、登下校を共にできるのか!
ひ、姫と共に登下校……!

こ、恋人同士のようではないか!!



「はい、これで終わり」
「ありがとうございます」
「それより、王子様にお礼言いなさいよ」
「う……からかわないで下さいよ」



俺と、姫が恋人……。

はうあっ! ゆ、夢のようだ!



「真田君、チャイム鳴るし行こっか」


て、手を繋げるかも知れぬのか?
恋人になればたくさん姫に触れることが出来るのか……!



「真田君?」
「のうわっ!?」
「どうしたの? 悩みごと?」
「いいいいえっ! な、なにも!」
「そう? じゃあ行こ?」
「はははいっ!」


お、俺はなにを妄想していたのだ。
姫にたくさん触れるなど破廉恥だ!



そう思いながら、俺は姫に続いて保健室を出た。




「真田君」
「は、はい!」
「さっき、心配してくれてありがとね」
「いえ! 当たり前の事をしたまでですので!」
「あはは、やっぱ修学旅行前だからって調子乗って早めに学校来たから罰当たったかな」



頭を掻いていつものように天使の笑顔を見せた姫。
いつもなら見惚れているのだが、姫の言葉に反応してしまった。

今、姫はなんと?



「しゅ、修学、旅行?」
「うん。明後日から五日間オーストラリアに」
「い、五日間も……」

姫に会えぬのか。


全ての血液が抜けたかのように身体が冷たくなった。




「真田君?」
「あ……な、なんでしょう?」
「今日のお礼にお土産、買ってくるね」
「へ? あ、ありがとうございます!」



そう言うと、タイミングよくチャイムが鳴った。



「うわ、本鈴! もっと真田君に話したいことあったんだけど仕方ない。じゃあね、真田君!」
「……あ、はい」




急いで階段を上られる姫を見つめながら俺は一歩も動けなかった。



(姫と長い時間逢えなくなってしまうなど、死んでしまうかも知れぬ)
[ 21/30 ]
[*←] [→#]
[戻る]
×