旦那の岡惚れ | ナノ




18 あなた以外は眼中にない





「で、結局二枚ともチケット持っていかれたわけ!?」
「うむ。友人と一緒に行かれるらしい」




科学室に向かう際、佐助に朝の話をすると、目を見開いて驚いた。

なぜそのように驚く必要があるのだ?
俺が自ら姫に話をしに行き、贈り物をした事に驚くのならまだ理解できる。
今思い出すと、俺もあの時は慶次殿に乗せられて気分が高まっていたのだろう。


普段の俺ならば姫に軽々しく話をしに行くなど出来るわけない。




「旦那、姫さんと一緒に行きたかったんじゃないの?」
「まあ、行きたいが……」
「じゃあ、なんで言わなかったのさ!」
「あ、いや、ははっ……」


佐助にそう言われて、思わず頬が緩んだ。
姫に握ってもらった右手を眺めると、幸せな気持ちになった。


「何その顔。右手、何かあったの?」
「す、少しな……むふ」
「気持ち悪いよ、旦那」
「気持ち悪いとは無礼な。俺は普通だ」


佐助にそう注意するが、上がる口角は押さえられぬ。


「む?」


科学室に一番近い階段に着き、上ろうとしたが、なぜか佐助は階段を通り過ぎた。


「佐助、この階段を上らぬのか?」
「旦那的には向こうの階段の方が良いんじゃないの?」
「ん? なぜだ」
「だって、向こうの階段から行ったらさ、姫さんの教室の前通れるんだよ?」
「なっ!? 誠か!?」
「部屋の配置を考えると、そうでしょ」


そ、そうか!
もしかすると、姫の姿を拝見する事が出来るかも知れぬのか!

運が良ければお声を拝聴できるかもしれぬ!



「ささ佐助! 早く行くぞ!!」
「はいはい、落ち着いて。まだ時間あるんだし」
「ならぬ! 一秒でも多く姫を見るのだ!」


佐助の手を引いて、俺は廊下と階段を駆け抜けた。
途中で佐助が転ばないでよね! と心配する声が聞こえたが、無視だ無視。

佐助よりも姫のほうが大事だ!


階段を上りきり、このまま姫の部屋まで駆け抜けようと思ったが、佐助が踏ん張って前に進めなんだ。



「なんだ佐助」
「旦那、このまま突っ走る気?」
「うむ!」
「……だと思った。歩いていくよ」
「なぜだ? 走ったほうが早く着くではないか」
「旦那、姫さんの姿見て感激しすぎてさ、そのまま走り去っちゃうでしょ」
「う……それは」


無きにしも非ずだ。
姫に一瞬だけでも目通りが叶うだけで、顔が赤くなってしまうのだ。

そんな情けない姿を姫に見られたくはない。



「だから歩いていくよ」
「わ、分かった」


佐助と並んで姫の教室へと歩いていく。
一歩一歩姫のクラスに近づいていることに緊張していると、一人の女子が姫のクラスから飛び出してきた。


ん? どこか焦っていらっしゃるような……。



「ちょっと! なまえさいてー!!」



教室に向かって罵声を言い放い、そのまま後ろのドアから教室に戻られた。

なんだったんだ? 今のやり取りは。
……姫の名を呼んでいらっしゃったが。
それに、最低。など軽々しく言うものではない。
その言葉で姫が傷ついたらどうするのだ。いくら女子であろうとも、姫に悲しい顔をさせた輩は放っておけぬ。




そう思って居ると、今度は女子二人が廊下に出てきた。


「っ!」


後ろにいらっしゃるのは、ひ、姫……!
ゆ、友人と戯れていらっしゃるのか!



思わず足を止めた。


「ちょ、なまえ! まじ止めて!」
「いやだよーん! あははっ、捲らせろー!」


バタバタと走って、友人を追いかけていらっしゃる。
鬼ごっこでもなされているのだろうか。


教室の前のドアから出て後ろのドアから入り、教室と廊下を繰り返し出入りされていた。



ああ、姫のお声が……!
小鳥のような音色だ!


ああ、俺の顔は今赤いのだろうな。
顔が堪らなく熱い。






「……捲る、って言ってなかった?」


突然、佐助から質問が飛んできた。
捲る? 確か、姫が仰っていたような……。



「仰っていたと思うが……」
「そう。じゃあ、旦那は見ないほうがいいよ。絶対」
「なぜだ! 俺は姫を見てはならぬと言うのか!」
「いやいや、違うって。良いから見ないほうがいいって」
「佐助だけ姫を脳裏に焼き付けておこうと考えるなど許さぬぞ! 俺も見る!!」
「……何で俺様が焼き付けておかなきゃいけないのさ」



呆れた声が聞こえたが、それは演技なのだろう。
佐助も姫の姿を拝見したかったに違いない!
姫を独り占めしたくて俺には見るなと言うとは、卑怯者なり!


た、確かに、独占したくなるような気持ちになるのは分かるが、姫は誰の物でもないのだ!


佐助を戒めるように睨むと、佐助が慌てた。




「ちょっと、勘違いしないでよね!」
「良いのだ。佐助の気持ちはよく分かる。だが独占しようとは……」
「ああもう! 俺様、なんとも思ってないから!」



もういいよ! 好きなだけ見なさい! と佐助が匙を投げた。

怒っているようにも見える佐助を無視して姫を拝見すると、友人と見合っていらっしゃった。



「なまえ、落ち着いて、別に私じゃなくてもいいじゃん、ね?」
「ふっふっふ。これで捲ってない女の子は貴様だけだー!」
「え!? もう全員捲ったわけ!?」
「あたぼーよ! ……隙あり!!」
「きゃあっ!」


姫が、友人の見せた一瞬の隙を見逃さず、下から上へと腕を振り上げた。



「なっ!?」
「うわー予想通り……」


友人のスカートが捲れ上がり、中のし、し下着がっ……!


「わー! 赤だ赤ー!」
「あ、ありえない! なまえ!!」
「あは! これでコンプリートだ!!」




「旦那、大丈夫?」
「っ、う、うむ」
「あれ? 顔、あんまり赤くないね」
「む? そ、そうか?」



……そういえば、あまり顔が熱くない。
普段なら、あ、あのようなものを見れば冬でも汗をかくほど熱くなったのだが。

なぜ、熱くないのだ?



「旦那、免疫力がついたんだね」
「そ、そうなのだろうか」
「うん。姫さんにしか照れなくなったんだよ」
「そ、そうかもしれぬ」



そうだ、姫のお声を聞いただけで顔は熱を持つ。
しかし他の女子の声ではなんともならぬ。


この頃、クラスの女子とも話せるようになってきたのもこのせいか。




これも全て姫のお蔭なのか!
感激していると、姫の死角になっている背後から、別の姫の友人が密かに近寄った。


む? 一体姫に何をなされるのだろうか?



「仕返しー!!」
「ぎゃあ!! ……びっくりしたー。けど、残念。私はスパッツ穿いてるんだなー。しかも三分丈!」
「うわ、ずるー!! 自分だけ見られても良いようにしてるなんて!」
「あはは! 備えあれば憂い無しだよ!」




「ぶはっ!」
「だ、旦那! ちょ、階段に非難しよ、階段!」


佐助に腕を引かれて姫に背を向け、俺は上ってきた階段の踊り場へと向かった。


ひ、姫の、おみ足が、スパッツが……!
はっきりと見えてしまった。


「ぐっ、は、ははは、破廉恥なり……!」
「旦那、早く鼻血拭いて。ほら」
「う、か、忝い……」


佐助からティッシュを受け取って鼻を押さえた。
ろ、廊下に血が垂れずに済んで良かった。



「うわ、すごい量。足りないね、ポケットティッシュじゃ」
「う、うむ……」
「保健室行って箱ティッシュ貰いに行こっか」
「……うむ」



階段を下りて、保健室に向かった。



「他の子のパンツは普通だったのに、姫さんのスパッツでこんなに鼻血出る?」
「し、仕方ないではないか!」
「もし姫さんがスパッツ穿いてなかったら、大変な事になってただろうね」
「なっ!?」



ひ、姫の下着を直接見るだと!?


も、もし姫が俺の好きな色の赤を身に付けていらっしゃったら……?



……見てみたい、と思ってしまう自分が嫌いだ。




「っ……」
「ちょ、旦那! 想像しちゃだめでしょうが!」


垂れる垂れる! と慌てて言う佐助に、ティッシュの吸水量が飽和状態になっており、真っ赤になっていた。
差し出された真っ白なティッシュを鼻に押し付けた。




ひ、姫は、一体どのような下着をお召しになっていらっしゃるのだろうか……?




「ばか、だから想像しちゃだめって言ったでしょ!! 廊下に垂れたじゃん!!」



(夢が広がる秘密の花園の色)
[ 20/30 ]
[*←] [→#]
[戻る]
×