旦那の岡惚れ | ナノ




15 欠点も含めて好きだから



「ああ、姫は今、何をなされているのだろう……」
「相変わらずhotな奴だな。……鬱陶しいったらないぜ」
「しょうがないでしょ。プレゼント貰って舞い上がってんだからさ」


陰になっている非常階段の下で昼飯を食っていたが、頭は姫のことでいっぱいで飯の味など分からなんだ。
ああ、もう一度あのスイートポテトが食べたい。


折角家宝にして残そうと思っておったのに、佐助に腐ると言われ食べてしまった……。
……もうあの味を食べれぬとは惜しい事をした。


非常階段の影から中庭を眺めながら溜息をついた。


今日は中庭にいらっしゃらないが、やはり陰のある違う場所で昼飯を食べていらっしゃるのだろうか。



「旦那、そこに居てたら直接日が当たって暑くない?」
「暑いが、不快ではない」
「you are crazy」


振り向くと、政宗殿が眉間に皺を寄せながら保冷剤を額に当てていた。
暑いのが嫌いな政宗殿には俺の行動は理解出来ぬであろう。

しかし、こうしていると中庭に入ってきた姫に一早く気付けるではないか。


ぼーっと中庭の入り口を見る。
今日はもういらっしゃらないのだろうか。



そう思って居ると中庭の入り口に姫がいらっしゃった。


「っ!」


諦めかけていたところに姫の姿が見えたので喜びが倍増した。
思わずみなの居る非常階段の下に走って戻り、しゃがんで顔を手で覆った。

「旦那、どうしたの?」
「ひ、姫がいらっしゃった!」
「おお、そりゃ運命だな!」
「う、運命!? 慶次殿! からかうのは止めてくだされ!」



振り向いて慶次殿に注意すると隣に元親殿がいらっしゃった。
中庭の方を非常階段の影に隠れるようにして見ていらっしゃるようだが、何かあったのだろうか?


「元親殿?」
「おい、真田。見てみろ」



腕を引っ張られたので、姫に見つからないよう非常階段の影から目の辺りだけ出して姫を見た。
友人の腕を引っ張り、こちらに向かっているようだ。

な、なぜこちらに!?

一体どうなされたのだ!?


「姫、怒ってねぇか?」
「え?」



元親殿の言葉に姫のお顔を見ると、確かに眉間に皺がよっている。
それに、今まで友人をあのように乱暴に引っ張るところなど見たことない。


「も、元親殿! 顔をださぬよう気をつけてくだされ!」
「あ? なんでだ?」
「姫に見つかってしまうではないか!」
「なんだよ。見つかったらいけねぇのか?」
「も、もし見つかってどこかに行ってしまわれたらどうするのだ!」




小声で元親殿に言って姫に見えないように佐助達の方へと連れ戻した。

もしかすると、俺達が聞いてはならぬことかも知れぬ。
姫の内密な話を盗み聞きなど、できぬ!



そう思って居ると、上の非常階段から足音がした。

も、もしや、姫は非常階段を上られたのか!?
ならば、非常階段の下に居る俺達には話が丸聞こえになってしまうではないか!


すぐさまここを立ち去ろうと、みなに話しかけようと思ったとき姫のお声が聞こえてきた。



「ちょっと、なんなのアイツ!!」
「まあまあ、落ち着きなって」
「落ち着けない! だって、私が委員長って事をいい事に何でも任せてくるしさ!」
「まあ、それはそうだけどさ」



姫のお怒りの声が聞こえてくる。

普段はあれほどお優しく穏やかな姫であるのに、今日はどうなされたのだ。
まるで人が変わったようだ……。



「なんで協力してくれないのさ! 信じられない!」
「そうだね」
「アイツ、よっぽど私のこと嫌いなんだよ! この前だっておもいっきりぶつかってきたしさ! 絶対わざとだよ!!」
「あの時、なまえ吹っ飛んだもんね」
「そうだよ! お蔭で頭壁にぶつけたっつーの!!」
「あーそんなこと言ってたね」
「アイツと当たった肩絶対腐ってきてるよ! もう直ぐ私の右肩使い物にならなくなる!」
「あはは、言い過ぎだって」



な、なんと、姫の肩にぶつかった輩が居るだと……?
しかも、姫がそのせいで壁に頭を強打した?


握った拳が震えていることが自分でも分かった。



「ありえない! きもいよ! アイツの顔思い出しただけで吐き気がする!」
「前も言ってたね、それ」
「ほんと、この世から消えて欲しい! 消えたほうがこの世のためだよ! つーか、アイツが死んで悲しむ奴なんて居ないし!」
「そこまで言う?」
「当たり前! 今すぐ頭打って死ねー!!」


グラウンドに向かって叫んでいるのか、姫のお声が更に大きくなった。





「……落ち着いた?」



姫が叫ばれてから少しの間沈黙が続いた後、友人の宥めるような声が聞こえた。

少し間が開いてから、落ち着いたのか、姫の声音が変わった。



「……うん。ちょっと言い過ぎたかも……」
「うん、言い過ぎだね。けどさ、あれだけ文句は面と向かって言ってたなまえがこうやって人気のないところまで文句言うの我慢できたのは成長だよ」

「そうかな。けどやっぱり、文句は直接言った方が……」
「言わない方がいいよ。傷つけるだろうし、人前で文句なんか言ったら相手に恥掻かせるでしょ?」
「そう、だよね……」
「教室に帰ろ?」
「……うん」



すると、非常階段から校舎に入れるドアが開く音がした。
ばたんと、ドアが閉まる音が響いた後、俺達は何も離せなく、しばらく沈黙が続いた。


その痛いほどの沈黙に耐えられなくなったのか、元親殿が口を開いた。


「……スゲーな、女って」
「俺もまさか死ねまで出てくるとは思わなかったぜ」
「あの温厚そうな先輩にもあんな一面があったんだな。委員会ではいつも笑ってたのに……」



次々と話し出す三人は全員俺を見ている。

一体なんなのだ、その目は。

佐助は口を閉じたままだが、俺を見つめる目は三人と同じだ。


なぜそのような哀れむ目を向けてくる?



「だ、旦那、大丈夫?」
「何がだ?」


俺はどこも悪くないし、痛くない。
なんだ? 俺は今、辛そうな顔をしておるのか?



「何がって……姫さんのあんな一面に遭遇しちゃってさ……」
「一面?」
「Yes.他人を影で罵倒してたんだぞ? 立派な陰口じゃねぇか」
「まあ、女特有のどろどろとした影口とまではいかなかったが、あれは女の陰口だったな」
「そ、それが、何か?」


みなの言う事の意味が計り兼ねる。
一体何なのだ?

なぜ心配そうにしておるのだ?



「お前、princessに失望しねえのか?」
「し、失望!? 何故姫に失望などせねばなりませぬのか!?」


そう、俺が即答すれば、四人の心配そうな六つの目が見開かれた。


「お、お前、姫の優しいところとか、笑顔とかに惚れたんじゃねぇのか?」
「そ、そうでござるが……」
「今の話聞いてると、優しさなんてこれっぽっちもねぇぞ?」

元親殿は親指と人差し指の間を小さくして俺に言った。



「それに、お前は人の悪口を影でこそこそ言う奴は嫌いだろ?」
「た、確かに、そうでござるが……姫の言い分も分からぬでもない故……」


全て姫に任せたり、姫に協力しなんだり、姫を押して頭を打たせるなどしてはいけぬ。
姫が、悪く言うのも仕方の無いことではないのか?


「え? 旦那、そんなので許せちゃうの?」
「あのように人を罵倒するのはいけない事だとは思う。しかし、最後に姫も反省していたではないか」
「じゃあ、旦那」
「な、なんだ、他にも何か言う事があるのか?」


そう言うと、四人が俺に詰め寄ってきた。
なんだ、その真剣な眼差しは。

普段はそのような目など欠片も見せぬというのに……。


あまりの気迫に思わず少し後ろに身を引いてしまった。




「姫さんが人の悪口言ったり」
「性格悪いところがあったり」
「キレやすかったり」
「しても、姫のこと嫌いにならないのか?」


四人が、打ち合わせでもしたのかと言いたいぐらいのタイミングで俺に言い寄った。



この四人の言葉に俺はきょとんとするしかなかった。
やはり、言いたいことの意味が分からぬ。



その質問に対して逆に訊きたいくらいだ。


たかがそれくらいで、


「な、なぜ、嫌いにならねばならぬのだ……?」






そう言うと、今度は慶次殿以外の三人が固まった。
慶次殿はなぜか笑っているが、どうかしたのか?



「そうか、幸村はそんなに先輩の事が好きなんだな!」
「な、何を言われますか! からかうのは止して下され!」


思わず頬が熱くなった。
好きなどと、俺をからかうだけのために軽々しく言わないで貰いたい!


す、好きは、もっと謹んで使うべきだ!



「だ、旦那……大人になったね」
「佐助? どうしたのだ?」
「ううん、何でもないよ。ただ、感動しただけ」


佐助がハンカチで目尻を拭いていたが、まあ良い。




それより、姫は頭を壁にぶつけたと仰っていたが、大丈夫なのだろうか?



(そんな些細な欠点ごときで貴女への想いが揺らぐ筈など無い)
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