旦那の岡惚れ | ナノ




11 お金など必要ない





「旦那、大丈夫?」
「…………ああ……」
「いや、大丈夫じゃないでしょ。熱でもあるの?」
「……ない」



縁側で寝転がっていると、洗濯物を持った佐助が覗き込んできた。



「……何もする気が起きぬだけだ」
「いつもだったら身体を動かしてなかったら気が済まないのに。絶対おかしいよ」



なぜこのように無気力になっておるのか自分でも分からぬ。

本来ならば、部活が休みの日でもランニングや筋トレなどの鍛錬を欠かさず、体力づくりをしている。
身体を動かしていなければ違和感を覚えるはずの体が、今はこの動かない体勢でも違和感がない。


このような締りのない態度をお館様に見られればお叱りになるに違いない。


お館様に叱られると分かっているのだが、別に良い。と投げやりになって居る自分がいる。




「ほんとに大丈夫?」
「……分からぬ」
「分からないって……あ」
「どうした?」


何か思い出したように声を出した佐助。
この無気力の原因が分かったのか?


「もしかして旦那……」
「なんだ」
「姫さん不足?」
「なっ!? ひ、姫だと!?」


久しぶりに聞くその名に思わず飛び起きた。

そ、そういえば、もう三週間もお目にかかっておらぬな。
姫は息災に暮らしていらっしゃるだろうか?



「あ、元気になった」
「え?」
「やっぱり姫さんにしばらく会ってないからその禁断症状が出たんじゃない?」
「き、禁断症状!?」
「うん。やっぱり好きな人に長い事会ってないと精神的に辛いんじゃない?」


俺様は好きな人できた事がないから分かんないけど。と付け足した。

佐助でも予想しかできぬのか。
慶次殿にでも聞けばはっきりと分かるのだろうか。




今度、尋ねてみるか。と思ったとき玄関から声がした。




「真田ー!」


「……この声は元親殿?」
「そうみたいだね。いきなり来るなんてどうしたんだろう」


起き上がって玄関に向かうと元親殿は玄関マットの上に座っていた。



「よっ! 久しぶりだな」
「お久しぶりでござる。一体今日はどのようなご用件で?」
「ちょっとな。まあ、お前も座れよ」
「……中に入られては?」
「いや、俺も直ぐ出かけなきゃならねえし、良い」
「そうでござるか。では佐助、ここに茶を」
「りょーかい」



佐助が台所に向かったのを確認して俺は元親殿の隣に座った。

まるでここが自分の家のように、座れ。と言われたのは少々気に食わぬが、直ぐ帰られるのなら我慢できるだろう。



「あのよ、真田」
「なにか?」
「お前って姫の写真とか持ってるか?」
「ひ、姫の写真!? も、持っておる筈がないでござる!」
「そうだよなァ。じゃあ、これ要らねぇか?」


そう言って床に裏向けに置かれたのは写真だった。
もしや、これに姫が写っておるのか……?


震える手で写真をひっくり返した。



「なっ!?」
「スゲェだろ?」



こ、これは……!
体育祭の時の姫ではないか!

な、なぜこのようなものが……!

笑顔が、素敵だ……!
そ、それに普段は膝の辺りまでの体操ズボンがなぜ太股が見えるまで捲れ上がっておるのだ!?

ひ、姫のおみ足が、丸見えではないか……!

なんと、姫の足はお綺麗なのだ!
普段は露出しないためか、ふくらはぎより白い太股がよく映えている。




「これ、いいだろ? 太股に日焼け止め塗ってる写真だ」
「ひ、ひひ日焼け止めを……」
「太股なんざ、中々拝めねぇだろ?」
「っ! う、うむ……!」


なぜ、このような破廉恥な写真を元親殿が持っておられるのか質問したかったが、声に出来なかった。
少しでも油断すれば、鼻血が出てしまいそうだ。



「それと、これもだ」


鼻を押さえていると、元親殿がもう一枚取り出した。

これ以上は本当に鼻血を出してしまうかも知れぬ……!
分かっておるのだが、鼻血を出すという痴態よりも好奇心の方が勝ってしまう。


結局好奇心のままに写真を捲った。

「ブハッ!!」

「あ、おい! 真田、大丈夫か?」



写真には文化祭の時の猫の格好をした姫。


俺が拝見した時には只嫌がっていらっしゃっただけだった。
しかし、この写真ではふわふわの猫の手をつけた姫が手首を曲げて『にゃー』という格好をしていらっしゃる。
しかも頬が桃色に染まっていて……!


あまりの衝撃に思わず後ろにひっくり返ってしまった。



「はーい。団子と麦茶……って、旦那!?」
「さ、佐助……ティッシュ……」
「う、うん! 頼むから服に付かないようにしてね!」
「あ、ああ」



服に付けないように配慮して座ると、元親殿が驚いていた。


「俺、生まれて初めて興奮して鼻血出した奴見た」
「うっ……申し訳ない」
「いや、俺にはかかってねぇから良いんだけどよ。よっぽど好きなんだな、姫のこと」
「う、うむ……」


好きだ。という言葉に顔に熱が集まった。

確かに、姫の事はお慕いしておるが……。
改めてそのように言われると、恥ずかしい。



「はいはい旦那! ティッシュ持ってきたよ!」
「す、すまぬ……」
「そんなことはどうでも良いから早く鼻拭きなって」
「あ、ああ……」


俺が鼻を拭いていると、佐助は床に落ちた血を雑巾で拭いていた。


「一体何があった訳? 殴り合いをしたわけでもないでしょ?」
「あー真田がこの二枚の写真を見たら、鼻血出した」


元親殿が二枚の写真を佐助に渡すと、佐助はあからさまに溜息を吐いた。



「旦那、これはしょうがないね」


この格好でこの前も鼻血でちゃったし。と哀れむような目で見てきた。
そうだ、この前の嫌がっている姫でも鼻血が出ていたというのに、このように頬を染めるような顔をされている姫を見て鼻血が出ないはずがない。



「元親」
「なんだよ」
「この写真どこで手に入れたの?」
「風魔に依頼した」
「あの写真部の風魔?」
「ああ」


この写真を撮ったのは風魔殿か。
一年でこのような素晴らしい写真を撮れるとは……。
将来が期待できるな。


まあ、写っている人物が良いからよく写るのは当たり前だが。



「この写真、二枚とも姫さんの視線は違う方向いてるんだけど」
「あ? それがどうした?」
「これ、姫さんの了承って貰ってるの?」
「んなもん貰ってるわけねぇだろ」
「それって、盗撮って言うんじゃないの?」
「な!? と、盗撮は、犯罪ではないか!」
「誰にも言わなかったらバレねぇだろ?」
「し、しかし……」


そんなことを言えば、犯罪はバレなければ良いと肯定している事になるではないか。
それを、許すことは出来ぬ!


「犯罪は良くありませぬ!」


注意した時、元親殿はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「じゃあ、この写真は要らねぇな」


床においてあった写真を取って破こうとした。


「ああっ!!」
「なんだよ」
「や、破く事はないのでは……?」


思わず元親殿の腕を掴んでしまった。

確かに盗撮は犯罪で、絶対にしてはいけないことだ。
しかし、この写真には罪はないのではないか?


なんとか、元親殿を説得して破く事を止めていただいた。


「じゃあ、どうすんだ?」


ひらひらと写真を振った。
降るたびにちらりと姫が見えて、また鼻血が出そうになった。


「俺は別にこんな写真要らねぇしな。破いてもかまわねぇけど?」
「あ、あの……そ、某に譲ってはもらえぬか……?」


正座して前に手をついて頼んだ。
姫の写真を譲ってもらうのだ、誠意を見せなければならぬ!


「二千」
「え?」
「一枚二千円で譲ってやる」
「い、一枚二千円……」
「ちょ、一枚二千円!? 学校の集合写真の倍以上もあるじゃん! ぼったくりだって!」
「なら、別に破いても良いんだけどな」


もう一度破こうと写真に手をかけた。
元親殿は本気で、思わず血の気が引いた。


「お、お待ちくだされ! ……佐助、俺の財布を取って来い」
「え? 嘘、本気なの?」
「ああ」


姫の写真が一枚たった二千円なら安い物だ。


「旦那、考え直して。俺様が今度撮ってあげるからさ! ね?」


佐助が焦ったように俺の肩を掴んで言った。
そうか、佐助の写真を撮る腕は悪くない。

佐助に頼めば良いのか?



「この写真撮るのに来年まで待つのか?」
「う……それは……」
「それに、来年はこの猫の格好する確率は少ねぇだろうな」
「う……」


そうか、姫はもう来年最高学年になられる故、もう強要されることはないのか。
では、この格好は、今回限りか?


「さ、佐助! 早く財布を持って来い!」
「え!? ちょ、旦那!?」
「早くしろ!!」
「えー後悔しても知らないよ?」
「後悔などせぬ!」


そう言うと、佐助は俺の財布が置いてある俺の部屋に向かった。

世界に一枚しか手に入らぬ姫の愛らしくてお美しい姿が手に入るのに、なぜ後悔する必要があるのだ!
家宝に出来る物が、一枚たったの二千円で手に入るのだ!



「ほら、やるよ。これ」


写真を差し出されて、俺は震える手でそれを受け取った。

ひ、姫の写真が俺のものに……!


どうするべきだ、額に入れておくか?
いや、それなら太陽の光で色褪せてしまうやも知れぬ。

では、俺の財布に入れておくか?
俺の財布は二つ折りであるから、写真が折れてしまう!


ど、どうすれば良いのだ!



……ああ、写真立てに入れて持ち歩くのが良いかもしれぬな!
練習の休憩中に眺めれるではないか!

それに、姫を持ち歩けるのか!

……そ、そんな事が出来るとは……!


「おい、鼻血出てるぞ」
「む!?」


元親殿に呆れたように言われた。

また出てしまったか。
一枚ティッシュを取って鼻に押し付けた。



「旦那、財布持ってきたよ」
「お、おお! すまぬな」

ティッシュをどけて四千円取り出して元親殿に渡した。


「では、これを……」
「サンキュー。丁度金に困っててな。助かった」
「元親、金集めが目的で風魔に頼んだんでしょ」
「……ちげぇよ。俺はだな、ただ真田の事を思ってこれを……」
「嘘くさ。金輪際、こういうのやめてよ」
「……多分な。じゃあ、帰るわ」
「元親殿! 今度礼を致す!」
「あー……別に良い」
「そ、それでは、某の気が……」
「いいからよ。じゃあな」



そう言って元親殿は出て行かれた。


なんと、元親殿は良いお方なのだ!
そんな良いお方を俺は、今まで同じクラスでなくて無くて良かったと思っていたのか!


これからは、元親殿と仲良く致そう!



「旦那、さっきの元親と俺様の会話聞いてた?」
「む? 何か言っておったのか?」
「……はぁ。まあいいや、旦那は元気取り戻したし」
「では写真立てを買ってくる!」
「はいはいまだ鼻血残ってるから拭いてね」
「ああ!」


残っていた鼻血を拭いてから、俺は飛び出すように家を出た。




(貴女が手に入るなら、金に糸目などつけるはずない)
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