夢うつつ | ナノ





去年幸村と一緒に行ったお祭りが今日ある。

当然、幸村と一緒に行くことになった。



「お待たせ、幸村」
「い、いや、全然待っておらぬ!」


待ち合わせ場所は、揉め事があった公園。
初めは騒動があったから幸村は反対したけど、護ってくれるんじゃないの? と訊けば渋々OKしてくれた。



「そ、その……去年と浴衣を変えられたのだな!」
「うん。幸村っぽい色の赤にしたんだけど、似合う?」
「う、うむ! 誰よりも美しいでござる」
「あ、はは……幸村も格好いいよ」


紅色の浴衣を着た幸村はいつもと違ってなんだか、ドキドキする。

ああ、青春してるよ私達。
私も幸村と同じくらい顔、真っ赤なんだろうな。


「行こっか」
「う、うむ」


下駄の音がカランコロンと鳴るだけで、無言が続く。

どうしよう、気まずいよ。
幽霊の幸村と来たときは全然気まずいなんて感じなかったのに。

幸村の存在感が隣に感じられるだけでこんなに緊張するなんて思っても見なかった。


何か話さなきゃと思うのに、何を話せばいいのか分かんない。



しばらく無言のまま歩いていると、屋台が賑わっているのが見えた。


「わ、すごい込んでる」
「そ、そうでござるな」


もう既に通る道がないくらいの人がわいわいと騒いでた。

油断してたらはぐれそうだなあ……。
なんて思って居ると、手が湿った温かい物に包まれた。


「え……?」

感触のした手を見ると幸村の手に包まれてた。



「そ、そのっ、はぐれてしまうかも知れぬ故……」

さっきよりも真っ赤な幸村に思わず頬が緩んだ。


「あは、幸村の手、すごい汗ばんでる」
「なっ、すすまぬ!」


すぐ手を離しそうな勢いだったけど、繋がれた手は離れなかった。
あれ? 手離しちゃうかもしれないな、と思ってたのに。

……離さないんだ。


「なまえ殿は、嫌でござるか……?」
「え?」
「あ、汗ばんだ手で触れられる事を不快にお思いか?」


不快に思うのなら今すぐ離すが……と、眉を下げて言われた。

……これは作戦?
意外と、幸村って策士なの?


「……離さないで」


そんな風に言われたら、こう言うしかないじゃん。


「そ、そうでござるか!」

花が咲いたように明るい笑顔になった幸村。
ああ、恥ずかしい。
自分がまさか離さないでとか言う日が来るなんて。


けど、幸村の嬉しそうな顔を見ると、どうでもよくなるよ。


「どこの屋台から行く?」
「某、綿飴が食いたい!」
「じゃあ、買いに行こ」
「うむ!!」


近くに綿飴の屋台があるから、そこに向かおうと足を進めると私を呼ぶ声がした。



「みょうじ?」
「え?」


後ろを振り返ればクラスの男子がこっちを向いて立っていた。
うわ、よりにもよって調子乗りのこいつに見つかった。

モテたいからか知れないけど、女子にちょっかいばかり掛けてる。
まあ、逆効果でみんなウザがってるけど。

私も例外じゃなくて、こいつが苦手。


この前だって、ただ男子と話してただけなのにデキてるとか言って噂たてられたし。
手繋いでる所なんか見られたら、新学期に何言われるか……。



「あ、は……久しぶり……」
「お、おお。で、その男は……」
「えっと……その……」


言った方が良いのかな。
けど、言ったら言ったでみんなに言いふらされるのは確実だし。

あんまりみんなに質問されるの好きじゃないから、言いふらされるのは勘弁。



「彼氏でござる」
「え?」


従兄弟とでも言ってやろうかと思ったとき、幸村がにっこりと笑ってそう言った。

うそ、言っちゃったよこの子。


「そ、そうか! お前にも彼氏が出来たのか!」
「え、あ……うん。一応ね……」


ああ、さらば私の平凡な人生。
今まで彼氏が居なかった分、二学期からは色々と私の噂で持ちきりなんだろうな……。
しかも、その彼氏が格好よくてスポーツ万能と来たら、女子が放っておくわけないよ。


もし、噂で幸村を知った女子が万が一、惚れちゃったら溜まったもんじゃない。
私より可愛い子なんて何人も居るんだし。


幸村を盗られるのだけはみんなに質問攻めされるよりも本当に勘弁。


……女子同士の醜い争いを私も経験しなきゃいけないのかな。

少し遠い目をしてると、幸村がまた輝かしい笑顔で口を開いた。




「いつも俺のなまえが世話になってすまぬな」
「え、いや……別に……」



……あれ? 幸村の纏う雰囲気が変わったような……。
幸村って、自分の事を『俺』なんて言ってたっけ?
私のこと『なまえ』って言ってたっけ?


「なまえと貴殿は同じ高校のようだな」
「そ、そうだけど」
「ならば都合が良い。悪い虫が付かぬよう、なまえの見張りを引き受けてくれぬだろうか」



幸村、何言ってんの。
私の見張り?
それに、悪い虫って男子の事だよね?

そんなの付くはずないじゃん。


突っ込みたかったけど、なんか女の私は会話に入っちゃいけないような雰囲気で何もいえない。



「え? えっと……その……俺は」
「忝い。もし悪い虫が付きそうになれば言って貰えぬか、この俺が直に制裁致す。とな」
「あ、ああ……」



あれ? なんか言おうとしてたのに、無視したよね?
勝手に引き受けてくれるって決め付けたよね?



「では行くぞ、なまえ」
「う、うん。じゃあ、また新学期……」
「お、おおおう! またな!」



よく見えなかったから分かんないけど、なんか、怯えてたような……。
確かめたかったけど、背を向けるように幸村が歩き出したから出来なかった。

まあ、いっか。



幸村はさっさと綿飴を食べたいんだろうし。
そう思って、歩いていくと綿飴の屋台を通り過ぎた。




「え? ちょっと、幸村?」


綿飴の屋台、通り過ぎたけど。って言ったのに、幸村は周りがうるさいから聞こえなかったのか、返事しなかった。
屋台が目に入らなかったのかな。



次の屋台が見えたら教えてあげようと思って人込みの中、はぐれないように幸村の手をしっかり握ってついて行く。



++


「どこにあるんだろう」


周りを見渡して、綿飴の屋台を探すけど、見つからない。
それより、幸村の足は屋台からどんどん離れていくような。


あれ?そっちに行くと、もう屋台がなくなるんだけどな。



「幸村、綿飴買わないの?」



また、聞こえなかったのか、返事はなかった。
どこへ行くつもりなんだろう。



よく分からないまま幸村に引っ張られるようにして歩いていると、幸村は人気のない通りで足を止め、手を離した。



「なまえ」
「な、なに?」


いつもと違う、低い声に思わずたじろいだ。

何で怒ってるの?
私、なんか怒らせるようなことしたっけ?

それとも、さっきの男子に引き止められて楽しみにしてた綿飴を食べるのが遅くなった事に怒ってるの?



「なぜ、先程の男に訊かれた時、直ぐに俺を彼氏と答えなかったのだ」
「え? あ、それは……」
「俺が彼氏だと、何か不都合な事でもあるのか」
「あの、そういう訳じゃ……」
「では、どういう訳だ」


やば、そのことで怒ってたんだ。
どうしよう。
幸村を盗られたくなかったから、なんて答えたら、俺が信じられないのかって絶対言われる。

……答えられないじゃん。



「……不都合な事があるのだな」
「え、あっ……違う!!」

幸村の眉間に深い皺が寄って、思わず声を大きくした。


「さ、さっきの男さ、ベラベラと何でも話すような男なんだよね。だから、幸村が彼氏だって言うと学校中に幸村の事が知れ渡っちゃうんだよね」
「それが嫌なのか」
「私と幸村が付き合ってるのがバレるのは別にいいんだよ?」



まだ幸村と繋いでた手の温もりが残っていて夜風が手にあたると寂しくなった。
もう一度、繋ぎたいという気持ちを込めて、幸村の浴衣の袖を握った。


「けどね、もしその噂のせいで女子が幸村に惚れちゃったらと思うとさ……嫌なんだよね」


私よりも可愛い子なんて何人もいるし……。と俯いて小さく呟くと、幸村に抱き寄せられた。


「わっ……!」
「そ、そうであったのか……!!」


あ、れ? 幸村の声色が戻った?


「てっきり、某がなまえ殿の恋人であることが嫌なのかと……」
「そ、そんなことあるわけないじゃん。幸村は私に勿体無いくらいだし」


そう言うと、幸村は私の背中に回してた手を肩に乗せ、焦ったように私を剥がした。

「な、何を言っておられる! なまえ殿こそ某に勿体無いようなお方でござる」
「私が幸村に勿体無いなんてありえるわけないじゃん。」
「な、なぜそう断言できるのでござるか?」
「だって、幸村はいろんな女子に好かれてるけど、私なんて……」


虚しくなって言うのをやめた。
私には幸村しか居ないけど、幸村には代わりは他にも腐るほどいる。

あーあ。なんか、悲しくなってきた。



「なまえ殿も男に好かれているではないか」
「はあ? 何言って……」


幸村が見当違いな事を言ったから思わず顔を上げると、さっきみたいに不機嫌そうな顔をしてたから言葉に詰まった。


「この前、告白されていた」
「あ、あれは……偶々で……」


あれは絶対一時の気の迷いだったんだよ。
今頃あの男は目が覚めてあの時の自分を悔やんでるはず。



「それに先程の男、なまえ殿を好いておった」
「え? そんなことある訳ないって、だってアイツ嫌がらせばっかりしてくるし」
「好いておる証拠であろう」
「好きな子にちょっかい出すなんて小学生みたいなこと……」
「する輩がいないとは断言できぬ」



え、ちょっと待って。
幸村のただの予想だよね?
アイツが私のこと好きなんてありえない。


「だが……」
「なに?」
「あの男は釘を刺しておいた故、心配はないはず」
「へ? 釘?」
「ああ。しかし用心しておく事に越した事はない。話すことは控えた方が良かろう」


にっこりと笑っているのにぞくりと背中に悪寒が走った。
もしかして、さっきアイツが怯えてたのはこんな風に悪寒が走ったから?


確かに、この笑顔はある意味怖い。



「なまえ殿? 返事してくれぬのか?」
「え、あ……うん。気をつけるよ」
「そうしてくだされ! では、綿飴を買いに行くでござる!」
「……そうだね。行こっか」


さっきとは違う幸村の自然な笑顔に安堵して私も情けなく笑った。




手を繋いで歩き出すと、夜空に大きな音をたてて火の花が咲いた。



君の意外な一面
(幸村って、嫉妬深いんだ)
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