夢うつつ | ナノ





「ん……」


目が覚めると、見知らぬ天井が目に入った。

薬品の臭いが鼻につんと来た。


「なまえ!!」
「おかーさん……?」


自分の声が変だと思ったとき、口に感じた違和感。

私、呼吸器つけられてる?
なんで?
私、病気なの?


「もう三日も寝てたのよ?」
「みっか……?」


「ええ、急に体に悪寒を感じてなまえの部屋に行ったら、急に倒れてたのよ。お母さん、心臓止まるかと思ったわ」
「そっか」



今は笑顔だけど、お母さんの目は真っ赤で腫れてて、隈まで出来てる。
心なしか、痩せたような……。



「心配かけて、ごめんなさい」
「本当に。もうやめてよ? 寿命が縮んじゃう」
「うん。私は大丈夫だから、寝てきなよ」
「大丈夫よ、お母さんは」
「隈で来てるから。私、そんなお母さんの顔見たくない」


そう言えば、お母さんは目に涙を溜めて笑った。
無理に笑わなくてもいいのに。


「……そうね。車で寝てくるわ」
「うん」
「大人しくしてなさいよ」
「わかってる」


そう言うと、お母さんは出て行った。


……みんなに心配掛けちゃったな。
何で倒れちゃったんだろう。


しかも、なんか結構重病扱いされてるし。
点滴は勿論、呼吸器もあるしそれに、個室って……。

そんなに危ないの?


新種のウイルスで私は隔離されてるとか?
ま、それは無いか。
もし隔離されてたらお母さんが普通に居るわけないし。



『……なまえ殿』


疑問に思っていると、私以外誰も居ないはずの部屋から声が聞こえた

「幸村、来たんだ」
『うむ』
「お母さんに伝えてくれてありがとう」


お母さんの感じた悪寒は多分って言うか、絶対幸村だよ。
必死でお母さんに伝えてくれた事が嬉しい。


「なんで、倒れちゃったんだろうね」
『それは……』
「やっぱり、一日中エアコンかけたのが原因?」
『違う』
「え? 幸村、何か知ってるの?」


起き上がろうとしたけど、身体に力が入らなかった。
やっぱり、三日も寝てたからかな。
体が全然動かない。


『なまえ殿が倒れたのは体の拒否反応でござる』
「拒否反応?」
『うむ。今まででも頭や喉が痛くなることがあったでござろう。それも初期段階の拒否反応だったのだ』
「え? 何に対して私は拒否してるの?」
『某でござる』
「幸村に……?」


なんで?
私が幸村を拒否するなんてありえない。
むしろ歓迎のほうなんだけど。


『本来、人と霊は相容れないもの同士。それが一ヶ月も一緒に居れば拒否反応が出ても可笑しくない』
「……どこで聞いたの、それ」


今まで、そのこと知らなかったんだよね?
だから一緒に居たんだよね?

なのに急にどこからそんな知識を獲得してきたのさ。


推測だったら動けなくても、触れなくてもぶん殴ってやる。
そんな不吉なこと言われたら、傷つくっつーの。
好きな人を体が拒否してるなんて絶対嫌だ。


『死神殿から聞いた話でござる』
「しにがみ?」
『うむ。某を迎えに来たついでに聞いたのだ』
「は? 死神が迎えに来る?」


そんなの、死んでるみたいじゃん。
幸村は魂だけど死んでないんでしょ?


『某はもう閻魔殿に会わねばならぬ』
「ちょ、何言ってんの?」
『三日前に言ったように、某となまえ殿がいくら信頼し合っても某は本体に戻れぬのだ』



幸村は私の顔を見て悔しそうに顔を顰めた。


『本体に戻るためには閻魔殿のところへ行って試験を受けるのだ』
「試験……?」
『ああ。その試験は厳しいらしく本体に戻れる者は殆ど居ない』
「そんなに難しいの?」
『現に、植物人間から普通の人間に戻るという事例が少ないのが証拠でござる』




植物人間は死ぬまで続くのが当たり前で、普通の人間に戻るのは全然居ないもんね。
幸村の真剣な目に、嘘ついてるでしょ。なんて言えなかった。

本当なんだ、全部。





そう思ったところで新たな疑問が浮かび上がった。





「ねえ、じゃあなんで私のところに来たの?」
『そ、それは……』


可笑しいよね?
早く試験受けた方が、何回落ちても早く受けた分多く挑戦できるのに。
何でわざわざ私のところになんか来たの?


「教えてよ」
『う、うむ。分かり申した』



そうして、幸村はしぶしぶ話し出した。




『初めてなまえ殿と出会ったのは駅のホームでござる』
「え? 駅?」
『う、うむ。初めて会ったとき、某たちの入学式の翌日でござる』
「それって、去年の話!?」
『そ、そうなのだ』


顰めてた顔は、赤く染まってた。

って言うか、前電車で私と会ったことないって言ってたよね?
初めて会ったのは幸村が私の部屋に入ってきたときだと思ってたのに。

なんだ、違ったんだ。


『初めて会ったとき、なまえ殿の髪に桜の花びらが付いておったのだ』
「え、そうだったの?」
『そ、その時のなまえ殿が……』
「その時の私が?」


もうトマトみたいに真っ赤な顔して、幸村は叫ぶように言った。






『凛と立っているのに髪に桜が付いていたなまえ殿が他の女子が霞んでしまうほど愛らしかったのだ!!!』


「へ!?」





まさかの衝撃発言。
私の顔は絶対鳩が豆鉄砲食らった顔してる。

幸村がそんな風に私のこと見てたなんて。

しかも、他の女子が霞んでしまうほどって……。


なにそれ、最高の殺し文句じゃん。



『それから、なまえ殿が忘れられずに同じ車両に乗ったり、朝練が無い時はなまえ殿の乗る電車の時間にあわせたりと……』

だんだん声が小さくなっていき、最後には聞こえなくなった。



『しかし、会話することが出来ないまま植物人間の状態になってしまい、試験を受けなければならぬようになった』
「うん」
『戻れる確立は0.1%以下で、正直戻れるという絶対的自信が無かったのだ』
「そうなの?」


幸村って、燃えるでござるー!! みたいなこと言ってノリノリで受けそうなんだけど。
以外に不安とか感じるんだ。


まあ、戻れる確立が0.1%以下は誰でも不安になるか。



『最期に一度、なまえ殿と親しい仲になりたく、死神殿に頼んでなまえ殿に某が見えるようにしてもらったのだ』
「え? じゃあ、私には霊感無いの?」
『うむ。某以外の霊は見えぬ』



そういえば、幸村以外の幽霊って見たことない。
その理由は死神から与えられた力だったからなんだ。


『初めは仲良くなるのは無理かも知れないと思っていたのだが……これだけなまえ殿と親しくなれたのだ。満足でござる』
「え?」
『この世に思い残す事が無い。然らばもう、行かねばならぬ』
「え、ちょ……本当に行くの?」
『ああ。これ以上なまえ殿の傍に居ればなまえ殿を苦しめるだけでござる』



悲しそうに笑った幸村に胸が締め付けられる。
こんなときにも私の事を考えてくれるなんて……。


「幸村、戻ってくるよね?」
『……分からぬ』
「自信が無いのに行くの?」
『じ、自信が無くとも行かねばならぬのだ』


震える声で言う幸村はよっぽど不安なんだろう。
抱き締めたあげたいのに、体が動かない。



気持ちを伝えなきゃ。
それで、幸村に自信を与えられる可能性が少しでもあるなら。


「幸村、好きだよ」
『は!? 今、なんと……』

「他の男なんか霞んじゃうぐらい幸村が好き」
『う、ぁ……ま、まま真でござるか!?』
「うん」


精一杯の笑顔で伝えた。

『某もなまえ殿が好きでござる!!』
「嬉しーよ」
『某も、う、嬉しいでござる』


胸が温かいな。
両想いになるってこんなに嬉しい事なんだ。


「……いっぱい話して、いっぱいデートして、いっぱいいちゃいちゃして、いっぱいいっぱいキスしたいな」
『なっ、え!?』
「だから、っ……だから……っ!」


そこまで言うと、涙が溢れた。

もう少しなのに。何で笑ってられないの。
私の涙腺、空気読んで……!


「……絶対、戻ってきてっ……!」
『なまえ殿……』
「私を一人にしないで……!」


一番不安なのは幸村なのに、何で私が泣いてんの。

不安を和らげるために言ったはずなのに、余計に不安を仰いでどうすんの。


『承知した』
「へ?」
『某もなまえ殿ともっと一緒にいたい』

幸村の目から不安の色が消えた。
寧ろ、目の奥には炎が宿っているようにも見えた。


『必ず、戻ってくる』
「ほんとに?」
『もう二度となまえ殿に嘘はつかぬ』
「約束だよ?」
『ああ。必ず戻ってくる故、それまで待っていてくれるか?』
「当たり前じゃん何百年でも待つ」


そう言うと、幸村は微笑んでくれた。


「あ……」

微笑んだと同時に幸村の体が今以上に透けた。



『時間でござるな』
「幸村……っ!」
『泣かないで下され。必ず戻ってくる』
「約束だからね、破ったら幸村のこと嫌いになるから!」
『ならば、早く戻らねばならぬな』


そう幸村が言うと、また体が透けた。


もう目を凝らさないと見えなくて、余計に寂しくなった。

最後に幸村の霊気が感じたい。
けど、起き上がりたくても、ベッドに体が縫い付けられた様に動かない。


『では、行って参る』
「いってらっしゃい。……は、早く帰ってきてね……っ!」
『ああ』



そう言って、幸村は消えた。


完全に見えない。
気配も感じられない。


もう、
――――いない。


そう考えると、涙が止まらない。


けど、幸村は戻ってくるって言った。
必ず、って言う言葉もつけたんだ。

それに、もう嘘はつかないって。


だから、私は幸村を信じる。


何年かかってもいい。
お婆ちゃんになっても、待つ。


戻ってきたら、お帰り。って言って、いっぱいキスするんだ。


だから、早く帰ってきてね。




(お帰り、と言わせて)
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