なまえ殿、少し出かけてくるでござる。とだけ言って幸村は出て行った。 「はぁ……」 幸村が白昼に出て行くなんて今まで無かったことだから少し気になったけど、何も聞かなかった。 まあ、この前から少し幸村と気まずかったから、良かったかも。 幸村居ないし、家ですることないから散歩に出てみたけど、外でもすることない。 どうしよ、すごい暇。 この夏休みはずっと幸村と一緒だったから、居ないとなんか違和感がある。 思えば、まだ一ヶ月くらいしか幸村と過ごしてないんだよね。 もう一年ぐらい一緒に居る気分なんだけど。 やっぱり、幸村と居る日々は内容が濃かったからかな。 幸村が本体に戻ったら、この日々が薄っぺらいにものになるんだろうな。 本体に戻って欲しくない。なんて言ったらどうなるんだろうな。 幸村は優しいから一生懸命悩んでくれるね、多分。 幸村を困らせたくないし、言えないよね。こんなこと。 歩道をとぼとぼ歩いてると、手を繋いでる男女が目に入る。 いいなぁ。なんて思ったりして。 幸村と……って何考えてんの私。 別に付き合ってないし。 お互い好き同士でもないし。 赤の他人だし。 なんて思うと、胸が締め付けられた。 「はぁ……」 「なーに溜息ついてんの?」 「え?」 いきなり肩を叩かれて振り返ると、見覚えのある大男がいた。 「……ポニーさん」 「ちょ、俺のことポニーさんって呼んでんの!? ポニーじゃなくて、慶次だから!!」 「あ、そんな名前だった。じゃ、慶次君って呼ぶよ」 そうしてくれると嬉しいな。と苦笑いで言われた。 ま、名前知らなかったんだからしょうがないよね。 「それよりさ、暗い顔してどうしたんだ?」 「え、暗い顔してた?」 「この世の終わりみたいな顔してた」 「そっか、ちょっと悩みがあってさ……」 私に悩みがあるなんて変だって笑われるかな、なんて思って慶次君の顔を見るとなんか輝かしい顔を私に向けてきた。 何でだろ、心なしか後光が見えるんだけど。 なぜか、すごく嬉しそうなんだけど。 「恋!? 恋の悩みかい!?」 「え、ちょ……ちが……」 「幸村のことだろ!?」 「え、まぁ……そうだけど……」 「よしよーし。この俺がその悩みを解決してやるよ!!」 そう言って私の手を握った。 「え、なに……」 「さあさ、あそこの喫茶店でゆっくり話を聞くよ!」 そのまま私の意見を聞かずに喫茶店に連れ込まれた。 何なのこの人、人の話全然聞かないじゃん。 「私の拒否権なし?」 そう呟いた私の声は慶次君に届かなかった。 「――――ってことなんだけど」 「……そりゃ恋だね」 「え?」 あれだけ語らせといて恋で終わり? 結構恥ずかしいことも言っちゃったのに。 まさかの一言? 「そういうことじゃなくて。あのね……」 私が聞きたいことはそうじゃないと伝えようとした。 けど、人の話を聞かない慶次君は私の話を遮った。 「なまえちゃんは幸村のことばっか考えちまうんだろ?」 「……まぁ、そうだけど」 「幸村のことを考えると胸が苦しくなるんだろ?」 「うん」 「それって、恋しか考えられねぇよ?」 「だーかーら! ちが……」 無限ループしそうな予感が過ぎりながら否定した。 何回恋って言えば気が済むんだこの人は。 よっぽど他人の恋愛事情が好きなんだな。 半ば呆れて慶次君を見ると、いつになく真剣な顔になった。 あれ? なんだろう、急に。 「自分で自分の感情が理解できないから悩んでるんだろ?」 「そ、そうだけど……」 「理解できてないのになんで幸村が好きじゃないって言い張れるんだ?」 「え? それは……」 あれ? なんでだろ。 けど、私が幸村を好きなんてありえないでしょ。 ないないない。只の友達だし。 そう思うと、また胸が苦しくなった。 「だって……幸村は、霊だし……」 「霊だとしても、二人が頑張れば幸村は元の身体に戻れるんだろ?」 「そうだけど……戻ったら、幸村と接点が……」 後ろめたいことなんてないのに、無意識に声が小さくなっていく。 「それだ!!」 「え?」 急に明るくなって、私を指差した。 急になに。意味わかんない。 脳がついていかないんだけど。 「なまえちゃんは、幸村が身体に戻ったら接点がなくなるから、恋しても無駄だって思ってるんだ!」 「はぁ?」 そんなこと思ったこともないんだけど……。 「だから、心の奥底でせっかくの恋心を閉じ込めてるんだよ!」 「なに言って……」 「よーく考えてみなよ。幸村のこと好きか、嫌いか」 「好きか、嫌い……?」 そう呟いたところで電子音が鳴り響いた。 「わ、まつ姉ちゃんだ! やべ、帰んねぇと!!」 「用事あるの?」 「そうらしいんだ。ごめんねなまえちゃん」 「ううん。こっちこそ用事あるのに付き合ってくれてありがとう」 「いいってことよ。じゃこれ使って!」 手に持っていた何かを机に置いて走って出て行った。 よっぽどまつ姉ちゃんって人は怖いんだろうな。 なんか、顔青くして冷汗かいてたし。 慶次君が置いていった何かを見ると五千円札だった。 「ちょっ……! こんなの使えないし!」 ドリンクバーしか頼んでないのに!! 慶次君に返さないと、これ。 慶次君の番号を探してすぐに掛けた。 二、三回ほどコールが鳴った後慶次君がでた。 『もしもし?』 「慶次君! 五千円なんて貰えないって!」 『なんで? 会計に使って使って』 「か、会計に五千円も使わないって! おつりどうすればいいの!?」 『もちろん、あげるよ』 「ええ!? そんな、悪いって!」 『いいっていいって! 余った金で幸村を悩殺するような服とか買いなよ!』 「はっ!?」 な、なに言ってんのこの人!? 悩殺って!? はあ!? 『あはは、じょーだんじょーだん』 「冗談に聞こえないって!!」 『ごめんごめん…………っ!?』 「慶次君?」 急に焦ったような声を漏らした慶次君。 何かあったのかと思って、声を掛けると、女の人の声が聞こえた。 『慶次!! 一体どこへ行っていたのです!? あれほど、今日は家に居ろと申しましたのに!!』 『ま、まつ姉ちゃん……! これには海より深い訳が……』 『問答無用!! さあ、電話を切りなさい! 帰りますよ!!』 『げ、やば……なまえちゃんごめんよ、切るね!!』 「うんいいよ」 『あ、そうだ!!』 通話を切ろうとしたら、慶次君が何かを思い出したような声を出した。 「なに?」 『なまえちゃん、自分に素直になりなよ!! 女の子は素直が一番!』 「え?」 『自分の気持ちに素直になったら楽になるよ。じゃ!』 「ちょ……! 慶次君!?」 話しかけたときには、もう通話が切れた音が鳴っていた。 切れちゃった……。 携帯を閉じると、慶次君の最後に言ってた言葉がリピートされた。 自分に素直になれ……か。 私って、自分に素直じゃなかったのかな。 幸村に対しての気持ちをずっと心の奥底に閉じ込めてたの? 認めないで過ごそうとしてたの? ほんとは、好きなのに? 前から幸村に恋してたのに? 今思ってみると、前から好きだったかもしれない。 幸村に怯えとか恐怖は会ったばかりの時に感じてたけど、嫌悪感は全然なかった。 慣れてからは、好意のほうが多かった。 やっぱり、目を逸らしてきたのかな。 幸村と私の繋がりは脆いものだから、本体に戻ったら話すこともなくなるって分かってたし。 それにたった一ヶ月一緒に居るだけで、好きになるはずないって決め付けてたし。 今思えば、幸村は格好いいし、性格もいいし。 破廉恥ってすぐに叫ぶ癖さえ無くせば完璧じゃん。 平凡で全くモテなくて、可愛くもない私が幸村を好きにならないはずないよ。 そうだよ。 なんで今まで気が付かなかったんだろ。 「私、幸村が……好き」 そう声に出すと、笑顔の幸村が脳裏に浮かんで胸が温かくなった。 (早く逢いたいよ) [戻る] ×
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