夢うつつ | ナノ




「……そなた、今幸村と言いおったのか?」
「え、あ……はい」


誰だろ? この人。
おじいさんなのに浴衣の上からでもムキムキなの分かるし。
もしかして、スーパーおじいさん?


『おお、お、お館さばぅわぁぁああああ!!!』
「は!? ちょ、耳潰れる!!」


何いきなり大声出してんの?
お館様?この人の名前?


『お、お久しゅうございます!! 幸村は、幸村は……!』
「ちょ、幸村、聞こえてないから」


お館様って人、全然幸村のほうなんか見てないから。
見てないってか、見えてないから。


「なんじゃ、幸村と話しておるのか?」
「え、はい」
「わしには見えんぞ」

「えっと、幸村は魂だけの状態なので、霊感が無ければ見えません」
「そうだったのか。ほう……不思議なこともあるんじゃな」



おじいさんは眉間にしわを寄せて私の右側に目をやった。
そんなに見ても霊が無かったら見えないんだけどね。

それに幸村は私の左側にいるんだけど。



「幸村、この人は?」
『某の里親であり師匠である、尊敬している御人でござる!!』
「そうなんだ」
「む? 幸村はなんと申した」
「あなたは、里親であり師匠でもある尊敬している御人って言ってます」
「そうかそうか!」


大きな声でわっはっはと笑った。

それより、私が嘘言ってるって疑わないんだ。



「私が言ってること信じてくれるんですか?」
「なんじゃ、そなたは嘘を申しておるのか」
「い、いいえ! 本当です!」
「ならば、わしは信じるぞ」


すごい。器の大きい人だよ。
心もすごい広い。

さっきの人とは全然違う。


『さすがお館様!! 寛大なお心でございまする!!』

おーおー、幸村も鼻息荒く興奮してるよ。

「して、こんな所で何をしておるのだ」
「あの、幸村の本体を見に来たんですけど、中に入れてもらえなくて」
「佐助は疑り深いからのう」
「はい」


やっぱりあの人がいるから、やっぱり入れてもらえないよね。
やっぱ帰るしかないか……。


「うむ。入れ入れ」
「え?」


おじいさんはそのまま門を開けた。
え? なに? 入って良いの、これは。

まさかのどんでん返し?
入れてもらえるの?


「どうした、入らぬのか」
「え、あ……入ります!!」


とりあえず、誘われるがまま門を潜っちゃったけど、良いのかな。
あの人に怒られないと良いんだけど。


つーか、広いね。
庭がやばい。日本庭園だよ。
生ではじめてみた。


「佐助! 帰ったぞ!」
「お帰り、大将…………なんであんたがいる訳」
「あはは、そこでたまたまこの人に出会って……」


怖いよ、この人。
そんなに邪険に扱わなくてもいいのに……。


「聞け佐助。この女子は幸村の霊が見えるのじゃ」
「大将、騙されないでくださいよ。嘘に決まってんじゃないですか」



あーあ、追い返されちゃうのかな。
すっごい剣幕じゃん。


『なまえ殿、大丈夫でござる』
「どこが? かなり睨まれてるけど」
『ああ言っておっても、佐助は信じてくれるでござる』
「ほんと?」



この幸村の自信はどこから出てくるんだろう。
どう見ても信じる気なんかさらさら無さそうなんだけど。



「なんじゃ、幸村はなんと言っておる」
「えっと、ああ言っておっても、佐助は信じてくれるでござるって」
「は?」


佐助っていう人は豆鉄砲食らったような顔して、おじいさんは大声で笑った。
なに? なんか変なこと言った?


「流石幸村じゃ。佐助のことは一番ようわかっとる!!」
「ちょ、何言ってんの大将! あと旦那もいらないこと言わないで!!」
「あ」
『申した通りでござろう?』


ほんとだ。信じたよね今。
旦那ってはっきり言ったもん。 
しかも偶然なのか幼馴染の繋がりからか、ちょうど幸村のいる方向に言ったし。


思わず私も噴いてしまうと、自分の失言について気付いたのか、佐助っていう人が慌てた。


「な、なし!! 今のは間違い!!」
「はっはっは! 観念せい佐助よ!」
「違うから!! お、俺様お茶淹れてくるね!!」

お茶淹れてくれるって……。
さり気無く、中に居ること許されたよね。


「良かった……」


このまま気まずい状態が続いたらどうしようかと思った。
佐助っていう人は超分かりにくい照れ屋なんだ。

実はさっきから信じてたけど、恥ずかしくて言い出せなかったりとか?

うわぁ、なんだか可愛い。



「佐助の了解は得た。そなたは幸村の部屋に行くか?」
「あ、はい!」

おじいさんの背中を追いかけると、私に尋ねてきた。



「そなた、名はなんという」
「あ、みょうじなまえです」
「そうか、なまえよ」
「はい、なんですか?」
「幸村と仲良うしてやってくれ」
「え……?」
『お館様?』


おじいさん、幸村が私と仲良くなれば本体に戻れるって知ってるの?
幸村もぽかんとしてる。


「女子の苦手な幸村がそなたと共におるのだ。余程見込んだのであろう」
「え、いや……」


ただ、力のある日本人が私しかいなかっただけなんだけど。
まあ、いっか。

「頼んだぞ、なまえ」
「え、は、はい!」


うわ、プレッシャー。
こんなの早く幸村と信頼しあって本体に戻さないと。


「頑張ろうね、幸村」
『うむ! よろしく頼み申す!』


そう笑いあえば、おじいさんの足が止まった。


「ここが幸村の部屋じゃ」
「ここが……ってあれ、どこ行くんですか?」
「若い二人の間に老いぼれがいては野暮じゃろう。部屋に戻っておる」
「え、そんなお構い……」
『はははは破廉恥ぃ!!!』
「うっさい!!」
『あうぁ……すまぬぅ……』

「はっはっ! 幸村が叫んだか」

若い者はええのう。なんて、そんなこと言わないで下さいよ。
幸村、今にも蒸発しそうなんですけど。

止める間もなく、おじいさんは行ってしまった。


「幸村、中はいるよ?」
『う、うむ……』

真っ赤のままの幸村に溜息ついて半ば呆れながら、障子に手をかけた。
霊と人の間で何を期待してるんだか。




(思春期の男の子はほんとにもう……)
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