70万打 | ナノ



*BULLY本編後 番外編です


「バックビーク、ありがとうな。こんなところまで連れてきてくれて」

人気のないところで降りて、ヒッポグリフのバックビークに目くらましをかける。
頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じた。

「少しここで待っててくれ」

俺の言葉を理解したのか、その場に座って休息し始めた。
何かこいつに食い物やらねえとな。
ほぼ不眠不休でここまでやってきたんだから。

ホグワーツの牢獄から脱獄して一か月。
ヒッポグリフに無茶を言って、俺たちは日本までやってきた。
本当ならばハリーを守るために、忌々しいピーターを捕まえるために情報収集しなくちゃいけないが、どうしても、どうしても一目会いたかった。
12年間、一度も連絡を取ることができなかった最愛の人に。

もう他に男がいるかもしれない。
結婚だってして、子どもだっているかもしれない。
こんな、突然連絡もなしに消えて、しかも犯罪者として牢屋にぶち込まれた男を健気に12年も待っている可能性の方が明らかに低い。
もう30代だ、新しい人生を送ってるかもしれない。

もしあいつも、俺がジェームズたちを殺したと思っていたらどうしよう。
犯罪者として見られたらどうどうしよう。

不安や恐怖の感情の方が大きい。
もしかしたらいい思い出として、幸せなキラキラした宝物として心にしまっておいた方が幸せなのかもしれない。
それに、俺にはやることがまだたくさん残っている。
こんな、小さな小さな希望に縋りついている暇なんてない。

けれど、けれど。
もしかしたら、なまえも、俺を信じて待っているかもしれない。

そう思ったら、もう気持ちを抑えられなかった。

たとえ無駄足だったとしてもいい。
なまえに忘れられていたっていい。

一目、一目俺が人生で一番愛した女に会いたかった。

卒業してすぐの夏休みに1か月だけ、なまえの実家に滞在した。
その記憶を頼りに懐かしいなまえの家の前に立つ。
なまえがまだここに住んでいるかなんてわからない。
もう引っ越しているかもしれない。

緊張で震える指で呼び鈴を押す。
以前と変わらない音が鳴る。

『はーい』
「っ」

聞き覚えのある、ほんの少し老けたような声がした。
愛しい人の声。
良かった。まだここに住んでいたのか。

ホッとしたのも束の間。
中から玄関に近づいてくる足音が聞こえた。

心臓が暴れる。
息が浅くなる。

落ち着け、落ち着け。
震える身体を必死で押さえつけた。

『どなたですか? ……っ、ひ』

ドアが開いて、中から愛しい人が現れた。

「……なまえ」
『だ、誰っ……って、その声』
「……ああ、なまえっ、なまえ」
「もしかして、シリウス……?」
「なまえ! 会いたかった……!」

話し方が英語に変わった。
俺のことをちゃんと覚えていてくれたことにもう感情が抑えられなくなる。
堪らずなまえを抱きしめた。

変わらないなまえの匂いを肺いっぱい吸い込む。
俺の愛しい人。
覚えていてくれた。
12年、音沙汰なかった男をちゃんと、覚えていてくれた。
逃がさないようにしっかりと強く抱きしめる。

「離して!」

強い拒否と、胸を押し返す拒絶の手に固まる。
腕を緩めると、押し返された。

「……なまえ?」

声が震える。

もしかして、もう俺のことなんか。
最悪の事態が脳裏にいくつも浮かぶ。

「臭い」
「え……」
「死ぬほど臭い。動物の方がまだマシな臭いする」
「なまえ……?」
「お風呂入って。臭すぎて無理」

あっけらかんとした態度に思考が停止する。
……確かに、アズカバンに収容されてから風呂なんて一度も入ってないが。
そんなに臭かったんだろうか。
自分で臭いを嗅いでみるがよくわからない。

「あと、外のヒッポグリフ、すごく疲れてるようだけど、もしかしてあの子に乗ってきたの?」
「え、あ、ああ。よくわかったな」
「まあ、長年獣医やってきた勘ってやつかな。あの子の世話しておくから早くお風呂入ってきて」
「お、おう……角を右だよな」
「そう。よく覚えてたね。あ、靴脱ぐの忘れないでよ」
「……わ、わかった」
「その服もう捨てるから洗濯籠に入れないでね。あとしっかりお風呂浸かって。今日はシャワーだけじゃダメだから」
「おう……」

そう言うと、なまえは俺を家の中に押し込んでバックビークに構いに行くために外に出た。

一人残されてぽかんとする。
……一応俺たち12年ぶりの再会だよな?

まるで一昨日会ったばかりのような態度じゃないか?
なまえが俺の名前を呼んだ時感動で涙が出そうになったのに?
なまえってこんなにあっさりした女だったか……?

「とりあえず、風呂入るか……」

ちゃんと言われた通りに靴を脱いで、昔の記憶を辿って風呂場まで行く。
服は籠に入れずにそのまま床に置く。
風呂場に入るとリフォームしたのか、記憶の風呂場とは違っていた。

「……使い方わからんぞ」

前は青の蛇口を捻ってから赤の蛇口を捻って温度調節してたような記憶があるが、今は様子が違う。
とりあえず、シャワーのマークらしきものが書いてある方に取っ手を回すと、ちゃんとシャワーが出た。
なるほど、こうするのか。
温度もだんだんちょうどいい熱さになった。
新しくなって温度調節がいちいちしなくてよくなったのか。
マグルは常に新しいものを生み出していて感心する。

久しぶりに入る風呂を堪能した。
なまえに不快に思われないように魔法で髭も整えた。
一時間以上風呂に入ってしっかり汚れを落として上がると俺が着ていた汚い服はすでになくて、代わりに男物の服がパンツも含めて一式置かれていた。

「……男の、服」

のんびり風呂に入って上がった体温が一気に下がった気がした。
いやいや、父親のかもしれないしな。
昔泊まった時もなまえの親父さんの服借りたこともあったし。
うん。そうだ、きっと親父さんのだ。

魔法で身体と髪を乾かして、その服を手に取ると俺のサイズに合った服だった。
……親父さん、俺より身長10センチ以上低かったよな。
前借りたとき7分丈くらいだったし。

「……っ、はあぁあぁぁ〜」

盛大なため息が漏れた。

……やっぱ、彼氏か旦那いるんだろうか。
そうだよな、俺の愛した女なんだから世界一イイ女だ。
そんな女をフリーで12年も放っておくわけないよな。

もう俺のことは思い出になってて、だからさっきの再会であんなに普通だったのか。
……俺はお前に会いたくて仕方なかったのに、お前はそうじゃないのか。

心が折れそうになる。

俺の男以外の服なんか着たくないが、生憎これ以外着る服はない。
……裸で出て行ってなまえに嫌われたくないしな。
渋々袖を通す。

「……俺のなまえなのに」

もうほかの男の物になってしまったのだろうか。
顔も名前も知らない男に殺意が沸く。

いやいや、ここでこんな感情持ってる場合じゃない。
せっかくなまえに会えたんだ。
彼氏が居ようと旦那が居ようと、今は俺が独占してやる。

そう意気込んで洗面所を出た。

「……シチューの匂い」

洗面所を出た瞬間、俺の大好物の匂いがした。
めちゃくちゃいい匂いで、誘われるようにキッチンへと向かう。

「……めっちゃいい匂いする」
「あ、上がったんだ。冷蔵庫に牛乳あるから飲んでいいよ」

なまえが振り向かずに俺に言う。
風呂上がりに牛乳なんてイギリスに住んでいて一度も飲んだことないが、この家に泊まりに来て、なまえの親父さんに銭湯に連れっていってもらったときに初めて口にして衝撃を受けた。
牛乳がこんなにうまく感じるのは生まれて初めてだった。
それから風呂上りには牛乳飲むようにしてたなあと懐かしく思い出す。
食器棚からコップを取り出し、冷蔵庫を開けて牛乳を注ぐ。
なまえは鍋のシチューをかき混ぜていて、俺の方を見ない。

……やっぱりもう俺のこと好きじゃないんだろうか。

「なあ、」
「あ、そうだ。シリウスがお風呂行ってから思い出したんだけどね。風呂場リフォームしちゃってていろいろ変わってたでしょ? 使い方わかった?」
「……なんか適当に弄ってたらお湯でてきた」
「そっかよかった」
「あのさ」
「あ! あと外のヒッポグリフ、外に出しとくの可哀そうだし疲れも取れなさそうだから、地下に連れてって休ませてるよ」
「お、おう、悪かったな」
「そうそう、この家の下に魔法で地下作ったんだよ。職場だけでは抱えきれない子とかいろいろ治療とか入院できるようにしてあるんだ」
「そうなのか」
「うん。一人で作るのすごく大変だったんだよ。そういやシリウス、学生の頃アパートで地下作ってたよね。あれジェームズと二人で作ったの?」
「……まあ、少し叔父の知恵とか道具は借りたけどな」
「へえ、やっぱり二人って優秀だったんだね」

ぺらぺらと話が止まらないなまえ。

久しぶりに会ったからだろうか。
……それとも俺に何か決定的なことを聞かれないように誤魔化しているんだろうか。


一度も俺を見ないなまえに不安がどんどん大きくなる。


「なまえ」
「シリウス、まだシチュー好きだよね? あんたの好きな食べ物ってシチューのイメージしかなくてさ。材料もあったし作ってみたんだけど」
「……好きだけど。なあちょっと話聞けよ」
「……ん。結構いい味になってる。久しぶりに作ったから心配だったけど大丈夫みたい」


俺の話を聞かずに作ったシチューを味見してうんうん満足そうに頷いているなまえ。
……俺の話絶対に聞かないつもりだな。

イライラと不満が募る。
なんで内緒にするんだ。
俺がいない間に他の男ができたこと、悟られたくないのか。

……なら、こんな服俺に用意するな。
それだったら前の汚い布切れのような服の方がマシだ。
牛乳を乱暴に机に置く。


「おい。聞けよ」
「っ、もうすぐできるからそこ座ってて」
「なまえ!」

本当はもっと優しくしたかったし、こんな乱暴なことしたくないが、我慢できずになまえの肩を無理やり掴んで俺に向かせる。

「少しは俺の話も……なんで、泣いて……」

なまえの瞳からははらはらと綺麗な涙が止めどなく溢れていた。

「っ、ばか、見ないでよ」
「や、あの、悪い……乱暴に言い過ぎた。……怖かった、か?」


しまった、と後悔する。
なまえが泣いてるところ見るの久しぶりすぎて動揺が隠し切れない。
怖がらせてしまったことを謝ると、なまえが俺の胸を軽く殴った。


「な、何に謝ってんのよ! 馬鹿! そんなんで、泣いてるんじゃない!」
「ち、違うのか」
「ばっかじゃないの! なんで12年ぶりに会ってたかがそんなことで私が泣くと思ってんの!」

なまえに泣きながら怒鳴られる。


「12年もほったらかしにして何してんのよ! 誰にだか知らないけど何馬鹿みたいに罪擦りつけられてんのよ!」

タガが外れたように俺を殴りながら怒鳴る。

「あんたがっ、アズカバンに、しかも、ジェームズとリリーを殺したって、日本で、しかも魔法界の新聞で初めて知って、私、どんな気持ちだったか、わかる!?」
「……っ、なまえ」
「シリウスがそんなことするなんてありえないって、リーマスやダンブルドア先生に抗議しに行って、突っぱねられた気持ち、わかる? あの時、お前も、共犯者に疑われたくなかったらさっさと日本に帰れって、言われた、私の気持ち……わ、わか、るっ……?」


どんどん俺の胸を叩くなまえの力が弱まる。


胸が、張り裂けそうだ。
そうだ、俺の気持ちばかりで、こいつの気持ち、何も考えてなかった。

……何が、他の男できた、だ。
何が、もう俺のこと忘れてる、だ。
何が、俺のことなんてもう好きじゃない、だ。


……一度懐に向かい入れたやつはどんなことがあっても、どれだけ傷つけられても決して見放したりしないのがなまえ・みょうじという女だろう。
スネイプの時で何度も思い知らされたじゃないか。
一体、俺は何を馬鹿なことを考えていたんだ。
俺は一体こいつの何を見てきたんだ。


「あんた、が、いない、12年間、私がどんな気持ちだったか、わかる……? ひっ、ううっ、ぁあ」
「なまえ……!」


声を上げて泣き出したなまえに堪らなくなって抱きしめる。


「シリウスが、脱獄した、ってニュースで聞いて、来るかもわからない、のに、馬鹿みたいにあんたの服買いに行った私の、浮かれた気持ちわかる?」
「っ、ごめん、ごめんななまえ。長い間待たせて……」
「うぁ、ふっ、く……待たせ、過ぎだってばぁ」
「本当にごめん、っ」


ああ、他の男の服だって、疑って、俺は本当に馬鹿すぎる。
何を考えてるんだ。自分で自分をぶん殴りたくなる。


「シリウス、シリウス……! ずっと、会いたかった」


少し体を離して、なまえの顔を見る。
真っ赤な目に少し鼻水が出てておかしかった。
ああ、俺はこんなに美しい涙を他に知らない。

「っ、く」
「あ、はは。シリウスが泣くの、医務室の時以来だね」


なまえが泣きながら笑う。
ああ、確かにそうだ。
あの時どうしてもなまえに好きだとわかってもらいたくて、けれどどうしても信じてもらえなくて馬鹿でガキの俺は泣いて縋ることしかできなかった。

好きな女に泣いてるところを見せるなんて、恥でしかない。
けど、涙を拭う暇があったらなまえに触れていたかった。

「うるせ……」


恥ずかしいことには変わりないので、少し悪態をついて照れ隠しにキスをした。



12年ぶりの愛しい女とのキスは大好物のシチューの味がした。


(やっと戻った愛しいぬくもり)
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お待たせしました。
70万打のお題これで完結です。
「口移し」というお題にちゃんとそえているか微妙ですが、すみません。これしか思いつきませんでした。

私の中ではBULLYのその後も頭にはあるので、いろいろ盛り込んでしまいました。
シリウスが卒業後、一か月だけ主人公の実家に滞在して、マグルや日本の文化に触れたって設定です。
一応これで親公認の仲になったって感じくらいに思っていただけたら大丈夫です。

あと、シリウスがアズカバンに収容された時の話もいつかできたらいいなあ、というか、今書くならそれが一番書きたい気がする……。
けど、7年生の時のジェームズとリリーがくっつくときの話も書きたいし、ホグズミード再チャレンジも書きたいし、原作5巻のシリウスの実家の話も書きたいし……。
たくさん書きたいものがあります。

いろいろ書きましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
拍手のお返事なかなかできてなくてすみません。
すべて読ませていただいてます。
いつも嬉しいお言葉ありがとうございます。


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