70万打 | ナノ



セブルス×本音が言えない

BULLY106〜111話の日のセブルス視点です。




今日は満月でもないのに月が明るい。
隠密行動には向かんな。と思いながら前を歩く二人についていく。

前の仮面をつけている二人は気づいていないようだが、フードをかぶっただけの僕はほんの少し陰りが差したことに気付いた。
なんとなく、上を見上げる。

空には見たことのない、空飛ぶバイクがアパートに横付けされて止まっていた。
古ぼけたアパートの窓から身を乗り出し、そのバイクの後部座席に移動しようとしている人間がいた。

見覚えのあるワンピースが視界に入り、血の気が引く。

どうして、どうしてお前が。
夏休みの今は日本に帰っているはずなのに。



バイクは動揺する僕に目もくれず上昇していく。
ふと、バイクの運転席に座っている男の顔が見えた。


どうして……どうしてお前が、なまえと……!

あの忌々しい黒髪を睨みつける。
本人は全く気付かずに幸せそうな笑顔を見せて目を見張るスピードで月に近づいていく。

まるで自分たちの下にいる者は眼中にないと言われているようだ。
負の感情が溢れ出しそうになる。

なまえ……お前はブラックなどと仲良くするべきじゃない。
どうしてだ。
お前は、女の身で人とは思えないような扱いをされてきたはずだ。
僕と一緒にずっと、ずっと耐えてきたじゃないか。
違う寮の僕でも吐き気がするような頻度だった。
同じ寮のお前は、僕よりも何倍も何倍も酷いことをされてきたはずだ。
その張本人がブラックであるはずなのに。
どうして一緒にいられる?
どうしてお前は僕やリリーにしか見せなかったはずの笑顔をブラックに見せることができる?


「セブルス? どうかしたか」
「いえ……」


ルシウス先輩に声をかけられて頭を振る。
どうやら前にいる二人はなまえたちが頭上にいることには気づいていないらしい。
二人の乗るバイクの音も近くの大通りから聞こえていると思っているんだろう。
実際に目で見ない限り、バイクが空を飛ぶだなんて想像もつかないだろうし仕方ない。
……気づかれずにため息を吐く。
ブラックだけであればこの場で殺してやりたいが、なまえがいる。
バレないでくれと祈ることしかできない。
お前がこの二人に見つかれば例外なく殺さなければならない。
血を裏切ったブラックとともにいるなら尚更だ。

しかし、僕の願いも虚しく、頭上のバイクは先程とは比べ物にもならないほど大きな唸り声を上げた。

唇を強く噛む。
血の味がした。

「何の音だ? ……あれは、マグルの乗り物か?」
「いや、マグル製品が空を飛ぶなど……」
「……待て! あれを運転しているのはシリウスではないか!」
「なに?」

ダメだ、くそ。
拳を強く握って爪が食い込んだ。
不味い、なまえが。

「間違いない! あれはブラック家の恥だ! 始末してやる」

ルシウス先輩の隣で殺気を露わにしているのはブラック家の末端の者だ。
本家出身であるあいつが裏切ったせいで末端のこいつの家は随分煮え湯を飲まされてきたんだろう。

「待ってください。今日はその目的ではない筈です。我が君のもとへ一刻も早く現状の報告をしなければ」
「構わん。急ぎとはおっしゃっていなかった」

僕の言葉になど待ったく耳を貸さない。
舌打ちを飲み込んだ。

「まあ、これは我が君の命令ではないため強制はしない」

いつまでも箒に跨ろうとしない僕を鼻で笑った二人は僕を置いて上空に上がった。
二人は僕を見ることなく、バイクが行った先を全速力で追いかけた。

「くそ……!」

どうすればいい、このままではなまえが。
死喰い人に出入りしている僕がなまえを助けてしまえば立つ瀬がなくなる。
それに、もうあいつとは友人ではなくなったのだ。
僕が助けることなんて……!

盛大に舌打ちして箒に跨る。

バレないようにルシウス先輩を追いかけた。






ビッグ・ベンからさほど遠くない入り組んだ路地でバイクが大破したのが見えた。

「……あそこか」

あのままでは不味いな。

箒に乗ったまま気配を殺してビルの上から状況を確認する。
ブラックが知恵を使って何とか逃げ切れているが、それも時間の問題だろう。
僕は表立って助けることはできない。


杖を掴む。
深呼吸をする。

目を閉じて今までの幸福なことを思い浮かべる。

あの公園でリリーと出会ったこと。
リリーと共に魔法の勉強をしたこと。
なまえと出会って、三人で笑いあったこと。
三人で、幸せな時間を過ごしたこと。

――――もう二度と戻らない、大切でかけがえのない思い出を心に思い浮かべる。


「エクスペクト・パトローナム」

杖を振れば、白い靄が現れ、牝鹿が現れた。
濡れた瞳が僕を見据える。
リリーのようで、笑みが漏れた。

「僕だとバレないようにリリーに、この場所を伝えてきてくれ」

そう一言言えば、牝鹿は僕の目を見つめて走り去った。

ブラックとなまえが同じ部屋から出てきたということは、きっとリリーやポッターも共にいるはずだ。
リリーなら、きっとなまえを助けることができる。
……闇に染まった僕はもう、助けることなんてできないから。


「ぐッ、あああっ……!」

パトローナスのいく先を見つめていると、悲痛な叫び声が聞こえた。
意識を戻す。

今のはブラックの声だ。
……なまえは無事か。
蒸し暑さのせいか、頬に一筋汗が流れるのを感じた。

ビルの屋上に降りて身を隠しながら様子を伺う。

どうやらブラックの右腕に呪文が当たり、焼けただれたようだ。
いい気味だと思いながらなまえを見れば、擦りむいたようだが目立った大怪我は負っていないようだ。
何とかなまえだけは逃がそうとブラックは説得しているようだが、頑なに逃げようとしないなまえ。
なまえは杖を出して応戦しようとはしない。
忘れてきたか、どこかで落としたかのどちらかだな。

……ブラックなんぞ捨て置いて早くなまえだけでも逃げればいい。
そうすればこの僕の憂いも晴れるのに。
なまえさえこの場からいなくなれば、僕は楽しんでブラックが死ぬところを見物できるのに。

そう思いはするが、僕はわかっている。
なまえ・みょうじという女が、たとえ勝ち目が全くない相手を目の前にしていても、仲間を見捨てて逃げるような女ではないということを。
自分が殺されるとわかっていて逃げるような女じゃない。

そうだ、いつだってなまえは逃げなかった。
発音がうまくできなくて碌に呪文も唱えられなかったくせに、いつだってなまえは僕を守ろうと、その身を盾にして僕の前に立った。
僕がポッターに足を縛られて扱かされた時も。
人狼となったルーピンに襲われそうになった次の日の時も。
何度も何度も。どんな時だって。
僕が勝てないんだ。なまえが勝てるわけない。
そんなこと、なまえが一番よくわかっていたはずだ。
けれどなまえは一度たりとも躊躇することはなかった。


なまえがブラックの杖を持ち、応急処置の呪文を唱えた。

そして、今回も例外なく、さも当たり前のようになまえはブラックの前に立ちはだかり、その身を盾にした。
目を見開いているブラックはいつかの自分を見ているようだった。

ブラックに振り返ったなまえは僕にだって見せたことのないような表情で愛を言葉にした。
あのブラックにお前の愛なんぞ、身に余る。
吐き気がしたが、僕にはその次の言葉の方がよほど苦しいものだった。


「私を殺せばいい」


瞳に怯えの色が見えるが、それを上回る覚悟が見えた。


ああ、なまえ。
なぜだ。なぜお前は他人にそれほど。


いや、わかっていた筈だ。
そんな、そんなお前だからこそ僕は――――。


"私は、いつまでも親友だと想ってるから"


――――僕は、お前と。


「ッ……!」


強さを求めるために闇に染まった。
闇は僕の求めるものばかりで、心地よかった。
闇に染まったことに後悔なんぞしていない。
大切なものを切り捨ててきたが、それは僕が強さを求めた結果で、それは必要だった。

……しかし、今のこの状況はどうだ。
僕は一体何をしているんだ。
"親友"が、命の危機に立たされているのに。
なのに、僕は、保身のために隠れて、絶対安全な場所で高みの見物をして。

"親友"が。
僕の唯一無二の"親友"が!
傷つけられようとしているのに!

杖が折れそうなくらい握る。
息が荒くなる。
手が震える。

僕は一体何のために強さを求めたんだ。

ポッターやブラックに負けないくらい、リリーに守られるのではなく、リリーやなまえを守りきれるくらい、強くなるためじゃないのか――――!


「――――エクス……っ」


バシン、と音がして、呪文を止めて貯水タンクに身を顰める。
正体は月明りに照らされた美しい赤毛と忌々しいくしゃくしゃな髪だった。


「アバダ……」


「どっどうし……」
「っ!」

死の呪文だと理解したのか、状況に慌てるリリーを他所にポッターは何かを掴んで真下に投げつけた。


「……ケダブラ!」


緑の閃光が駆け抜ける。
思わず身を乗り出してなまえの安否を確認する。

「……っ、あ」

血液が全て足元に下りた感覚がした。

なまえが崩れるように倒れ込んだ。

リリーも口元を両手で覆って絶望している。
ブラックが悲痛な叫び声でなまえを呼んだ。
ポッターも額に汗を浮かべてなまえを見ている。

身体が、震えた。
視界が滲む。
どうして――――!


「え、どういうこと?」


聞きなれた声に顔を上げる。
浮かんだ涙を拭ってなまえを見れば起き上がったなまえも状況がよくわかっていないようでぽかんとしていた。
この場にいる全員が口を開けて、状況が飲み込めないでいた。

「死んだふりとかやめてくれないか!? 僕、やっちゃったかと思ったよ!」

しかし、ポッターだけは違ったようで、安堵の表情を浮かべていた。
なまえの足元を見れば、絶命していたネズミが横たわっていた。

……そうか、ポッターが投げたのはこれだったのか。


「ふー……」


大きく息をついて貯水タンクに凭れ込んだ。
下でなんだか騒いでいたが、もう耳に入ってこなかった。

なまえが生きてた。

「……よかった」

拳を握る。
良かった。


安堵と共に今度は言いしれない怒りにも似た感情が湧いてきた。

僕はただ立っていることしかできなかった。
見ていただけだ。
なまえを救ったのはあの忌々しいポッターだ。

拳を下に叩きつける。

僕は、一体何をしているんだ。
なまえを見捨てようとした。
僕の保身のために。

情けなくて死にたくなる。
どんな時も僕の味方でいてくれて、僕を守ってくれたのに。
あれだけ酷いことをして絶交したのに、僕を親友だと思ってくれているのに。
そんななまえを、見捨てた。

吐き気がする。
僕はいったい今まで何をしてきたんだ。



「こんな僕が」

声が震える。
吐き気が止まらない。



「――――お前と親友でいたい、だなんて」


なんて烏滸がましい願いだ。

手の甲に落ちた雫は、情けない僕の顔を見せつけるように映していた。


本音が言えない×セブルス
(そんな資格、とうの昔に自ら捨てたのに)
------------------------------------
お久しぶりです。
70万打遅くなってすみません。
殴り書きなので、また誤字脱字の修正します。
牝鹿のパトローナスの正体はセブルスでした。
セブルスのパトローナスが牝鹿になったきっかけのセブリリで本当は書こうかなと思っていたんですが、こっちにしました。
また機会があったらセブリリにも手を出してみたいなと思います。
では、シリウス編はまた次回に!
[ 2/3 ]
[*←] [→#]
[戻る]
×