BULLY | ナノ





「何してるの」
「やあリーマス。体調はどうだい?」
「何をしてるのって聞いてるんだけど」



ルーピンの話し方がいつもより厳しかった。
ポッターも驚いたのか少し踏みつける力が緩んだ。


「イエローモンキーが逆らってきたから教育してたんだよ」



なんなら君も踏んでみるかい。とおどけた。



「足を下ろすんだジェームズ」
「え。何を言って」
「下ろすんだ、ジェームズ!」




ジェームズの足が私のお腹から退いた。
顔を上げてルーピンを見るとポッターに杖を向けていた。



「おいおい、どうしたんだよリーマス」
「まだ体調が悪いのかい」


動揺したようにポッターとブラックがルーピンに駆け寄る。
ルーピンはそんなふたりを無視して私のところにやってきた。
二人は驚きすぎて声も出ないらしい。



「大丈夫?」
「どうして……」



引っかき傷がひどく青白いやつれたルーピンが私の背中に手を回して起き上がるのを手伝ってくれた。


こんな、ポッターたちの前で私を庇うようなことをしたら裏切り行為になるのに。
今までそれだけは避けてたんじゃないの。
なんで。
なんで私のために親友を捨てたの。
こんなんじゃ、ルーピンまでいじめられるのに。




「なまえに触るな……」

セブルスが立ち上がる。
どうやら出血は止まったようだ。


ルーピンはこれから紡がれるセブルスの言葉を理解しているのか手が震えていた。
私の肩を持つ手に力が込められる。


「なまえに触るな、この……人狼め!」

「てめえ!」


心底蔑んだ表情を見せるセブルスにブラックが殴りかかった。



「人狼がホグワーツにいるなんておかしい! 退学にしてやる!」
「黙れクソ野郎!!」



もみくちゃになっているセブルスとブラック



人狼。
私がよく見る図鑑にも必ず書かれていた。
思わずルーピンを見る。


今までのルーピンの顔とは比べ物にならない表情をしていた。
生気がなく死人のようだった。
額に汗がにじんでいる。

ルーピンが人狼だなんて信じられない。

けど、いつも傷だらけで、しかも動物に引っかかれたような傷だ。
そして今日はそれが一段とひどい。
……昨日は満月だった。


ルーピンのこの表情が真実を物語っていた。




「リーマス。記憶を消そう」


ポッターの冷静な声が上から降ってきた。



「スニベルスはともかく。このイエローは知らなくていい」



冷ややかな何の感情も伺えないポッターが私に杖を向けてきた。
ルーピンにはポッターの声が聞こえていないみたいだ。
がたがたと震えて目がうつろだ。



私は杖先を眺めることしかできない。



ポッターが忘却呪文を唱えようとしたとき。



「そこまでじゃ」



嗄れた、厳しい声が聞こえてきた。



「……ダンブルドア先生」


ポッターが驚いたように言う。
リーマス以外のその場にいた全員が校長をみた。



「ジェームズは杖を下ろしなさい。そしてふたりは……少し離れたほうがいいのう」

「うわっ」
「っ!」

杖をひと振りするとブラックとセブルスは宙に浮き、3mほど離れた。





「さて。セブルスとなまえは付いてきなさい。シリウスとジェームズはリーマスを医務室に連れてっておやり」


ダンブルドアの言葉には誰も逆らう気は起きないのか、私とセブルスは痛む体に鞭打って立ち上がり、ブラックとポッターはルーピンに駆け寄った。
校長室まで歩く。
校長室は三階のため、痛めつけられた体では歩くのに随分苦労した。

校長はなんだか怒っているようで振り向くことは一度もなかった。
ブラックに殴られて腫れた顔のセブルスは大層機嫌が悪い。



校長室について促されて椅子に腰掛ける。
校長も向かいに座り私たちというか、セブルスを鋭い目で見た。
怒りを孕んだ目に私は息を呑む。
純粋に校長が怖かった。





「セブルス。夜が明けたら寄り道せずに速やかに校長室に来るように言ったはずだが」
「……僕は行こうとしました。ポッターたちが足止めしてきたんです」
「そうか。だが、リーマスのことを言う必要はあったかの」
「……それは、」
「おぬしが今したことは、ジェームズがしていることと何らかわりないぞ。いや、それ以上かもしれん」
「そんなわけない! 大体、人狼がこの学校にいることがおかしいんだ! それを言って何が悪い!」
「口を慎みなさいセブルス」
「っ……」


校長の剣幕にセブルスがひるんだ。


「東洋人がこの学校にいるのがおかしいと言っているのと何が違う」
「そ、それはっ……」

セブルスはバツが悪そうに顔をしかめた。


「セブルス、今後一切リーマスが人狼であることを明かしてはならんぞ。決して」


校長が深く腰掛けて手を組んだ。



「それなら、ポッターたちにも言うべきです! もう二度とイエローモンキーと言うなと!」
「ああ、言っておこう。本人が望むなら」




ちらりと私に視線をやった校長。
思わずぶるりと震えた。



「ジェームズたちが憎いなら同じ土俵に立ってはならん」
「どうして僕だけが……!」
「セブルス。おぬしは愛を知っておる。それは素晴らしきことじゃ。決して愛情表現を履き違えてはならんぞ」
「っ!」


セブルスは怒りと羞恥のせいか、顔が赤くなった。
校長は知っていたんだ、セブルスはリリーが好きだと。


「決して口を開いてはならん。そうでなければ真実の愛はやって来んことになる」
「っ、わかりました。言わなければいいんでしょう」
「ああ、ありがとう。信じているよ」



セブルスは全く納得いかないといったような表情で私に行くぞと言ってきた。
私も立ち上がってセブルスについていこうとしたが、校長が呼び止めた。

私に話があるらしく、残るように言った。
セブルスは舌打ちして苛立ったように校長室を出て行った。



「ふう……紅茶でも飲むかの?」
「い、いえ……結構です」


断ったが、校長が杖を振ると私の分も紅茶とお菓子が出てきた。


「私に話があるんですか」
「ああ。もう一度聞いておこうと思ってな」
「え?」




「何か、わしに報告することはないか」



アイスブルーが見透かすように見てきた。
その聞いたことがある言葉に固まること以外できなかった。

さっきセブルスが言っていたイエローモンキーや今日ポッターたちにされたことについてだろう。



無意識に擦りむいた太ももを隠した。


「……いいえ、なにも」
「そうか、ではセブルスの願いは叶えてやることはできんのう」



息をついて髭をなでた。
諦めているようだ。

校長は私に何度も手を伸ばしてくれているが、私がその手をとることは一度もないだろう。



「失礼します」
「もう帰るのか」
「はい、朝食の時間なので」



背を向けて校長室から出ようとする。
立った時に踏みつけられたお腹が痛んだ。


「朝食の前に医務室に行ったほうがいいのう」
「っ!」



思わず肩を震わせると校長の笑い声が聞こえた。


「なに、老いぼれの独り言じゃ」
「し、失礼します」




私は逃げるように校長室から出た。



(大広間でも医務室でもない自室に駆け込んだ)
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