4年生になった。 相変わらず、私は全校生徒からいじめを受けていた。 ユキドリと呼ばれる雪のように真っ白な鳥が見られる時期が今頃だったため、私は湖の近くに来ていた。 ユキドリは脚や嘴まで真っ白で、黒い目以外に他の色はない。 そのため雪と同化しやすく見つけるのは困難だ。 私はここ数日ユキドリを見るために雪が膝まで積もる中、足繁く湖に通っていた。 湖もうっすらと氷が張っていて、寒さが伺えた。 12月上旬のことだった。 真っ赤な手を口元に持っていき、息で温めるがあまり効果はなかった。 『ユキドリ、いないなあ……』 一人の時は、つい日本語で話してしまう。 ふとした時に出てくるのはやっぱり日本語だった。 今日も見れないのかと残念に思うが、まだ学校に帰る気にもなれない。 どうせ寮に戻っても理不尽な暴力が待ち構えているだけだ。 寒くてもこうやって人気のないところに来ているほうが何倍もましだ。 寒くてぶるりと震えると、昨日蹴られたお腹が傷んだ。 昨日はまだお腹の蹴りだけで済んだけど、この前はひどかった。 ブラッジャーのような硬い玉の狙いの的にされた。 たしか鎖骨にヒビが入っていたとマダムポンフリーに言われた。 マダムポンフリーはほかの先生に言ったりはしなかった。 怪我を診てもらいに行ったらぷりぷりと怒りながらも治してくれる。 それだけだ。 多分ほかの先生に言えば、余計にいじめがひどくなるってことをマダムはわかっているんだろう。 私もそれを恐れて先生に相談なんてしたことはない。 無抵抗でいることが一番安全だ。 リリーはそれに対していつも怒るけど。 リリーは先生に言ったほうがいいといつも言う。 セブルスは先生に言わないでおくことに賛成してくれるが、いつもやり返せと言ってくる。 二人みたいに呪文が上手く出来たらやり返せるかもしれないなあ。と他人事のように思った。 ザクザクと新雪を踏み分ける音がした。 男の歩き方だ。 コウモリのような厳しいけど優しい友人を思い浮かべた。 その時の私は随分頬が緩んでいただろう。 「セブ……っ」 「よお、イエローモンキー」 セブルスだと思ったらまさかのブラックとポッターだった。 ブラックの足跡を追っていたためか、ポッターの足音は聞こえなかった。 「ご機嫌いかがだい?」 近づいて来る二人に思わず後ずさる。 かかとを下げると、後ろには地面がなくてがくんと下がった。 何か割れた音がして足が一瞬にして冷えた。 思わず足を引っ込めて後ろを振り向くと私の靴の形に割れた凍った湖があった。 もう下がれなくて、こんなに寒いのに背中がじっとりと汗に濡れた。 「よく4年になってもホグワーツに残っていられるね」 ニヤニヤと笑いながら杖を向けてくる二人。 ただの暴力ならいい。 けどもし、このまま魔法を使われて後ろに吹っ飛ばされたら湖に落ちてしまう。 いつものように黙って受け入れるわけには行かない。 この寒さじゃ死んでしまう。 「ひっ……!」 呪文も唱えていないのに私の体が宙に浮いた。 「どうだ? 無言呪文ができるようになったんだぜ」 バタバタと手足を動かしても地に足がつくことはなかった。 どうしよう、このままじゃ。 その時随分久しぶりに焦ったと思う。 「日本ではサルも温泉に入るらしいね」 「まあ、ここは温泉じゃないけど一緒だろ」 湖の真ん中まで浮いた体が移動した。 こんな岸から遠いところじゃ戻れない。 パンツが見えるとかそういうことは考えられずに必死にもがく。 呪文が苦手だった私はこの時に自分の杖を出そうという考えは全く起きなかった。 「ゆっくり肩まで浸かれよ、イエローモンキー」 ブラックのその言葉を最後に私にかけられた浮遊呪文は解かれた。 重力に逆らうことなく凍った湖の上に叩きつけられた。 その重さと衝撃に薄氷が耐えられるはずもなく、ピシピシと音を立てて割れた。 どぶん、と全身が湖に嵌った。 全身に刺すような冷たさが広がる。 もがいてももがいてもローブや制服が邪魔で上手く顔が出せない。 「あっ、ごほっ、う……だ、すけ……!」 言葉にならない声が漏れる。 この湖に落とした本人に助けを求めてしまう始末だ。 岸に行きたくても、氷が邪魔でいけない。 こんな薄氷じゃ登れない。 「いい顔してんなー」 「気持ちいいのはわかるけど早く戻ってこないと夕食が始まるよ」 ゲラゲラと笑いながら背を向けた。 いやだ、待ってとバカみたいに犯人を引き止める気持ちが湧き上がってきたのを思い出す。 あの時はもう誰でもいいから助けて欲しかった。 容赦なく口に入ってくる水を飲み込みながら声を上げても誰も周りにいなかった。 死にたくない。 こんなところで。 リリーとセブルスの顔が走馬灯のように浮かぶ。 頑張ろうって、あと三年の我慢だって。 ふたりと一緒に卒業するって決めたのに。 「だ、れか……! しに、げほ、っ、た、くないっ……」 手足の感覚がなくなってきた。 ローブが巻きついて下に引きずり込まれるようだ。 私を寒さから守ってくれたマフラーも今では殺そうとするように首を絞める。 湖に頭のてっぺんまで浸かった。 息ができなくて、手足も動かなくて、もうどうしようもなかった。 最後の気力を振り絞って手を上に伸ばす。 すると、伸ばした手を掴んでくれたように体が突然引っ張られた。 「がはっ、ごほっ……げえ」 「流石に、これはやりすぎだと思うんだ」 気づいたら岸上に倒れ込んでいて、気管に入った水を出すためにむせる。 霞んだ目でよく見えないけど男の声だった。 (この出会いが未来を変えた) [戻る] ×
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