『気持ちいい?』 背中や首の後ろを揉んだり撫でたりするイエロー。 瞼が閉じそうになりそうになるが、必死で耐える。 触られるのも話しかけられるのも本当に吐き気がする。 だけど、こいつのマッサージの技術は認めてやる。 なかなか慣れているらしい。 撫でさせてやってる。 コイツは俺の召使のような存在だ。 俺の機嫌を取る為にコイツは俺に奉仕をしているんだ。 そう思うと、なんだか楽になった。 そうだ。コイツはお俺に気に入られようとしてるんだ。 『ふふ、犬ってここも気持ちいんだよ』 笑ったイエローが俺のしっぽの付け根を触った。 驚いて思わずびくりと跳ねる。 しっぽがツンと立つのを感じた。 『わ、ごめん驚いたね』 イエローが三本の指の腹で少し強めに押しながら撫でた。 こいつどこ触ってるんだ。 けど、けど。 『しっぽまた揺れてるよ』 ムカツクけど気持ちいい。 瞼をついに閉じてしまう。 ああ、くそ。 ここ撫でられるのこんなに気持ちいいのか。 力加減も絶妙だ。 『あ、ちょっと待って』 俺から手が離れてローブの中を探っていた。 金色の懐中時計を見ていた。 すると急いだように立ち上がる。 『やば、もうこんな時間! マグル学始まっちゃう』 おい、急にどこ行くんだと顔を上げたが、口から出たのは情けない鳴き声だった。 俺の声に気づいたのかイエローが俺の頭をわしゃわしゃ撫でた。 『クロごめんね、もう行かなくちゃ』 寂しげに何か言って俺に背を向けて走っていった。 背中が見えなくなって人間に戻る。 ごろりと芝生に仰向けになった。 「くそっ……」 撫でられたところの余韻に目を閉じる。 瞼の裏に優しげな笑顔が見えた。 ****************** 魔法薬学の時間になって俺も教室に向かった。 「やあ、シリウス。どこに行ってたんだい」 「ちょっと昼寝してた」 ジェームズの横に腰を掛ける。 今日は頭冴え薬をつくるようでひとりひとりの前に材料が置かれている。 部屋を視線だけで見わたすと、二つ前に赤髪と闇のような黒髪が二つ並んでいた。 イエローが真ん中でエヴァンズとスニベルスが挟むように座っていた。 小柄で小さいイエローは教科書を熟読していた。 今日の魔法薬を予習しているようだ。 時々スニベルスがアドバイスしているのかイエローに顔を近づけていた。 ああ、なんだか腹が立ってきた。 「おい。ここの席しかなかったのかよ。目の前にいて気分が悪いじゃねえか」 「ここの席が特等席だと僕は思うよ」 ジェームズはハートになっている目で前を見ていた。 ジェームズの二つ前の席はエヴァンズだ。 ……だからこの席にしたのか。 なんで俺がイエローの後ろに座らなきゃならねえんだ。 スニベルスとイエローの後ろ姿を仕方なしに見ていると、イエローがスニベルスに顔を向けた。 そこで、さっき俺に向けたような信用しきった笑顔をスニベルスに見せた。 「……はあ?」 なんで、スニベルスに笑いかけてんだよ。 しかも俺といるときのような表情。……いや、それ以上だ。 俺が、スニベルスに劣ってる? ふつふつと怒りが湧いてきた。 するとイエローが立ち上がって出口、つまり俺たちの方に小走りできた。 「なまえ、あと三分よ急いで!」 エヴァンズがイエローにそう声をかけた。 なんだか焦っているようだから、忘れ物でもしたんだろう。 イライラして、俺らの机の横を通ろうとしたときに魔法で紐を出して足に引っ掛けてやった。 「っ」 ビタン、と顔面から床に這いつくばった。 少し気分がすっきりした。 「はは、」 「シリウス!」 笑ってやるとリーマスが怒った。 むくりと起き上がったイエローはちらりと何の感情も感じられない無表情で俺の顔を見た。 額を床にぶつけたのか赤くなっていた。 「……!」 何事もなかったように俺から視線を外して小走りで教室を出ていった。 リーマスの声は聞こえなかった。 (なんだよ、あの表情……!) [戻る] ×
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