BULLY | ナノ





【この、腐れ童貞】


心の底から蔑んだ目。





「うるせえ!!!!」




「ぎゃっ」


叫んで布団を思いっきり蹴り上げた。


起き上がって周りを見渡すとベッドの上だった。
ピーターがベッドから落ちて呻いていた。


くしゃくしゃの天パが驚いたように俺を見ていた。



「夢か……」
「驚いた……こんな大きな寝言初めて聞いたよ」



シャワーを浴びていたのか濡れた髪のリーマスも慌てたようにシャワールームから出てきた。




「何ごと?」
「パッドフットがいきなり叫びだしたんだ」
「なにか悪戯でもしたの」
「まさか。だいたいシリウスはうるさいって叫んだんだ。君はシャワーを浴びてる時この部屋が一度でもうるさいって感じたかい?」
「いや……」



ジェームズが手のひらを上に向けて肩をすくめた。


俺はそんな大きな声で叫んでたのか。
がしがしと乱暴に頭を掻いてベッドから降りる。



「気分悪い夢見た」
「へえ、どんな」


興味があるように聞いてくる。
ハシバミ色が楽しそうに濡れている。




「口に出すのもムカつく」
「いつも熟睡する君が珍しいね」
「ああ。……散歩行ってくる」



窓を見る限り今日は珍しく晴れている。
日曜で授業もないし、散歩には絶好の日だ。



「散歩って、君まだパジャマだよ」
「いいんだよ。借りるぜ、プロングス」



雑に机の上に置かれた透明マントを手に取る。
早く外の空気を吸いたい。



「はいはい。くれぐれも野を駆け回るのに夢中になってそれの存在を忘れないでおくれよ」
「わかってるさ」



バサリと上からマントを被って部屋を出る。
休日で賑わってる談話室の扉が開くと同時に紛れて寮の外に出る。


今日は禁じられた森にでも行ってみるかと、進む。

いくら晴れているといってもまだ4月。
まだまだ冷える。
パジャマのみで全く防寒していない体はブルリと震えた。




禁じられた森の近くにつき、周りに誰もいないことを確認して透明マントを脱ぐ。
わかりやすいところに透明マントをおいて、俺は立ったまま身体を脱力させる。



目を閉じて気持ちを落ち着ける。
深呼吸をして自分が犬だと想像する。


できる、俺ならできる。


魔力を腹の底に集中させるように意識した。




目を開けると先程よりも視線の高さが変わっていた。

自分の体を見ると黒いふさふさとした毛に覆われていた。
どこからどう見ても犬だ。

よし、今日は成功した。


この前は下半身だけ犬になったりして大変だった。
アニメーガスになるには相当な集中力がいるため気軽にはまだ使えない。
気を抜くと人間の部分を残してしまう。

それにまだ15分ほどしか持続力が持たない。



まだまだ修行が足りない。
完全にアニメーガスを使いこなすには後半年以上はかかるだろうとジェームズは言っていた。
しかし、今日はなんとかうまくいった。


朝の不快な気持ちはアニメーガスが成功することで薄れた。


どうせ15分しか持たないんだ。
散歩を楽しむか。

そう思い、禁じられた森の前の草原を歩く。



時々飛んでくる蝶を追いかける。
今度こそ捕まえてやると、意気込んでジャンプした。




『――――』



ぴくりと耳が反応する。
聴覚もちゃんと問題なく犬になってるらしい。

なにかの声が聞こえた。



人間の声に俺は息を潜めながら向かう。


高い声だった。
こんな禁じられた森の近くに用がある奴なんているのか?





「っ……」




だんだん見える位置に近づいて、誰だか認識した時に声が出そうになった。




『かわいいね、お前は』



見つからないように近くの茂みに隠れる。
目測約3m先にイエローモンキーがしゃがみこんでいる。


聞いたことのない言葉を話していて何を言っているかわからなかった。
手を伸ばして何かを撫でているようだった。



『図鑑通り人懐っこいね』



楽しそうにわけのわからない言語を言う。
少し移動してイエローが撫でている物を見ると、野生のカンガルーキツネだった。
カンガルーキツネは見た目は狐なのにカンガルーのように腹に袋がついている動物だ。
その袋は伸縮自在で鞄にも使用されると授業で言っていた。


たしか、こいつは魔法生物飼育学の時はやたらとやる気を出していたように思える。
……動物好きか。
自分もサルのくせに一人前に動物好きかよ。



そういえばこの前も一人で湖に行ったりしていたな。
わざわざ狙われやすいように一人で行動してるから馬鹿だと思っていたが、魔法生物を見るためだったのか。



思わずにやりとする。
少し脅かしてやるか。

俺は大型犬だ。
いくら動物好きのイエローでも吠えて襲ってやれば腰を抜かすか無様に逃げ出すだろう。
本当に噛み付いてやってもいいな。


最近いじめても無表情でムカつく。
その憎たらしい顔を青ざめた顔に変えてやる。

情けない姿を見て笑ってやろう。






茂みから飛び出す。




『っ!』


物音に怯えたように振り向くイエロー。
カンガルーキツネは物音に驚いたのか森の中に逃げた。




低く唸りながらイエローを睨みつけてやる。
さあ怯えろ。



『犬? ホグワーツに?』

意味がわからない言葉を話す。
驚いてるようだ。



「グルルルル……ワン!」


一度大きく吠えてやると、びくりと肩がはねた。
怯えているようだ。



そうだ、もっと怯えろ。



そのままイエローに飛びついて押し倒してやる。
大型犬の力には敵わないのか、なんの抵抗もすることもなく芝生に倒れこむ。
背中を強打したみたいで痛そうに呻いた。


さあ、どこを噛んでやろうか。



「ワン! ワン!」


低く吠えてやる。




『ご、ごめんね。君のテリトリーだったんだね。すぐに退くからね』
「ワン!」



慌てているはずなのにどこか冷静なイエロー。こいつ、野犬に襲われたらどれほど危険かわかってんのか。
死の危険性だってある。
なのになんでこんなに冷静でいられる。



予想した反応が得られなくて、腕を甘噛みしてやる。
怯えろ。さもないと本気で食いちぎるぞと脅しを込めてやる。




『噛まないで』



目を見つめてくるイエロー。
なんだか俺を説得しているようだ。


馬鹿か、犬に言葉が通じると思っているのか。
少し噛む力を強くしてやる。



『めっ、だよ』



なにか言ったあと、俺が噛んでいる腕とは反対の手で俺の鼻先をぶった。



「キャン!」



予想外の攻撃に思わず飛び退く。
こいつ、犬の急所をわかってるのか。



1mほど離れたところで、また低く唸る。




『ごめんね、痛かったよね。これあげるから許して。本当はさっきの子にあげようと思ってたんだけど』


何かを放られる。
目の前に落ちた物を見ると、骨付き肉だった。
こいつ、俺を餌付けしてるのか……?

怒りがふつふつと湧いてくる。
しかも俺にこの地面に落ちた肉を食えだと?


殺してやると、ひと吠えすると、自分の下にある骨付き肉の香ばしい匂いが漂った。
グルグルと胃が悲鳴をあげる音が聞こえた。

くそ、そういえば俺はまだ朝食を取ってなかった。
犬の嗅覚にはこの匂いは刺激的すぎる。


だめだ、腹が減ってきた。






『ふふ、お腹減ってたんだね』


微笑んでいるイエロー。
初めて見る表情に思わず固まった。


まるで時が止まったかのようだった。



なんで、そんな表情を……。






「っ」




驚いていると、急に魔力の流れが変わった。


くそ、もう15分たったのか。



まずいと思って森の中に逃げる。



『待って! 明日もおいで!』



日本語なんて理解できる訳もなく、森の中に逃げ込んで隠れるともう俺はパジャマを着た人間に戻っていた。
口に違和感があって吐き出す。


吐き出して手に落ちた物を見ると、先ほどイエローが放った骨付き肉だった。



「くそっ……!」



なんでこんなもんもって帰ってきてんだよ!


森の奥にそれを投げつけた。



(しばらく寮に戻る気にもなれなかった)
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