―――― 第二部 シリウスside リーマスがご機嫌だ。 理由は言うまでもなく、あのイエローモンキーだ。 二か月前、あのイエローモンキーはリーマスに友達になりたいといった。 リーマスが人狼だと知って脅しに来たと思っていたが、俺たちの予想とは全く反したことを言いやがった。 そしてもっと驚いたことに、リーマスはその場で泣いた。 リーマスが泣いているところを見るのはあれで二回目だった。 一回目は二年の始め、俺たち悪戯仕掛け人がリーマスが人狼だと気づいてアニメーガスになって一緒にいてやると言った時だった。 あれほどの衝撃がイエローに友達を申し込まれた時にあったということだ。 意味がわからねえ。 なんでイエローの言葉と俺たちの言葉が同じ価値なんだ。 腹いせで一人で歩いていたイエローに失神呪文を食らわせてやった。 廊下でぱたりと倒れたイエローの脇腹を蹴ってやった。 そのあとすぐにリーマスがすごい剣幕で詰め寄ってきた。 二度と危害を加えるなと。 完全に誑かされてる。 愛の妙薬でも飲まされたんじゃねえのか。 「どうなってんだよ、リーマスのやつ」 「僕にもさっぱりさ。随分とお熱のようだ」 今は夕食も終わってのんびりと談話室でチェスをしている。 もちろんリーマスはいない。 イエローに会いにでも行ってるんだろう。 あんな奴のどこがいいんだ。 闇の魔術にのめり込んでるスニベルスと仲がいいなんて、どう考えてもあいつも闇の魔術に手を出しているだろう。 それにあの細くて目つきの悪い目。 どう考えても手を出しているようにしか思えない。 ささっとこの学校から追い出すべきだ。 「チェックメイト」 「え、あー! くそっ!」 俺のキングが破壊されてゲームが終了した。 また負けたことに苛立ちながらもう一度初めからスタートする。 すると寮の扉が開いてリーマスと顔につつかれたような傷が何箇所かあるイエローが談話室に入ってきた。 そういえば今日の昼休みにいたずらで開発したおもちゃの鳥をイエローにけし掛けたんだった。 鳥に襲われてるイエローを見て笑えたなあ、あれは。 明日スニベルスにでもやってやろう。 イエローが女子寮に帰っていくのを見送ると、リーマスは俺らの方に歩いてきた。 「また、リーマスが怒るんじゃないかい」 「げえ、そりゃ最悪だ」 最近おもちゃの鳥を開発していたのはリーマスも知ってるし、絶対あの傷は俺らのせいだって確信してる。 鬼のような剣幕だ。 視線を合わせないようにポーンを前にひとつ進める。 テーブルの横に立ったリーマス。 さあまた雷が落ちるぞと思いながらも次の一手を考えていた。 「また、チェスかい」 予想外の言葉にジェームズと俺は顔を上げる。 すると優しい声色とは違い、顔は鬼のようだった。 「器用なことをするね、君は」 「いや、少し複雑な心境でね」 リーマスはソファーに座った。 怒りを静めるためか、ふう、と一息ついた。 「今日は怒らねえのか」 「なまえに言われたからね」 「はあ?」 意味が分からずチェスを中断してリーマスを見る。 「僕がなまえのことで君たちに怒れば、僕たちの仲が悪くなるからもう怒らないでくれって。僕が君たちと気まずくならないように配慮してくれたんだ。僕にとって君たちはかけがえのない友達だからって」 リーマスは感動したようにいう。 その言葉に俺は鼻で笑いそうになるのを必死でこらえた。 なんて偽善的な言葉なんだ。 全く思ってないくせに。 大方ポイントをあげようと口から出たでまかせだろう。 サルが考えることなんて手に取るようにわかる。 「彼女は本気でそう言ってるんだよ」 俺が馬鹿にしたのがリーマスに気づかれたのか、リーマスは鋭い視線を向けてきた。 「君はもっとなまえがどんな人物か知るべきだ。あんなに心優しい子はいないよ」 俺にイエローの良さを力説しようとするリーマスに呆れてしまう。 あんな奴のいいところをどれだけ挙げられても気持ち悪いだけだ。 「まてまて、なんで俺だけなんだよ」 ジェームズだってそうだろうがと親指で指すとリーマスは首を振った。 「いいや、いつもなまえにちょっかいかけるのは君じゃないか」 「はあ? そんなことねえだろ」 「確かにそれはそうだね」 「ジェームズまで何言ってるんだよ!」 いつだって二人で計画してやってたことじゃねえか。 リーマスからの説教が面倒くさいからって俺を売ったな、と睨む。 すると視線に気付いたジェームズは心外だというような顔をした。 「確かに実行したのは二人だ。話しかけて挑発するのもジェームズだ。けどそれはジェームズの方が口が達者だからだ。一番初めになまえにちょっかいかけるように促すのは君じゃないか」 「そうだよ。いつも君が一人で歩いているイエローを見つけて誘うじゃないか」 ジェームズもなぜかリーマス側について俺に言う。 そんなつもりは全くなかった。 俺がいつもイエローにストレス発散しに行くのを提案していたか? もし本当にそうだとしたら完全に無意識で全く身に覚えがない。 そんなにイエローのことが癇に障るのか。 なんでこんなにイエローがムカつくんだろうと考えてみる。 【黙れ、腐れ童貞ども】 俺たちを宙に浮かせて蔑むように言い放ったあの場面がフラッシュバックする。 そうだ、あの時からだ。 女とは思えないような暴言を思い出してまた腹の奥がむかむかした。 「シリウス。いいから騙されたと思ってなまえを色眼鏡なしに見てくれ」 「はあ? なんで俺がそんなことしなくちゃならねえんだ。それに俺が促したとしてもジェームズだってイエローにムカついてやってるんだ。なのになんで俺だけ」 リーマスの頼みに納得いかないとジェームズを引き合いに出す。 お前だけ逃れるなんてさせねえからな、と睨む。 ジェームズはきょとんとした。 「僕、べつにイエローにむかついたことは数える程しかないよ」 「はあ!? 何言ってんだよ!」 そんな訳無いだろうと抗議する。 お前だってイエローに失神呪文かけたり、腹蹴ったり踏みつけたりしてたじゃねえか。 逃れようとしたってそうはさせるか。 「確かに2年までは好き好んでいじめてたよ。あんな宙に浮かされてよりにもよってエヴァンズの前で童貞だって暴言吐かれたんだから」 それ相応の仕返しは全校生徒を使ってやったさ。と悪びれる様子もなく言う。 「三年からは急に反応が薄くなったからね、あんまりやりがいを感じなくなったよ」 それに僕が手を出さなくてもほかの人間が代わりにやってくれてたからね。というジェームズ。 確かに反応が薄くなったと俺も思った。 けど俺はそれが余計にムカついた。 反応しないくせに俺のことを蔑んで見る目が嫌いだった。 「この前は本気で腹が立ったけどね」 この前とは、リーマスがスニベルスに人狼だとバレた翌日のことだろう。 あの時は久しぶりにジェームズがキレてて驚いたのを覚えてる。 反抗しないと思ってたイエローに武装解除されてしまって屈辱的だったんだろう。 俺があの立場でも同じことをしてたと思う。 「ジェームズはスネイプ、シリウスはなまえのことをより悪く思っているんだよ」 リーマスがまとめた。 いやいやこのふたりに優劣はねえだろ。 両方平等に吐き気がするほどムカつく。 「シリウス。いいからなまえをこれからちゃんと見て」 「だからなんで俺だけ!」 「スネイプそそのかして僕に襲わせようとしたこと忘れてないからね」 本気の座った目で言うリーマスに頷くことしかできなかった。 (それを引き合いに出されると何も言えねえよ) [戻る] ×
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