fate. | ナノ




店の休憩時間で自分の部屋にいると、窓に小石が当てられる音がした。
コツン、とい一度軽く当たった小石はそのまま下に落ちていった。


畳んだ洗濯物をタンスに入れていたが、一旦やめて床に置く。
窓に寄って開けて外を覗く。



「イル!」



外にはイルが私を見上げていた。
私が名前を呼ぶと、イルは少し微笑んで二階の私の部屋までジャンプした。



「ただいま」
「おかえり」



部屋の中に入ってきて私に抱きつくイル。
私もイルの背中に手を回す。



イルは仕事で国外に出てたから、会うのは二週間ぶりだ。
付き合い始めたけど、イルは仕事で世界中を飛び回るし、私は定食屋があるしで会えない日の方が多い。
五分でも時間があったらイルは会いに来てくれるからまだ会えている方なんだろう。


それでも二週間会えないことなんか普通だ。
そりゃ寂しいっちゃあ、寂しい。
前は一ヶ月会えないことなんて普通だったのに。
どんどん欲張りになっていく。




「なんか、なまえの匂いじゃない」
「え?」



すんすんと私の匂いを嗅ぐイル。




「なんだか、甘い匂いがする」
「あ、チョコ作ったからだ」
「チョコ?」
「うん。ちょっとまってね」





今日イルが帰ってくるって連絡あったから作っておいたんだった。

抱き締められた状態から離れる。
机の上にあるラッピングされた生チョコを一つとってイルに渡す。



「ハッピーバレンタイン!」
「バレンタイン?」



チョコを手にとったイルは首をかしげる。
あれ、バレンタインの意味知らないの?
流石にそこまで世間知らずのお坊ちゃまじゃないよね。

あ、もしかしてバレンタインにお菓子を渡す風習はないのかな。
たしかお母さんがジャポン式よ、的なこと言ってた気がする。
ほかの国では男性が女性に花を贈る風習があるらしいし。




「好きな人にチョコをプレゼントする日だよ」




ジャポンではね、と言うとイルは私があげたチョコをまじまじと見た。
包装されてるから中身は見えないんだけど。
包装は自分でもなかなかの出来だと思う。




「……好きな人」



ポツリと小さな声でつぶやいてイルは私にありがとうと礼を言った。
ああ、嬉しそうでなによりだ。
少し微笑んでる。


最近イルは微笑む事が多くなった。
今までは表情筋が死んでるのかと思うくらい無表情だったけどちゃんと生きてたらしい。
カルトくんに手紙で報告したら全くそんなことはないって返ってきたけど。


……私の前だけなんだろうか。

そう考えるとなんだか胸がくすぐったくなる。





「あ、そうだ」



私が声を上げるとイルがこてんと首をかしげた。



「今日帰ったらカルトくんにも渡しといて」



もう一つイルと同じ包装のチョコを机からとって渡す。




「え」



驚いたように声を出したイル。

手にとってカルトくんとイルの分のチョコを見比べる。
中身は全部生チョコで包装がかぶっても問題ないと思って全部包装は一緒だ。
……もしかしてどっちが自分のかわからなくなるのを心配してるのかな?



「中身一緒だからどっち渡してくれてもいいよ」
「え……」
「どうしたの?」


意味が分からないというようなぽかんとした顔で私を見るイル。
何?
一体どうしたんだ。




「カルトも好きなの?」



イルが少し不機嫌そうにいう。
今度は私がぽかんとする番だった。
もう、一体何言ってるんだ。



もしかして包装一緒だったのがまずかったかな。



「カルトくんは好きだけど違うよ。弟に対しての好きだからね」
「そんなの言わなきゃわからないよ。俺のと一緒だし」
「いや、けど……」



ああ、包装一緒だったのがダメだったんだ。
てか中身も一緒なのも多分イルからしたら納得いかないんだろう。
中身はバレないようにしないと。




「だめだよ、カルトに勘違いさせちゃ」
「しないって!」




一体イルは何の心配してるんだ。
カルト君が私に惚れるわけなんかないのに。





「……俺、弟が望むものはできる限りあげたいけど、なまえだけはあげられない」
「え……」
「なまえだけは誰にも譲れない」




イルの複雑そうな声に言葉を噤んだ。
多分いまカルトくんと私を奪い合う画を想像しているんだろう。
そんなことあり得るわけないのに。


お馬鹿だなあと思う反面あまりにもまっすぐな目に胸が締め付けられる。
なんて可愛いんだ。
こんなにも私を思ってくれてる。




「じゃあ、カルトくんには私とイルから日頃のご褒美で違うものを買ってあげようか」


バレンタインは関係ないことにしてしまえばいい。
そうすればイルが不安がることもないだろう。



「……それならいいよ」
「良かった」



イルもなんとか納得してくれたみたいだ。




「ねえなまえ」
「何?」




「ずっと俺にチョコちょうだい」




少し真剣な目をしてくるイル。
まあ、いつもの無表情なんだけどどこか焦っているような感じがする。


そんなこと言わなくてもいいのに。
何を心配してるんだか。



「いいよ」
「ほんとに?」




聞き返してくるイルに自然と笑みが浮かぶ。



「ずっとイルのこと好きでいるつもりだからね」




チョコを持っていないイルの左手をとって言う。





「そっか」


返事は小さな声だったけど、本当に嬉しそうに微笑んだ。




(イルの周りに花が咲いたように見えた)
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