「キルが帰ってきたよ」 居間で休憩しているとイルが嬉しそうに入ってきた。 嬉しそうに、ってのは他人にはほとんどわからないだろうけど。 「ほんと!?」 嬉しくて思わずちゃぶ台に手をついて膝立ちになる。 キルアが帰ってくるなんて、想像もしてなかったから胸が躍る。 なんで帰ってきてくれたんだろう。 ゴン君のお父さん見つかったのかな。 「今から家来れる?」 「うん!」 二つ返事でイルの背中に飛びつく。 イルはいつものことのようにひょいと軽々私を持ち上げて家を出る。 普通の人間では考えられないスピードで走ってくれたイルのおかげであっという間にゾルディックの家に着いた。 白いふわふわなわたあめを見つけて後ろから飛びつく。 「キルアー!」 「うわ、なんだよなまえ」 「久しぶり! もう、会うたび逞しくなってるんだから!」 「なんかお前、縮んだ?」 「キルアが伸びたんだよ!!」 身長もほとんど私と変わらないくらいだ。 昔から腹筋は割れてたけど、今ではもう、なんか、マッチョだ。 細いけど。 脂肪なんか全く付いてない。 ほんと、羨ましいよ。 「前に一回帰ってきてたのに会ってくれなかったでしょ!」 思い出してキルアを責める。 そう、以前キルアはゾルディックに帰ってきてたっていうのを後日イルから聞いた。 お父さんに交渉しに来た的なことをイル入ってたけど私には難しいからよくわからなかったし、イルも詳しくは教えてくれなかった。 すぐに出てったらしいけど。 一瞬でもいいから顔出してくれたら良かったのに。 「あの時はゴンとかアルカのことでいっぱいだったんだよ」 「アルカ?」 聞いたことない名前に首をかしげる。 「……誰かさんのせいで、余計にな」 キルアの視線が鋭すぎて思わず息を呑む。 視線の先にはイルがいた。 え、まだこのふたり仲悪いの。 イルは前キルアと会った時成長してたって嬉しそうに話してたのに。 まだキルアはイルのこと嫌いなの? 視線の先を見ても、当の本人は飄々としていてどこ吹く風だ。 「なあ、まだコイツといんの?」 「え、あ、うん。そうだよ」 イルから視線を外して私に向き直るキルア。 まだ抱きついたままだからキルアの顔がめちゃくちゃ近くなる。 わー端正な顔。 なんか、やっぱ男の子って成長のするの早いね。 初めて会ったときはもっと幼かったのに。 『男子三日会わざれば刮目して見よ』ってほんとだね。 てか、なんかイルに対しての当たりきつくない? 「ほんと、考え直せよなまえ」 「え、何が?」 「マジでコイツ最低なんだって!」 「まだ言ってんの? 案外イルは優しいんだよ」 「アホ! それが騙されてるんだって! だってコイツは」 「キルア。なにか兄ちゃんに文句あるの」 初めてイルが声を発した。 なんだか怒気を含んでる気がして思わず目を見開く。 なんで? キルアにイラついてるの? イルのこと悪く言ったから? そんなの日常茶飯事じゃないの? 「ああ。あるね」 強気なキルアはイルに対して反抗的だ。 どうしたのキルア。 イルに対してなんでこんな態度とるの。 「兄ちゃん、悲しいな。何もしてないのに大切な弟に嫌われるなんて」 「はっ、よく言うぜ」 「ちょ、ちょっ……落ち着いて!」 不穏な空気に慌てて止めに入る。 どうしたの、二人共! 「ね、やめよ。お姉ちゃん気が気でないよ」 二人がこのまま喧嘩し始めるんじゃないかって。 一般人の喧嘩ならなんてことないし、満足するまでお好きにどうぞって感じだけど、このふたりは別だ。 死人が出るまで止まらないかもしれないし。 ま、イルがそんなヘマやらかすとは思えないけど。 キルアが私の言葉に反応した。 「は!? 何が『お姉ちゃん』だよ!」 「え、まだ認めてくれないの?」 前はねえちゃんって呼んでくれたのに! まさかそこ突っ込まれるとは。 さっきまでの怖い顔はどこへ行ったのか、今はほんのり頬が赤くなってる。 かわいいなあ。 「認めてなんか……」 最後の方はごにょごにょしてて何言ってるか聞き取れなかった。 抱きついててこんなに近いのに。 照れてる照れてる。 可愛くて髪をわしゃわしゃと揉む。 「や、やめろよ!」 嫌がるそぶりを見せながらもされるがままだ。 かわいいやつめ!! 「あははっ」 「やめろよ、ばか!」 わたあめを堪能してると急に浮遊感が現れた。 途端にブチブチとちぎれる音が響いた。 「ってええ!!!!」 キルアの悲鳴とともに私は地に足がついた。 今度は私が何かに包まれた。 頭にはなにか重みがかかる。 手のひらには銀色の髪が何本かくっついていて、ひらひらと舞うように地面に落ちた。 「え、なに!?」 わけがわからない! 「なにすんだよ! クソ兄貴!!」 痛みで涙が少し滲んだキルアの目が私を見ていた。 正確にいると私の少し上。 この重みは、イルの頭か。 両肩にはイルの腕が。 鷲掴みにしてたし、キルアの髪結構抜けただろうな……。 なんだか申し訳なくなってきた。 「禿げたらどうしてくれんだ!」 「よかったね、キル」 「あ"あ"!?」 怒鳴るキルアに、全く動じないイル。 え、なにそれ。 キルアが別に禿げてもいいってこと? 「イル、流石に……」 それは酷いんじゃ……と言おうとすればイルが遮った。 「なまえ、本当にキルアの姉ちゃんになるよ」 「は?」 「え?」 キルアも私も素っ頓狂な声が漏れた。 まさかそっちに『よかった』って言ったの? 「ね、なまえ」 「う、うん」 さっきよりも強い力で抱きしめられて、私もどもりながらだけど、答える。 確かに、結婚したらキルアのお姉ちゃんになるし。 まあ、まだしないけどね! それを伝えたかったけどイルの抱きしめる強さにそんなこと言えるわけがなかった。 「な、何言ってんだよ。てか、なんでなまえを抱きしめてんだよ!」 指差して怒鳴るキルア。 「だって、なまえはオレのお嫁さんだし」 飄々と、けれどもどこか自慢げに答えたイル。 私の後頭部になにか柔らかいものが当たった。 これ、見えなくてもわかる。 ……キス、された。 「っ!」 恥ずかしくて死にそうなくらい顔が熱くなる。 「っ、づ、やっ、うっ……だっあああああああああ!!!!!!!!」 キルアはなにか言いたそうに、口をもごもごと動かしたけど、意味のある言葉は出てこなかった。 目ん玉飛び出そうなくらい見開いたた後、眉が下がって、唇が弧を描いて周りに花が飛んだかと思ったら、眉をひそめて目の前から消えた。 キルアがいたはずの場所にはなんだかパチパチと静電気のような音がしていて、見間違いじゃなかったら稲妻も見えた。 「キルが祝福してくれて何よりだ」 はっはっは、と抑揚のない声で笑うイル。 (あの反応を祝福と取れるイルはやっぱり大物だよ) [戻る] ×
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