それから数日たってヨークシンへ出発の日になった。 イルの家の自家用の飛行船で向かうらしいけど、私がゾルディックの門を潜ればキルアのお母さんに殺されるかもしれないという危険が十二分あるらしい。 だからパドキアの空港にわざわざ自家用飛行船を停めてそこから乗るというめちゃくちゃ面倒くさい方法をとってくれた。 ……申し訳なくて仕方ないよ。 けどまあ、これは私が悪いわけじゃない。 悪いのはキルアのお母さんだ。 私を殺そうとするのをやめてくれたらこんな面倒くさいことしなくて済んだんだ。 イルにおぶられて空港まで着いて飛行船を見て、やっぱり大金持ちなんだなあと思う。 ほかの飛行船よりも大きい。 すごいなあと思って飛行船に足を踏み入れると日本人形のような子供が睨んできた。 視線で殺されそうだよ。 てか、あれカルト君だよね。 私のせいで女装なんて……本当に申し訳ない。 まだ女物の着物だって気づいてないのかな。 できれば気づかないままでいてほしい。 「か、カルト君……ひっ!」 睨んでたカルト君が私の視界から一瞬消えて、気づけばカルト君は私に向かって拳を突き出していて、それをイルが掌で受け止めていた。 え、何がなんだか。 てか、人間ってこんなに速く動けるものなの。 もしイルが護ってくれなかったら私の首、文字通り吹っ飛んでったよ。 恐ろしくて背筋が凍えた。 「気安く名前を呼ぶな!」 ふわりと綺麗に舞い降りたカルト君はさっきよりもキツく睨んで怒鳴った。 こ、怖い……。 私がそんなに嫌いか。 落ち込むんだけど……。 「カル、なまえを殺しちゃダメだよ」 「なぜですか! 自分の身も自分で守れないようなやつなんて自業自得な……」 「カルト」 イルがそう呼べばカルト君は怯えたように口を閉じた。 イル、怒ってるのかな。 「これは命令だよ」 「っ、は、はい」 「い、イル! ね、部屋案内してよ!」 「うん、そうだね」 この暗い雰囲気に耐えられなくてそう提案する。 隣から恐ろしい程の視線を向けられるけど気づかないふりしてイルの腕を引っ張る。 ……この中で三週間も暮らすとか耐えられない。 カルト君とは仲良くなりたいな。 イルが命令してくれたから多分殺されはしないから、ちょっとずつ歩み寄ってみよう。 「ここがオレとなまえの部屋」 「え、一緒の部屋なの?」 「うん。嫌?」 「嫌じゃないけど……」 もしかして私を守ろうとしてくれてるのかな。 カルト君に命令したかもしれないけど、お母さんの手先とかがこの飛行船に紛れ込んでるかも知れないし。 これはゾルディックの自家用船なんだからそういう可能性も十分ある。 もしそんな状況で私に一人部屋を与えたら一貫の終わりだ。 絶対に瞬殺だ。 「じゃ、荷物置いてくつろいでよ」 「うん」 やっぱりイルは優しいね。 私にはそんなこと一切知らせないんだから。 荷物を適当に置いて部屋でも一際存在感のある大きなベッドに飛び込んでみた。 「わ、ふかふか」 「そう? 普通じゃない?」 「えー私のベッドよりは何倍もふかふかだよ」 「ああ、それはそうだね」 「絶対こっちのほうが寝つきいいよ。熟睡できそう」 「オレはなまえのベッドの方が熟睡できるよ」 イルも近づいてきてベッドに座った。 一気に深く沈むベッド。 「イルは硬いベッドの方が好きなの?」 「ううん。オレは基本どこでも寝られるから」 「そうなんだ。けど私のベッドが一番寝られる?」 「うん」 即答で答えたイル。 こんな高級そうなベッドよりも私の安いベッドの方が気に入ってくれるなんて嬉しい。 ま、殺される心配がないってのが一番の理由なんだろうけど。 「なんだか眠たくなってきたかも」 「夕食までまだ時間あるし寝ていいよ」 「そっか」 このベッドほんとに眠気を誘う……。 目を閉じて寝る体勢に入るとベッドの沈み具合が変わった。 目を開けるとイルも横になっていた。 「イルも寝るの?」 「うん」 イルの大きな手に私の手が包まれた。 「なまえの手は暖かいね」 「イルの手は冷たいね」 イルの手を握り返して目を閉じた。 (体温を分け合う) [戻る] ×
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