fate. | ナノ





イルからもらったうさぎのぬいぐるみを抱き枕にして布団に入る。


ほんとに、このうさぎイルに似てるんだよね。
ねん、ってやつはこんなこともできるんだからすごい。



イルが隣にいるみたいで安心できる。
うさぎの頭に顔をうずめる。





微睡んでいた午前0時。








衝撃が走った。





何がなんだかわからなくて、咄嗟に起き上がれば部屋中に散らばるガラスの破片が視界に広がって、外の寒い冷気に体が震えた。



月明かりをバックに窓のふちにいる長い黒髪の人。
逆光で顔は見えないけど、このシルエットと非常識な行動をする私の知り合いは一人しかいない。




「イル……?」





なんで、窓割るの。とは聞けない。
なんだか初めて会った時の雰囲気に戻ってる?


あの時の怖いイルが蘇ってきて手汗が出てきた。





「キルは」
「え? キルア?」
「どこにいるの。どこに隠したの」
「え、知らな……っ!」




答え終える前に私に馬乗りになってきたイル。



どうしよう、こわい。
なんで、なんでいきなり。




この前はこのうさぎのぬいぐるみくれたのに。


たった一週間でなんでこんなにも急変するの。




私の首に手を回すイル。





「いっ、いる……!」



どんどんイルの手に力が込められていく。

やばい。


どうにかしようと暴れるが、イルの力に勝てる訳もなく手や足をバタバタさせることしかできない。
ガラスの破片がベッドにも飛んでいたのか、手に刺さる。
手をばたつかせた時にとんだ破片が顔にあたって痛い。


けどそんなこと構っている場合じゃなくて。





「イル……! ぐっ、うぅ」
「キル、キルを返して」
「しら、な、」




息が苦しくなる。
どうしようどうしよう。





「い、る」






イルの腕に手を添える。
手に力を入れてもびくともしない。






「いる……!」






イルはパニクってる。
何とかして落ち着かせないと。









「イル!!!!」
「っ」






苦しくて呼吸ができない中で力を振り絞って叫ぶ。
すると、首に巻かれていた手の力が緩んで離れた。






「あっ……なまえ」
「ごほっ、ごほっ」
「ごめん、ごめん」




イルが私の肩に顔を埋めて抱きついてきた。




「ごめんなまえ……ごめん」
「わかった。わかったから説明して」




イルの頭を数回撫でてから肩を押す。
そしてイルを座らせた後、私も座る。





「一体何があったの」
「キルが、キルが家を出ていった」
「え、あの家を? 誰にも見つからずに?」





前キルが抜け出してきたときはまだセキュリティが甘かったらしい。
今はもうありんこ一匹入れない鋼の要塞だ、みたいなことキルアが手紙で言ってた。



それを抜け出したの。
すごいねキル。

そういう職に就いたほうがいいんじゃない?





「母さんとミルを刺して正面から出て行ったらしいんだ」
「さ、刺した!?」
「うん。母さんは顔面、ミルは腹だって」
「うっ、うわあ……大丈夫なの?」
「うん、そんなことより」




……こんな大怪我をそんなことで片付けちゃうんだ。




「キル来てない?」
「来てないよ」
「じゃ、手紙。なんか家出を匂わせること書いてなかった?」
「うーん。この頃はゲームの話しかしてなかったからなあ。特にそんな様子はなかったよ」
「そう」




無表情には変わりないけどなんだか落ち込んでる気がする。
まあ、大切な家族が家出したなんて心中穏やかじゃないよね。



イルは仕事中だったから止めるにも現場にいないから止められなかったらしい。




……キルア、イルが仕事で出てる時を選んだな。






「もしキルアから連絡あったらイルにすぐ伝えるから」
「うん」




私の肩に額をつけてきたので背中をぽんぽんと軽く叩いてやる。






すると聞いたことのない電子音が流れた。




「イルの携帯?」
「……うん」





イルが起き上がって、ポケットから携帯を取り出して通話ボタンを押した。






『もしもしイル兄? オレ、ミルキ……いって』
「ああ、ミル。どう見つかった?」
『居場所はわかんないけど、いてっ……どこに向かおうとしてんのかはわかった、っう』




イルが携帯の音量をスピーカーにしてくれたから会話が聞き取れる。





「え、怪我したミルキ君にキルアの居場所探させたの!?」
「うん」
「鬼畜! み、ミルキ君大丈夫!?」
『えっ、あっお、おう』
「ほんと!? お腹に穴あいてるんだから無理しちゃダメだよ!?」
『あ、ありがとう』


「ミルキ。キルはどこに向かおうとしてるの」
『っ! ハ、ハンター試験だよ! 申し込みしてやがった……っく』




いきなり焦りだしたミルキ君は早口で答えたせいか痛そうだ。
携帯の向こうではあの大きな体を丸めて痛みに耐えてるんだろう。
かわいそうに。





「ハンター試験か。ちょうどオレ申し込んでたし、都合がいいや」
「え、あのハンター試験受けるの!?」
「うん。次の仕事で必要でさ」




イルは飄々と答える。
ハンター試験ってなかなか受からないものなんでしょ?
一般人の私たちには遠い話すぎて全然わからないけど。

噂ではものすごく恐ろしい試験内容だとか。



「ハンター試験って命を落とすこともあるんでしょ? イルもキルアも大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だと思うよ。そうだ、ミル」
『な、なんだよ』
「今から帰るから、ハンター試験のこと調べといて」
『え』
「鬼畜だね! ちょっとは休ませてあげなよ!」
「ときめいた罰だよ。ね、ミルキ」
『うっ……わかったよ、やればいいんだろ』



辛そうなミルキ君。かわいそうに。
じゃあね。とイルは冷たく言って電源ボタンを消した。



「じゃあ帰るね」
「あ、うん……ハンター試験、いつ行くの?」
「うーん。場所がどこかにもよるけど、二、三日中には出ると思うよ」



他の仕事も入ってるし。とイルは言う。

そっか、じゃあもう会えるのは今日で最後か。
ハンター試験はめちゃくちゃ長くかかる時もあるって聞いたし。
しばらくは会えなくなるんだ。

無事に帰って来れるかもわかんないし。



……なんか不安になってきた。
イルもキルアもちゃんと無事に帰って来れるのかな。




「なんかあったら電話して」
「え?」
「なにもなくても電話して」
「え、え?」





紙を差し出されて受け取る。
そこには電話番号が書かれていた。



これ、イルの電話番号?




あ、私が不安になってるのわかったんだ。






「さみしくなったらかけるね」
「うん」




じゃあ、行ってくるね。とイルは割れた窓から飛び降りた。





朝、ゾルディックの使用人さんが来て、窓を綺麗に直してくれました。



(イルのキルアへの愛情はすごいね……)
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