fate. | ナノ





少年がやってきて一週間。
家族のために一生懸命働いていた貧しい少年の名前はキルアっていうらしい。

両親に説明すれば、快く承諾を得た。
やっぱり、家族だね。
お母さんなんて少し泣いてた。

私の気持ちをよくわかってくれた。



「おーい、なまえー」
「なに?」
「オレ、あれ食いたい。おはぎ」
「店、手伝ったらね」
「けち臭いこというなよ。いいもんねーあそこだろ? あのブツダンってやつに飾ってるんだろ」
「飾ってるんじゃなくて、供えてんの!」
「どっちでも一緒だろ」
「違うわ!」



へーへーと言いながら仏壇に向かったキルア。
ああ、本当に貧乏なのか、この子。
性格がどう見てもわがままな坊ちゃんなんだけど。


うーん。これで家族のために十歳という若い年齢で働いてるんだからなあ。
信じられない。
言われないと気づかないよ。



働きすぎて性格が捻じ曲がったのか?





店の仕事とか手伝ってくれると思ったんだけどなあ。
キルアって気まぐれだから手伝うときはとことん手伝ってくれるしと手伝わないときはまったくだ。




「うわ、ぼーっとしてる場合じゃない」



お母さんは買出し行ってるし、お父さんは畑で足りなかった野菜採りに行ってるし。
私が店の用意しないと。


もうすぐ開店の時間だ。




急いで机を拭いてると、店の引き戸が開いた。




「あ、すみません。まだ開店していなくて……」
「オレ、客じゃないから」
「え? じゃ、じゃあ……」




何しに来たんですか、と訊く前に家からキルアがいろんなものが棚から落ちる破壊音をたてて出てきた。
キルアって、あんまり足音とかたてないのに。
はじめはすっごい驚いたけど、一週間たって慣れた。


そんなキルアが激しく音をたてるなんて、初めてだ。




「兄貴……」
「やあ、キル。一週間楽しかったかい」
「え、この人キルアのお兄さん?」
「まさかこんなところに住んでるなんて思わなかったから、捜すのに手間取ったよ」



あれ、私のこと無視?



それより全然キルアに似てないんだなあ。
それにキルアのお兄さんだったら同じ貧乏なはずなのに。
キルアといいお兄さんといい、なんでこうも、いい育ちの雰囲気があるんだろう。

お兄さんの髪、手入れしなくてこんな綺麗になる?
いいシャンプーとか使ってないとこんな綺麗な髪保てないよね。




「キル。だめだって言われてるのに一週間も家を出たんだ。わかってるよね」
「っ……」



冷や汗を流して震えてるキルア。
こんなキルア見たことない。


……拳骨と説教じゃ済まないの?
もしかして、暴力を受けてるんじゃ。




「あの! キルアは何も悪くないんじゃないですか!」



虐待、の文字が頭に浮かんで、思わず叫ぶように言ってしまった。
だって、キルアが虐待されてるなんて許せない。


キルアはもう私の家族同然、弟みたいなものなんだから。



「今までキルアはがんばって働いたんです。一週間位休んでもいいじゃないですか! そ、そりゃ、キルアが働かなくなったら貧しい家計が余計貧しくなるかもしれないけど……」
「何を言ってるの、お前」
「え? だから、家計は苦しいだろうけど、少しの休息くらい必要なん……」
「ゾルディックの家計が苦しいなんてありえないよ」
「え?」



何を言ってるんだ、このお兄さんは。
ゾルディック?
ゾルディックって、あのククルーマウンテンの。
観光地にもなってる、あの有名な『殺し屋』の。



キルアがゾルディック?




思わずキルアを見ると、気まずそうに俯いていた。



「ほんとなの……?」
「っ、ごめん、なまえ……」



ああ、本当なんだ。
今のキルアが嘘を吐ける状態なんかじゃない。


本当に殺し屋なんだ。
じゃあ、初めて会った時に言ってた拷問フルコースって、本当の拷問なんだ。



冷静に考えようとするけど、やっぱり混乱は隠せなくて、キルアに何も言えない。




「この女を利用するために騙したのかい? 成長したね」
「ち、違う! オレは、騙したわけじゃ……!」



母さんが喜びそうだ。というお兄さん。
能面のような顔はまったく変化せずに淡々と事務的に話す。



人を騙したことに対して、お母さんが喜ぶ?






「何が違うんだい。貧乏人のふりするなんて、女の同情を買うためにやったんだろ」
「っ、それは……」
「まあいい。どうせ帰ったらみんなに尋問されるんだから。さっさと帰るよキル」



髪を靡かせて出て行こうとしたお兄さん。
たぶん、キルアはお兄さんについていく。


キルアが出て行けばもう一生会えないだろう。
それに、キルアがお仕置きと称した拷問を受けるなんて、だめだ。





何か、何か言わないと。
キルアを引き止めないと。

けど喉に何かが詰まっているようで言葉が出ない。




沈黙が苦しい。





「い、やだ……」





その沈黙を破ったのはキルアだった。







「……お、オレは、ここにいたい!」



「キルア……」
「キル、変なことを言うね。ここにお前の居場所があるとでも?」
「なまえは、オレを受け入れてくれたんだ!」
「受け入れる? それはお前が騙していたからだろう。今の女を見てごらん、お前に騙されたのがわかって放心しているよ」
「そ、そうだけど、なまえなら、絶対許し……」
「無理だね。今のこの女の心情を教えてあげるよ」




脳に直接響くような声で話しかけられた。
怖くて足がすくむ。






「『騙された。信じてたキルアに騙されたんだ。あんなに世話してあげたのに。裏切られた。キルアは裏切り者だ、最低、もう信じられない。キルアなんて、大嫌い。殺し屋を家に匿ってたなんて最悪だ。怖い、こんな人殺しと一週間もすごしてたなんてありえない。怖い、近づかないで、早くここから出て行って、もう二度と顔なんて見たくな……』」






「違う!!」



気づけば喉つっかえていた何かが取れていた。




「そんなこと、思ってない!!」
「なまえ……」
「確かにキルアが嘘吐いてたのにびっくりしたけど……騙されたって気持ちも裏切られたって気持ちも確かにある。けど、出て行けなんて思わない!」


キルアが少し、ほっとした顔を見せた。
お兄さんが眉間にしわを寄せているのが見えた。


なんだか怖い雰囲気に変わった気がするけど、ここで止めるわけにはいかない。





「だって、キルアはもう、私の家族だからっ…………っか、はっ!」
「なまえ!!」
「お前みたいな女がキルと家族? 調子に乗るな」





何をされてるのかわからなかった。





いきなり息ができなくなって、足が地面につかなくなった。

喉が痛い。苦しい。怖い。



喉だけじゃない。全身が針に刺されているような感覚。
こんな感覚初めてで怖い。


苦しくて痛くて何も考えられない。


助けて。




「ぐっ、が、……あ、っ、は」
「やめろ!! 兄貴!!」



「キル、今のこの女の発言はゾルディックに対して、最高の侮辱だよね。こんなに腹が立ったのは初めてかもしれない」
「兄貴! 頼む、やめてくれ。戻るから……ちゃんと言うとおりに動くから、頼む! なまえを殺さないでくれ……!」
「ぅあっ、う……き、ぅ、あ……」




キルアと呼びたいのに、うまく声が出ない。
目の前が霞んできた。




ああ、死ぬんだ。






そう感じたとき、体に衝撃を受けた。




「っは、ごほっ、ごほっ! げえっ」
「なまえっ!!」



キルアが駆け寄ってきて背中を撫でてくれた。

ああ、首締めから開放されたんだ。



「っ、はあはあ、っげほ、げほ」


いまだ起き上がれずに居る私を見下しながら首を絞めた張本人が言った。



「ああ、思い出したよ。父さんとじいちゃんが生かしたままこの女を連れて来いって言ってたんだった。すっかり忘れてたよ。命拾いしたね」
「な、んで、親父が……」
「さあ、俺は知らないよ。たぶん拷問する気じゃない?」



抑揚のない声に寒気を覚えた。



「拷問なら、オレにすればいいじゃねえか! なんでなまえが……」
「他人、それもこの女を庇うなんて感心しないよ。お前は自分が無事だったらいいはずだ。他人を捨ててでも裏切ってでも自分は生き残る。口をすっぱくして教えただろう。さっきの女を助けるための発言もいけないな」


ああ、この人たちに常識は通じない。
なんてことを教えてるんだ。



「それに、心配しなくてもキルのお仕置きは父さんに頼むよ。この女はオレがやる」
「っ!?」



「楽には死なせない。オレの怒りが収まるまで嬲る。ゾルディックを侮辱した罪、その身をもって知るといいよ」



「か、はっ……ひゅーひゅー……う、くっ」
「兄貴!」
「これくらいの殺気で呼吸困難に陥るなんて、やっぱり弱いね。うっかり殺してしまわないように、加減して拷問しなきゃ」



とりあえず車呼ぼう。と何事もなかったかのように電話を掛けだした。




ああ、首絞められたときに感じたのもやっぱり殺気だったんだ。
人間からこんなものが出てくるなんて信じられない。



ああ、私の命もここまでか。
くそ……一度でいいから彼氏欲しかったなあ。
お父さんお母さんごめん。親孝行できなかった。



一度死に直面すると、人間って意外と冷静になれるんだね。
腹もくくれたからかな。
なんか、悟りを開いた気分だ。





「なまえ……オレ、おれっ……」
「だいじょーぶ。泣くな、男でしょ」
「っ、泣いてねー」
「涙が見えたのは気のせいかな?」
「気のせいだっ!!」



ああ、よかった。
少し元のキルアに戻ってくれた。




「あのよ」
「なに?」
「……どこまでできるかわかんねえけど、オレなまえを護るから」



凛々しい顔になったキルアに泣きそうになってしまった。
こんな小さな子が私を命懸けで護ろうとしてくれるなんて……。

なんていい子なんだ。


この、人とは思えない精神と思想を持ってる糞兄貴とは似ても似つかない。





「キルア」





電話が終わったのか、また喋りかけてきた。
ああ、ほんと二度と声を発して欲しくないよ。




「お前に護るなんてできない」
「な、なんでっ……!」


「この女がオレに首絞められたとき、お前は一歩も動けなかっただろ? それがいい例だよ」



糞兄貴がそう言った途端キルアはまた拳を作って俯いてしまった。
ああ、この糞野郎……!



(殺される前、どんな形でもいいから、絶対に一矢報いてやる……!)
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