fate. | ナノ





「ん……」




眩しい光に目を開いて起き上がると目の前には真っ黒の瞳。


「っわ!」
「起きた?」
「なっ、なんでっ」
「昨日このまま寝たんだよ」



覚えてない? となんともないように首をかしげるイル。



寝たけど、寝たけど……!
なんでそのままの体制!?



「べ、別に離れてくれても良かったのに」
「そのままの方がいいと思って」
「なんで?」
「俺に抱きついたままだったから」
「わっ、ご、ごめん!」
「それはいいんだけど、体痛くない?」


一応気を使ってたんだけど、座ったままだからどっか痛いんじゃない? と聞いてくる。


「だ、だいじょうぶ」


なんでこんなに普通なんだ!


一晩中私を抱っこしたまま過ごしてたの?
それに私の体が痛くならないように配慮しながら?





「てか、イルのほうが痛くないの!?」




私を一晩中だっこしてたんだ、イルの足痺れてるどころじゃないんじゃ……!




「別に」
「ほ、ほんとに?」
「これの十倍以上のおもしを背負って生活してたこともあるし」
「そっ、そっか」




そりゃ大丈夫か。
ならいいか。





「あのね」
「な、なに?」
「オレはこのままの状態でもいいんだけど、昼から仕事入ってるんだよね」
「そうだったらいいよ! 退く退く!」




イルから離れる。
そうだ、イルは私が引っ付いてたから仕方なく、だもんね。




「ごめんね、あたしのせいで寝てないよね」
「一か月位寝なくても大丈夫だっていつも言ってるけど」
「そうだけどさ……」






そこで、部屋の時計に目がいった。

針は12時。

イル、昼から仕事って言ってたよね。




「ちょ! もう行かなきゃやばいんじゃないの!?」
「うん。そうだね」
「なんでそんな余裕なの! 急がないと!」
「ま、十分もあれば家に着くし大丈夫だよ」
「けど」
「それよりさ」




イルの黒い瞳に私が映る。




「大丈夫?」
「え」



体は大丈夫ってさっき聞いたよね。
じゃあ何?
なにが大丈夫か聞いてるの?






「ほんとはね、寝てる間にやっちゃおうと思ったんだけど、やっぱりなまえの意見も聞かなきゃなんないかなあと思って」
「え?」




ちょっとまって、何言ってるか全然わかんない。
どういうこと?



寝てる間に何をやっちゃおう!?




思わず身構える。



イルに限ってと思ってたのに。
性欲なんてなさそうなのに、やっぱり男だったんだ。





「どうする? 消す?」
「けっ、消す!?」



何を!?
なにそれ、じゃあ私の考えてることと違うの?

なんなの、全然ついていけない。






「うん」
「け、消すって……な、何を?」
「記憶」
「えええ!? どっ、どうやって!?」




思わず頭をガードした。
もしかして、殴って記憶消すとか?
やばい、イルだったら力加減間違えて殺しそうなんだけど。

うっかりで殺されたらたまったもんじゃない。






「これ」



そう言って差し出されたのは針。
え、針?
なにこれ。
こんなんで記憶消せるの?




てか、これ多分頭に刺すんだよね。
それで、こちょこちょと動かして記憶消すってこと?






「むりむりむりむりむりむり!」
「大丈夫」
「そっ、そんなの絶対できっこない!」
「昨日頬の傷治したでしょ。その原理と一緒だよ」




そりゃ、一般人にはできないけど、オレ得意だから大丈夫。
くるくると手に持ってる針を回す。





「ねん、ってやつ?」
「そうそう」
「ほ、ほんとに?」
「うん。痛くないよ。次起きた時にはもう記憶なんてなくなってる」
「……そっか」



どうしよう。
確かに昨日のあの事件の記憶は消えてなくなって欲しい。
思い出しただけで悪寒がはしる。
めちゃくちゃ怖かった。




けど、記憶なんてこんな気軽に消していいものなんだろうか。





どうしようと悩んでいると、イルに手を握られた。



「なに?」
「手、震えてる。」
「ほんとだ……」
「消したほうがいいよ。あんな記憶」



なくても人生変わらないよとイルに言われて揺らいでしまう。




確かにそうなんだけど。



「……けどさ、記憶消したらイルに助けてもらったことも忘れちゃうんでしょ?」
「うん」




すごくそれはダメな気がする。




「やっぱいい」
「なんで」




イルに握られた手が更にきつく締め付けられた。





「だって、イルが折角助けてくれた記憶もなくなるなんていやだ」
「は?」
「昨日、イルがずっとそばにいて抱きしめてくれたことすっごく嬉しかった」
「そんなこと……」
「私にとってはすごく嬉しかったの」




あんなに優しいイル今まで見たことない。
確かにめちゃくちゃ怖くてすぐにでも忘れられるなら忘れたい記憶なんだけど、昨日のイルの態度が優しすぎたから。



「だからいいや」
「お前は、バカだね」
「え、なんでよ」
「ほんとに、バカだよ」




私いいこと言ったはずなのに。
眉をひそめるほど嫌だったの?


意味わかんない。




握られていた手を引っ張られてイルの方に倒れこむ。




そして額に柔らかいものが当たった。





「じゃ、行ってくる」




「え、あ、うん」






額を抑えて何も考えられないまま窓から飛び降りたイルを見送った。



(な、なんだったんだろう)
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