fate. | ナノ



「ねえ、おねーさん。何してんの?」



今まで、小鳥の鳴き声と車の走行音しか聞こえなかったこの場所に声が聞こえた。
振り向けば、スケボーを持った銀髪で綿飴みたいな髪をした少年が首をかしげて立っていた。


「私?」
「当たり前じゃん。周りにオレたち二人しかいないじゃん」


おねーさん、大丈夫? と心底馬鹿にしたように鼻で笑われた。
うわ、腹立つ。

あんたとは十近く違う気がするんだけど。



「あんた、いくつ?」
「十歳だけど。ってか、オレの質問に答えてよ」


……やっぱり八つも違う。
何で私があんたみたいな餓鬼に馬鹿にされなきゃなんないんだ。

けど、怒っちゃいかん。
大人の余裕を見せてやるのさ。


「店で使う野菜を掘り起こしてるんだよ」
「おねーさん、店でもやってんの?」
「そ、ジャポン料理の定食屋」
「ジャポン?」
「知らない? 知らないんだ! はははっ! 学がないねえ! ばーかばーか!」



首をかしげた少年を思いっきり笑ってやる。

大人気ない? そんな言葉しらない。



「しょうがねーじゃん! オレまだ十歳だし!」
「ふふふ、年は関係ないのだよ、少年」
「ちっ、むかつく! このブス!」
「何とでもお言い! ちーび」
「デブ! 乳なし!」
「乳なし言うなー!! ちゃんとあるっつーの!!」



胸を寄せながら言ってやった。
あ、土いじってたから服汚れた。

ま、いっか。


私は、着やせするタイプなんだから!



「知ってるぜ、オレ」
「な、なにを……」
「アンタみたいな女を、ひんにゅーって言うんだろ?」
「っ、くそっ、がき!」



にやにやと笑う少年に真剣に殺意が沸いた。
要らない言葉ばかり覚えやがって!

これだから最近の糞餓鬼は。



頭をしばいてやろうとしたが余裕顔で避けられた。

なに!? 最近の子は体、こんなに発達してるの!?
なんか、目瞑ってたような気がするんだけど。



「こんな甘い腕の振りでオレを叩けるわけないよ」
「生意気!」


こんな子供に負けて悔しいから、足元に豊富にある土を適当に握って投げてやった。

……また目瞑って避けられたけど。

ほんと一体最近の子はどうなってんの!?
そういう訓練でも受けるの?
あれ、パドキアの教育方針私のころからそんなに変わったっけ?




「アハハハハ! やっぱ想像通り外はおもしれえな!」
「は? 外?」


何を言ってんの、この子。
やっぱり、体ばかり鍛えてばっかだから脳みそに栄養行き渡らなかったんじゃ……。
うわ、今すぐパドキアの教育方針変えるべきだよ。
教育委員会に連絡しなきゃ。




「オレさ、今まで外出たことなかったんだよね」


あ、けどないっつっても、仕事で出たことはあるぜ? こうやってプライベートで外に出るのが初めてってことだから。と暢気に言ってる少年に口を開けるしかできなかった。
口開けてしまう癖、いい加減直さないと。



ってか、この少年の言ってることは本当なのか?
どうにも不審になってしまう。
そりゃ、十歳にもなって外に出るのが初めてって……。
疑わないほうがおかしい。

しかも仕事って。




まあ、貧乏で小さいときから働かなきゃいけない状況下にいる子供がたくさんいるのは知ってる。
けど、それが自分の近くでこんなことが起こってるなんて……。

パドキアって、結構豊かじゃなかったっけ?



それに、この子どう見ても育ちのいい顔してるし。
身なりも綺麗だし。
絶対この服何万もしてる。

どちらかというと坊ちゃん系だと思ってたのに。




人は見た目で判断しちゃだめだな。
この子はこの子なりに苦労してきたんだ。
だから、こんな捻くれた性根に……。

ああ、なんて可哀想な。



「ごめんよ、少年。お姉さんは酷い勘違いをしていたようだ」
「はあ?」
「君がそんな生活に困っているなんて……。よければここの野菜を好きなだけ持って行って。それとも家の店でご飯食べていく?」
「飯食わしてくれるのはありがてーけど……」
「お金の心配ならいらないって! タダだし!」



よしよし、と頭をなでてやれば、土触った手で撫でんな! きったねえ! と怒られた。
今となればこんな態度でも、まったく怒りは沸いてこない。

可愛い反抗だ。




「アンタ、勘違いしてる。オレ、生活になんか困ってないって」
「意地張んなくてもいいって。大丈夫! 遠慮なんてしなくていいから!」
「ああもう面倒くせえ。いーよ、生活に困ってるよ、オレ」


確かに、今オレ金持ってねえし。とため息をついておでこに手を添えた。
やっぱり、一文無しか。
くっそう、こんないたいけな子供を遊ぶ時間を与えずに働かせるなんてひどい親だ!
顔見てみたいほんと。


プライベートで外に出たことがないって何だ。
私が十のころなんて、プライベートって言葉すら知らなかったはず、たぶん。



「さ、家にいこ。あんたがよければ好きなだけ居てくれていいから」
「それって、住んでもいいってこと?」
「当たり前!」
「やりぃ!」



ぱちん、と指を鳴らして喜んだ少年。
本当に嬉しそうだな。



「実はオレ、どうしようかと思ってたんだよ」
「家に帰れないの?」
「帰れねえことはねえんだけど。勝手に出てきたしなあ。それに今帰れば絶対拷問フルコースだし」



たぶん親父直々にされるだろうし。いってえんだよなあ。と心底嫌そうな顔をした少年。

まあ、十歳くらいの子が内緒で家でたら怒られるよね。
私も内緒で遊びに行って夜まで帰らなかったとき、拳骨と長い説教食らったし。


そりゃ子供にとっちゃ、叩かれたり説教されるのは拷問に感じるよなあ。
私も当時は死ぬほど痛かったし、足しびれて死ぬかと思った。





「だから助かったよ!」
「けど、いいの? 両親心配しないの?」
「大丈夫だろ。ま、血眼で捜してるだろうけど」
「え、それヤバいんじゃ……」
「いいんだよ。今までのささやかな抵抗だよ」



ああ、そうか。
この子は今まで家族のために文句を言わず苦労してきたんだ。
少しくらい羽目をはずして抵抗してもいいはず。


ああ、なんだか、目の前が霞んで……。




「貧しい俺(大うそ)を助けてくれるよな、おねーさん」






上目遣いでそう言われて、私の心が固まった。





「まかせろ!!」



(嵐の元凶、来たる)
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