店の戸が開いた。 「いらっしゃいませー! ……ってゼノさん! 今日も来てくださったんですか!」 「いや、時間があったんでな」 「そうなんですか」 本当にここの蕎麦を気に入ってくれてるんだなあと嬉しくなる。 「今日はわし一人じゃないんじゃ」 「え?」 ゼノさんが店の中に入ってくるとその後ろに大きな体が見えた。 暖簾が邪魔で顔は見えないけど、誰だかわかった。 ……あの人だ。 あれ、もう怖くないと思ってたのに。 なんで私固まってるんだろう。 普通に接せると思ったのに。 「……やあ」 暖簾をくぐって目が合う。 半年ぶりに見た顔は半年前と全く変わらない。 少し不機嫌そうだけど。 「ひ、久しぶり……」 「……」 返事は帰ってこない。 どんだけ嫌われてるんだ。 「じゃ、じゃあ、お茶を用意しますね!」 動揺を隠すためにわざと大きい声でゼノさんに言った。 普通に、普通に。 ……あれ、どうやって歩くんだっけ。 なんか、歩き方変だ。 右左と数えながら歩いてると、机に足がひかかった。 「わっ!」 がしゃん、と机が揺れたせいで上に乗ってた皿が落ちる。 やばいやばい! と思ったら床に落ちる寸前で皿が消えた。 「え?」 「……どんくさ」 声がする方を見ると右手に皿を積み重ねて不機嫌そうに立つあの人。 「え、あ……え?」 「なに」 「この、皿って……落ちたやつ?」 「……」 当たり前だろとでも言いたそうな表情。 ものすごく面倒くさそうだ。 「す、すごい……」 「は? すごくないし」 持っていた皿をさっきまであった場所に置くと長い髪をなびかせてゼノさんのところに帰った。 「さっさとお茶入れれば」 「あっ、は、はい!」 ぼーっとしてた目が覚めて急いで厨房に戻った。 なんでゼノさん笑ったたんだろう。 私が躓いたのが面白かったのかな。 うわ、恥ずかし。 すぐにお茶をいれて二人のところに持っていく。 「ゼノさんはいつものですよね?」 「ああ、頼む」 「えっと……」 なんて呼んだらいいんだろう。 名前呼びはやばいよね、殺される。 あんたとかお前とも呼びにくいし……。 「き、キルアのお兄さんはどうする?」 ……これが一番しっくりくるな。 「……なんでもいい」 「あ」 そっか、メニュー見ても何がどんな料理かわかんないもんね。 「きつねうどんとかどう? 食べやすいと思うよ」 「じゃあそれ」 「はい、かしこまりました」 速攻で決めたのに苦笑いして、厨房にいるお父さんにメニューを伝える。 数分して出来上がった天ぷらそばときつねうどんを持っていく。 「おまたせしましたー」 ふたりの前に置くと同時に食べ始めた。 ゼノさんはいつものように美味しそうに食べてる。 キルアのお兄さんは……どうなんだろう。 まずいんだろうかうまいんだろうかわかんない。 無表情だし。 「どう?」 「……普通」 「は、はは、そっか」 また微妙な返事を……。 けどあれだけ肥えてる舌を持ってるのに箸が止まってないってことは少なくとも口に合わなかったわけではないみたい。 良かった。 ほっと胸をなで下ろす。 「なまえちゃーんお勘定ー!」 「あ、はーい! ただいまー!」 二人にごゆっくりと伝えて他のお客さんのところへ行く。 今日も美味しかったよなんて言ってくれるおじさんに笑顔でありがとうございますと伝えてお釣りを渡す。 こういうこと言ってくれるお客さんは本当にありがたい。 この仕事してて本当に良かったと思う。 それから会計を何人かして戻るとカウンターに座る二人はもう完食していた。 相変わらず食べるの早いなー。 ゾルディック家はみんな早食いなのか。 そういえばキルアも食べるの早かったような。 「今日もうまかったのう」 「ありがとうございます」 丼を下げる。 キルアのお兄さんの丼には汁が残ってなかった。 思わず口角が上がる。 「気に入ってくれたようで良かった」 「……別に」 無表情だったけど、別になんとも思わなかった。 否定しないってことは気に入ってくれたんだ。 流しに丼をおいて会計をするために戻るとお札が置かれていただけで、もう二人はいなかった。 「あ、またおつり……」 お札を握って閉められた戸を見る。 もう、帰っちゃったんだ。 (少しくらい、声かけてくれても良かったのに) [戻る] ×
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