何でだろう。 さっきせっかく人生最大のピンチを抜け出したってのに、また人生最大のピンチが訪れてるんだろう。 首を絞められたところをキルアに診てもらって部屋でゲームしてるまではまだ幸せだったのに。 まさか晩御飯に呼んでもらえるとは……。 てっきり、キルアの部屋に運ばれてくるものだと思ってたのに。 まさか、家族全員で食卓を囲むなんて。 視線が痛すぎて死にそう。 まだ食堂に入って一分も立ってないけど、帰りたい。 「あ、あの、おじゃましてます……」 とりあえず、挨拶したけど無言。 怖い、怖いよ。 おじいさんとお父さんは何事も無かったかのようにテレビ見てるし。 ってか、ご飯のときにテレビ見るんだね。 てっきりこういう金持ちの家はご飯のときにテレビを見るなんてはしたないって思ってるのかと思った。 やっぱり、殺し屋しててめちゃくちゃ金持ちってところ以外は一般家庭とそんなに変わんないんだなあ。 けど、一般家庭と変わらないのはおじいさんとお父さんだけだ。 ほかはめちゃくちゃ私を見てる。 キルアは、飯だー! って喜んでるからこの視線に気づいてない。 助けてよ、キル君。 こんなに見られたらおねーさん穴開いちゃうよ。 真ん丸い子が観察するように私を見てくる。 ちょ、悪いけどなんだか気持ち悪い。 お雛さんみたいな子が明らかに敵を見る目で見てくるんだけど。 綺麗なお顔なのに眉間にしわがよってて台無しだよ。 キルアのお母さん、なんだろうか。 うん、お母さんだよね、あのゴーグルみたいなのつけてる人。 ザクみたいなんだけど。 一番この人が怖いよ。 あのゴーグルからビーム出てきそうだよ。 しかも、ハンカチ噛みながら、キィー! って言ってるし。 この泥棒猫がって言われそうな勢いなんだけど。 嫌われてるよね、明か。 ああ、居心地悪すぎて禿げそう。 まだ、あの悪魔がいないだけマシだよね。 うん、それだけでも救われたって思わないと。 とりあえずうつむいてやり過ごそう。 そんな風に思いながら料理を食べた。 「わ、おいしい」 「おう、ここの飯はシェフが作ってるからうまいだろ!」 「うんめちゃくちゃおいしい。こんなの食べたの初めて!」 「まあ、口に食べ物が入ったまま喋るなんてマナーがなってないわ。それにフォークとナイフの使い方も……」 「す、すみません……」 こ、怖いよ。 何でこんなに注意されなきゃなんないの。 仕方ないじゃん、私はそんな教育受けたこと無いんだから! けど、そんなこと口が裂けてもいえないしなあ。 どうしよう。 「おいおふくろ、あんまなまえを怒んなよ」 「ま、まあっ! キルはこの小娘を庇うのっ!?」 「庇うも何も、なまえは一般人なんだからテーブルマナーとか知らなくて当たり前だろ」 「っ!? か、悲しいわ、キル。弱いものを護って、私を責めるなんてなんて……! わ、わたしはただ」 あれ、弱いものを護るって普通じゃないの? ……あ、そうだ、この家はゾルディックだった。 「ただもなにもねーよ。なまえを怒んなってい……」 「き、キルア、もういいから! ね?」 「そうか?」 「うん、ありがとう」 怖いよ、お母さん。 許さないわ、絶対に許さないわ、小娘。 よくも私の可愛い可愛いキルを……! そんな怖いことつぶやきながら睨まないでもいいじゃないですか。 いや、睨んでるかどうかもわからないんだけど。 まあ命の危険度が上がったのは確実。 ため息を吐きそうになるのを必死でたえて料理を口に入れた。 「うえ、赤ピーマン……」 舌を出しながら赤ピーマンを除けようとしたキルアの腕をつかんだ。 「こら、好き嫌いはだめだって」 「えー、なまえ食べてくれよ」 「はあ? 何言ってんの、自分で食べな……」 「あ、そうだった」 私が注意しようとすれば、キルアは思い出したように声を漏らした。 「オレの飯毒入ってるからなまえには食わせられねーんだった」 「え」 フォークとナイフを落としそうになった。 何でご飯に毒入ってんの!? 「ど、毒?」 「うん、耐性つけるために乳離れしてからずっと毒入ってる」 「へ、へえ」 殺し屋ってただ人を殺すだけじゃだめなんだ。 毒食べるって……。 なんて世界だ。 私には到底理解できない。 「大変だ……」 思わず本音がぽろりとでた。 もしかしたら、眉間にしわがよってたかもしれない。 「あら貴女、ゾルディック家の教育方法に何か不満がありまして?」 怒りのせいなのか、震える声でそう言われた。 こ、こわい。 悪魔とは違う怖さだ。 「い、いえ、滅相も無いです……すみません」 ああ、こんな姑のところには絶対嫁ぎたくない。 ってか、私この家族に嫌われすぎじゃない? あの真ん丸いぽっちゃり君はもう興味なさそうに料理を貪ってる。 私よりもあのこの方がマナーがなって無くないか!? 一週間何も食べてなかったくらいのがっつき方なんだけど。 まあ、あの子は放っておいて。問題はあの小さな子だよ。 怖いよ。 お母さんとはまた違う怖さだよ。 ……うーん、キルアを取られた気分なのか? ああ、お兄ちゃんをとられて悔しいんだね。 けど眼力がそんな可愛い嫉妬からきてるものだけじゃない気がするんだけど。 どう見ても、殺したいくらいに憎そうな顔してるよね。 長年探し続けていた親の敵を見付けたときのような目なんだけど。 ……うん。キルアってば愛されてるね。 キルアへの愛が伝わりすぎて私、押しつぶされそうだよ。 とりあえずどこかで一人になりたい。 「あ、あの……トイレ借りてもいいですか」 「まあ! 食事中にトイレだなんてなんて下品な!」 申し訳ないけど、この際お母さんの言葉は無視させていただくよ。 「あーオレが案内するよ」 「ううん、いい。場所だけ教えて」 「出て右を突き当りまで行ったらトイレ見えるよ」 「ん、ありがとう。じゃ、じゃあ、失礼します」 まだ、お母さんがなんか文句言ってるけど、これも無視させていただいた。 うん、小さな子が穴が開きそうなくらい睨んでくるけどこれもスルー。 ……偉そうに無視とかスルーとか言ってるけどただ単に何もいえないだけだけど。 ああ、私ってチキンなんだ。 うーん、結構度胸あるほうだと思ってたのになあ。 けどまあ、ゾルディックにチキンにならない人なんて限られてるよね。 私は正常だ。 席を立って部屋を出ようとすれば一人の執事さんに声をかけられた。 「僭越ながら私が案内いたします」 「え、あ……大丈夫です。一人で行きます」 「かしこまりました」 もう少し食い下がってくると思ったけど。 意外とあっさり。 うーん。この家は食い下がると怒るんだろうか。 そうだよね。だからそうやって執事さんは学んだんだろう。 執事も大変だなあ。 部屋を出て、長い廊下を進む。 「え」 ちょっと待って。 突き当りが見えないんだけど。 私はそんなに視力がいいって言うわけじゃないから、見えないだけ? いや、けどめがねは掛けなくても見れるくらいの視力はある。 ああ、廊下が長いんだね。 そりゃそうだ。山一個所有してる家の廊下が短いわけない。 「やっぱり、金持ちなんだなあ」 確かにキルアは育ちのよさそうな雰囲気を持ってるけど、正確はそこらへんの子供と変わらない。 少し違うところがあるのは、ほかの子よりもマセガキだってとこだけ。 そうだと思ってたのに、まさかこんな金持ちでしかも殺し屋なんて。 なんか世界が違うんだなあ。 「けどまあ、キルアはキルアだし別にいいか」 なんて思いながら手を首の後ろで組んで少し見上げると、人がいた。 「あ」 やばい、どうしよう。 殺される。 「なにしてんの」 「っ、え、あの……」 キルアもキルアのお父さんもおじいさんもいない。 止める人がいない。 絶対に殺される。 「答えてよ」 「とっ、と、いれ……」 目の前にいる悪魔が私の行く道をふさぐように立っている。 「ふーん」 逃げないと。 ああ、けど逃げてもすぐに追いつかれて殺されるか。 もう死ぬことは決定してるのか。 それなら、最後に抵抗でもしてやろうか。 ……そんなことする前に殺される。 結局一矢報いてやるなんて無理なんだ。 最悪だ。 睨むことしか私にはできないのか。 仕方なしに、最後の悪あがきでめちゃくちゃ憎しみをこめて目の前の悪魔を睨んでやる。 「……わからない」 「え」 「お前を見てもなにも湧かない」 「なにを、いって……ぐっ、あっ!」 無表情で言葉を漏らす悪魔が理解できなくて聞き返すと首を絞められて壁に押さえつけられた。 頭と背中が痛い。 押さえつけられたなんて生ぬるい表現じゃない。 これは、叩きつけられた、だ。 首はさっきほど苦しくなくて、簡単に殺してしまわないように加減して締められてる。 けど、いくら加減されてても、苦しいし、痛い。 キルアがいないだけでこんなに違うのか。 さっきは、キルアを護らないと、とか、キルアを不安にさせないようにしないとって思ってたからか、何とか大丈夫だったけど、今は違う。 一人は、こんなに不安になるのか。 さっきよりも何倍も怖い。 さっきよりも力は緩んでるはずなのに何倍も苦しいし、痛い。 死んでしまう。 「泣いてるの?」 「げ、あっ……う」 「ああ、やっぱりわからない」 「な、にっ、……を」 「お前に憎悪は湧くけど、それ以外は何も湧かないし感じない」 悪魔は考えているのか、絞首の手が緩んだ。 ああ、息ができる。 それだけで大分安心する。 それでも店のときよりかは何倍も不安なんだけど。 「なんで、親父とじいちゃんはお前なんかに興味を持つんだ。それにキルもお前に懐く」 目の前の悪魔は相変わらず無表情。 その瞳に私は映っているけど、悪魔自身は私を見ていない気がする。 あれ……? さっきの雰囲気と全然違う気がする。 怖いのは変わりない。 けど、なんだか困惑してる……? 「オレが、」 また、雰囲気が変わった。 ……なにかに怯えてる? いや、その表現はおかしいと思う。 わからない。 私は人の心を読めるわけがないんだから、わからないも当然だけど。 劣等感? それに似ているけど、何か違う気がする。 ああ、考えても意味が無い。 けど、確実に悪魔の印象が変わった。 「オレが、黒髪だから」 もう、悪魔と呼べない、呼んではいけない気がした。 「オレに、才能が無いから」 この人は、計り知れない闇を持ってる。 「うっ! っぐ、ぇ、あ"あっ……」 「だから、わからないのかっ……」 苦しい。本当に殺される。 このままだと窒息死じゃなく、首を折られて死ぬ。 けど、どうしてだろう。 あまり、怖くない。 死ぬことよりも、目の前のこの人を助けないと、と思った。 霞む視界と遠のく意識を叱咤して手を目の前のこの人の腕に添えた。 「っ、だ、じょ……ぶ。わ、たしっ、つ……てる……か…………」 たぶん目の前の人には私の言いたいことは伝わってない。 けど、もう耐えられなくて、 私は起きることをやめた。 「っ、お前がついてたら、なんで大丈夫なの……」 (伝わってた、心の底からの言葉) [戻る] ×
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