「しーんすけっ」 「なんだ、なまえ」 振り向く前に声だけで私と分かって名前を呼んでくれたことに心の中で舞い上がってしまう自分は単純だな……。 「なに笑ってんだァ?」 振り返った晋助は右の口角を上げて私の髪を梳いた。 「え、笑ってる!?」 心の中だけで舞い上がって、顔には出てないと思ってたのに……。 にやけを止めようと、顔をぺちぺちと叩くけどおさまりそうにない。 「ね、ねぇ、映画鑑賞の時みんな泣いてたのに晋助は泣いてなかったでしょ?」 せめて、晋助の注意だけは逸らそうと、今日の出来事の話を始める。 「あぁ」 しかも映画中だってのに、携帯いじってたし。 映画の内容なんて毛ほども興味ないのか、上映中にスクリーンに目をやったのは、たったの5回だし。 ってか、私よりも後ろの席だった晋助が目を何回うつしたかって数えている時点で、私も見ていないのと同じなんだけどね。 「大体、映画ぐらいで泣ける奴の気がしれねぇ」 「じゃぁ、どんな物だったら泣けるわけ?」 「どんなモンでも泣かねぇなァ」 「なんで?」 「俺の涙は安くねェからだ」 フン、と鼻で笑った晋助の顔は夕焼けで少し紅く染まっていて艶美だ。 笑っただけで、こんなに絵になるのは晋助くらいだろうな。 確かに晋助の涙は高そう。 晋助が泣くのってもちろん見たことないし、小学校からの同級生だって見たことないんだろうな。 子供の頃から俺様そうだし。 「いくら出したら泣いてくれる?」 「100億」 「小学生か」 理不尽な金額に思わず噴く。 100万位だと思ってたのに、まさかの1億倍。 まぁ、晋助らしいといえば晋助らしいけど。 「お前は俺に泣いて欲しいのか」 「うん。だって、晋助の泣いてるところ見たことないし」 「んなもん見たって何の得もねェだろ」 「損得の問題じゃなくて……とりあえず、泣いてるとこが見たいんだって」 「断る」 即答なんてずるい。 もう少しぐらい考えたって良いのにさ。 私にでも泣くところを見せるの嫌か! 「じゃあ、晋助は私が死んでも泣かないんだ」 膨れっ面で小さく呟くと、晋助は隻眼を少し見開いて私のほうに向いた。 けどそれは一瞬の出来事で、直ぐ前に向き直り喉を鳴らした。 「なによ」 「いや、お前が死んでも俺は泣かねェと思ってなァ」 「え……」 あ、やばい。軽くショック。 せめて気が向いたら泣いてやるよ的なことを言ってもらえると思ってたのに。 まさかの泣かない宣言? 晋助くん、それは酷いよ。 軽く泣きそうになっちゃったじゃないか。 ま、晋助は誰が死んでも泣かないだろうな、って薄々気付いてたけど。 「理由は」 「え?」 「理由は訊かねぇのか」 「訊いて欲しいの?」 「別に」 短く言い捨てて、早足になった晋助。 コンパスが違う私には少し駆け足にならないと追いつかない。 「ちょ、待って!聞きたい、教えて!」 おいてかれそうになって慌てて止めた。 ただでさえ歩くのはやい晋助に早足になられたら確実においていかれる。 私が必死に止めたからか、晋助はぴたりと立ち止まった。 そんなに聞いて欲しかったんだ……。 晋助も大概子供だな。 少し笑いそうになるのを止めて、振り返った晋助と視線を交わす。 「お前が死んだら俺も死ぬからだ」 「え?」 「だから、泣いてる暇なんてねェんだよ」 「意味わかんない。なんで私が死んだら晋助も死ぬのさ」 「決まってんだろ」 さっきの人を小馬鹿にした笑いじゃなく、穏やかに笑った。 いつの間にか人通りが殆どなくなった道に夕日を背にして佇む晋助は他の男なんかゴミにしか見えないほど格好良い。 「なまえがいねェ世界なんてよ、生きてる価値ねェだろ?」 「なっ……」 「だからお前が死んだら俺も死ぬんだよ」 強い目線を向けられて私は晋助から顔を逸らした。 湯気が出てきそうなくらい私の顔真っ赤だ……。 今のはどう見ても反則じゃん。 「よくそんなくっさい台詞言えるよね」 「本当のことだからなァ」 「ばーか。まぁ、私も晋助が死んだら泣く前に死んであげる」 そう歩き出した時に呟くとくつくつとまた喉を鳴らす音が聞こえた。 「そりゃ、ありがてーな」 「あの世に一人じゃ晋助寂しいだろうしね」 「理由はそれだけか?」 色香をふくんだ笑みで見つめてくる晋助にとびきりの笑顔を見せてあげた。 「晋助のいない世界なんて、生きてる価値ないから!」 死なばもろともに (これが、運命共同体ってやつだよね?) [戻る] ×
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