ゲシュ(禁忌)



 クーフーリンは友の身体を両腕に抱いたまま意識を失った。ロイグが彼を戦車にのせ、北峡谷の避難場所をめざし一目散に疾走したことも一切知らなかった。

「アルスターの男は殺され、女は連れ去られ、牛が掠奪された。クーフーリンがたったひとりでアイルランドの四軍と戦って、北峡谷を死守しているぞ!」ロイグはエヴィン・ヴァハじゅうを叫んでまわった。だがふぬけのようになった戦士たちの耳には入らなかった。
 絶望したロイグは再び馬に乗り、クーフーリンのところに飛んで帰った。だが、実はロイグの叫びを受けとめた者がいたのだ。ナマエたち、女たちだった。「王様、聞こえないのですか? お立ちください、コノール王! 戦士たちを起こし、クーフーリンを助けに行ってください!アイルランド軍と戦って、せきとめているのは『アルスターの猛犬』ただひとり。力をふりしぼって、立ちなさい、王よ!」

 ゆっくりと『大衰弱』は解けていった。戦士たちのしびれた頭に女たちの言葉が届きはじめ、元の赤枝戦士団の目にもどっていった。彼らの妻が知っており、彼らの敵も忘れない、あの戦士の目に。ついにコノール王は立ちあがり、戦士たちの招集をかけた。
 アルスターじゅうにそれを伝えたのは女だった。戦いがはじまったときと同じく、女たちは駆けまわり、戦争ののろし火が再び上がったことを伝えたのだ。やがて召集をうけた戦士たちがぞくぞくと集まってきた。数日のうちに、軍備は整い、万全の状態でメイヴ軍と対峙した。
 メイヴ軍はアルスター軍接近の報を受けて、すでにコノートに向かって退却中だった。とてもではないが、無傷のアルスター軍と戦える状態ではなかったからだ。だが二手に分かれたアルスター軍に、巧妙に挟み打ちにされ、どうしても一戦交えないではすまなくなった。そして女王の軍は打ち砕かれ、彼女が慈悲をもとめて手を差し伸ばすところまで追い詰められて、戦いは決着した。


「アルスターの勝利よ!男たちが帰ってくるわ!」
 遠くまで伝令で出ていたナマエは、いちはやく勝利の一報を受け取ると、エウィン・ヴィハに駆けもどり、館々をまわって女たちと抱擁をかわした。クーフーリンの帰りを誰よりも待ちわびているエウェル姫にも伝えにいった。
「ああ――ようやく帰ってこられるのね」エウェルはながいため息のあと、ゆっくりとナマエの胸に体を預けた。「ありがとう、ナマエ。あなたが走り回ってくれたおかげで、女たちは館を守るために立ち上がり、衰弱した男たちを守った。クーフーリンが背後を気にせず、全力で戦えたのはあなたのおかげだわ」
「いいえ、エウェル様。クーフーリンが全力で戦ったのはアルスターの名誉のためだけでなく、あなた達を守るためです。どうか彼が帰ってきたら真っ先に迎え入れてあげてください」
 ナマエは自分とは違う細い肩を抱きとめた。こんな細い肩で、戦場で戦うクーフーリンを想うのはどれぐらい心細かっただろう。ナマエは不安をまぎらわすために走り回った。だが、炉ばたの側でじっと待つ身はどれほど辛かったか。この瞬間はどんな立場でも関係なく、かれが帰ってくるという喜びを分かち合いたかった。

 夜が明けると戦士たちが帰ってきた。ナマエはすぐに愛馬を見分け、たちのぼる砂埃と押しあう戦車をすり抜けてマハに駆け寄った。鼻先にそっと林檎を差し出すと、マハは匂いをかぎ、優しく低い声でいなないて林檎にかじりついた。まるで母馬に甘えるような声だった。
「やっぱりナマエが一番にくると思ったよ」
 兄のロイグが戦車の上からナマエに声をかけた。「たくさんねぎらってやってくれ。戦でクーフーリンの次に敵をけちらしたのはマハたちだ。本当によく戦ってくれたよ」
「ナマエ」
 同じく戦車からふってきた声に、ナマエは胸が張り裂けそうになった。「おれからも礼を言おう。戦場ではおまえの兄や愛馬がおれを助けてくれた。だが、お前から大事なものを引き離してすまなかったな」
「クーフーリン……」
 ナマエとクーフーリンは視線を交わした。疲れきって戦車にもたれかかり、至る所に血がにじんでいたが、かれは英雄の気高さを保っていた。戦車から降りるのをロイグが助け、その反対をナマエが支えた。かれがどこに行きたいかは分かっていた。

 館の戸をひらき、二人に支えられてクーフーリンが入ってくると、中からはじかれたようにエウェルが出てきた。彼が帰るのを待ちわびていたのか、家の中は整えられ、暖かい火が炉ばたで楽しく踊っている。彼女はクーフーリンをみるとあちこちについた傷に涙を浮かべた。「おかえりなさい、あなた。エウェルは館を守っておりました」
 傷ついた体に触れることをためらうエウェルに、クーフーリンは腕をひろげて彼女を抱き寄せた。抱きしめられた彼女の体が震えて縮まる。ナマエとロイグはそっとクーフーリンから離れて、館をあとにした。
 日が暮れて、盛大な宴が王の館でひらかれた。宴の主役はクーフーリンだった。クーフーリンがたった一人でアイルランド全軍を食い止めたことを王が讃えると、多くの戦士たちが取り囲み、溢れんばかりに酒をついだ。だが彼がときおり優しい視線をおくるのは、やはり遠くで長椅子に座っているエウェルだった。
「戦士たちの気が利かぬのは今に始まったことではないが、長いあいだ留守にしていた夫まで妻から取り上げるようでは末代までの笑い草だな」コノール王はクーフーリンを気づかって言った。「戦士たちよ、宴はあと六日続けようぞ。クーフーリンと語らう時間はたっぷりあるだろう」
 クーフーリンは笑いながらも傷口を押さえつつ、エウェルと共に宴をあとにする。
 ナマエはその様子を、柱にもたれて杯を傾けながら見ていた。ふと、兄のロイグが自分をじっと見ていることに気付いて視線をそらす。ロイグは静かに隣へやってきた。
「……ナマエ、この機会にドレスを着ておんなたちの輪の中に戻ってはどうだ」
「なんのこと?」
 ナマエがはぐらかすと、ロイグは言った。「おまえが戦いで奮闘してくれたことに心から感謝している。だが、お前が必死だったのはアルスターのためだけではないだろう。 昔から、お前はおれのあとをついて回るような妹じゃなかった。クーフーリン――セタンタが目当てでついてきていることぐらい、分かっていたさ」
 ナマエは兄に背を向け、顔を伏せた。
「じゃあずっと私の気持ちを知っていたんでしょう。どうして止めるの」
ロイグは言い聞かせるように言った。「…わかっているはずだ。お前はまだ若いし、望めば炉ばたに入れてくれる男だっている。でも、クーフーリンは別格だ。それにエウェル様もいる。ありもしない望みは捨てろ」
「………」
「だんまりか」
 こっちを向け、と言って手をひいたロイグを、ナマエは振りほどいた。ロイグはもういちど腕を掴もうとしたが、ナマエの持った杯が細かく震えているのを見て、諦めた。久しぶりに会えた妹を困らせたいわけではなかった。
「べつに、お前の生き方をどうこう言うつもりはないんだ。
 だが兄として、たった一人の家族であるおまえが不幸せになるような道をたどって欲しくないだけだ」
「………」
 黙っているナマエに対し、ロイグは「先に戻って休む」と言い残して宴の席を立つ。
 兄の背中を見おくりながら、レイリは言えなかった言葉を心の中で呟いた。
――もう女としてクーフーリンのそばに立つ望みは持っていない。ただ、側にいたいだけだ。
 それでいいのだと正直に話しても、兄はナマエを心配し続けるだろう。むしろ哀れに思うはずだ。好きな男の背を見つめつづける妹なんて。
 杯の中身を飲み干すとナマエも外へ出たが、館に戻って兄と顔を合わせる気にはなれなかった。丘を登り、マハのいる厩舎で夜を明かした。



 浅瀬の戦いでフェルディアが死んでから、時が流れ、また流れた。クーフーリンは体の傷は癒えたものの、心は深い傷を負ったままだった。何事にも喜びを見出すことができず、狩りに出ても、エウェルの手に触れてさえ、少しも楽しむことはなかった。だがそれでも、少しずつ少しずつ、クーフーリンの心の傷口もふさがっていった。たぶん完全に癒えることは生涯ないのだろう。
 クーフーリンは多くの冒険に出かけた。冒険先で恋に落ちることがあっても、じきにその新しい恋人を忘れてしまい、しばらくするとエウェルの元へもどってきた。エウェルは、夫が自分から帰ってくるまで待つことを学んでいたので、館のりんごの木の下でじっと待っていた。
 クーフーリンがスカサハのもとで武芸の修行に励んだときから、何年もの時が流れていた。クーフーリンはあの『金髪のアイフェ』のことも、ほかの女たち同様、すっかり忘れたのだろうか。そうとも言えるし、そうでもないとも言えた。というのもエウェルには、いっこうに子どもを授かる様子がなかった。そこでハーリングをしている少年たちをみかけることがあると、クーフーリンの心に、自分の息子が遠い『影の国』のどこかで育っているかもしれないという思いがよぎるのだった。そのときエウェルはクーフーリンの心中を察し、小さな鋭い刃物で胸を刺されるような痛みをあじわった。
 さて夏のある日、クーフーリンはエウェルと一緒に女たちの部屋にいた。そこへ王の召喚命令が届いた。浜辺に一人の少年があらわれて、どこからきたのかと王や戦士たちが聞いても答えない。聞き出そうと次から次と戦士をやっても、少年は巧みな武芸でやっつけてしまうのだという。クーフーリンであれば片付けることができるだろう、王はあせりを感じて彼を呼びにいかせたのだった。
 ただちに応じようと、武器を手にしかけたところを、エウェルが引きとめた。エウェルは柔らかな長椅子に座っていたが、すっくと立ちあがってクーフーリンの腕をつかんだ。「クーフーリン、行かないでください!」
 クーフーリンは憂いを含んだ顔に、笑いを浮かべた。「行くなと言うか、王のお召しだというのにか?」
 エウェルは即座に言った。「あなたは病気ですわ。頭が痛いと、ついさっき言ったばかりではありませんか。王にはわたしから、そのようにおことわり申しあげますから」
「エウェル、ばかなことを言うな。おれは頭など痛くない。なぜ行ってはいけないのだ?」
「わかりません。でも……アイフェが産んだあなたの息子というのは、その少年のような子どもではありませんか。わたしにはそんなふうに思えてなりません」
 だが、クーフーリンはエウェルにくちづけし、彼女の腕をはらった。「さあ、離してくれ、いい子だから。王がおれを呼んでおいでだ。たとえ息子のコンラであったとしても、必要とあらば、殺さなさなければならない。アルスターの名誉を守るためだ」
「名誉ですって!」エウェルは叫んだ。目が悲しげに燃えていた。「名誉、名誉って、男はいつも名誉を持ちだすのね! 真実よりも、愛よりも、名誉が大事なのよね。そうやって男たちは永久に殺しあい、殺されあうんだわ。後に残された女たちの心などどうでもよいことなのでしょうね」
 それでもクーフーリンは立ち止まらなかった。大股で戸口に向かい、ロイグを呼んで戦車の準備をするよう、命じていた。
 エウェルは立ち上がり、館から飛び出すとナマエを探した。そして厩舎で馬の世話をしているナマエを見つけると――すがるような声で、彼女に嘆願した。
「おねがい、ナマエ。クーフーリンをとめて。かれは王の命令にしたがって少年を殺しに行ったわ。嫌な予感がするの」
「エウェル様」ナマエはとつぜん現れたエウェルに動揺しつつ、落ち着かせようと言葉をかえした。「あなたの心配がどこから来ているのか、くわしく聞かなければ分かりません。でも今は事情を聞いている状況ではないのですね。わかりました。行って、クーフーリンを止めてみましょう」

 ナマエは足の速い雄馬にまたがると、一目散に海岸に向かって駆けた。地面には戦車のわだちが残っていて、追うのは容易だった。だがマハとセイングレンドの疾走に追いつける馬はいない。懸命に走らせて、ナマエが追いついたときには、すでにクーフーリンと少年が浜辺で向かい合っているところだった。
 その少年を見たとき、ナマエにはエウェルの言った嫌な予感の意味がわかった。アイフェとの息子コンラのことは聞いている。本人でなくても、同じころの少年の命を奪えばクーフーリンの心はどれだけ苦しむか。ナマエは王や戦士たちの近くにいたロイグに話しかけた。
「ロイグ、クーフーリンを止めなければ…!きっとよくないことになるわ」
「分かっている。だが、クーフーリンに命じたのは王だ。アルスターとかれ自身の名誉のために、断れないことだ。
 予感だけで止めさせようとするなど女人の考えだな。絶対に手出しするなよ」
「そんな……」
 前に出て行こうとしたナマエの腕をロイグはつかんだ。ロイグの力は強く、冷たい表情で、これほど兄を恐ろしいと思ったのは初めてだった。


 問題の少年は波打ちぎわに立っていたが、元気いっぱいで、投げ槍を軽く放って光る弧を描いたり、槍を陽光のもとで回転させたりと、遊んで時間をつぶしていた。クーフーリンは少年に近づいていった。「ぼうず、うまいこと武器を使って遊んでいるな。おまえの国では赤ん坊にそんな遊びを教えるのか?」
 見事な金髪の少年は笑いながら答えた。「目がいいやつにだけだよ。この遊びはそれなりに危険だからね」それからまた槍を回転させて、空中に投げた。そして、穂先がクーフーリンの胸先わずか指一本のところを回りながら降りてくるのを、さっとつかんだ。見事な腕前だった。
「教えてくれ、ぼうず。おまえはだれで、どこから来た?」
「言うわけにいかないんだ」少年は静かに槍を手にしていた。
「アルスターの国境を越えていながら、名前も、どこから来たかも言わなければ、この先、長く生きる望みは持てないが」
「そうかもしれないけれど、でも言わない」
「では何も言わぬまま、死ぬ覚悟をするがいい」
 その言葉が終わるか終わらないうちに、ふたりは同時に砂州に飛びだした。剣がかちあう。足もとには海水が飛び散り、ふたつの刃からは火花が飛び散っては、海風に消えた。クーフーリンは自分に匹敵する剣の使い手に出会ったことを知り、互角に戦えるという激しい喜びに胸をつらぬかれた。
 クーフーリンはのど元で鋭く笑うと、自分の剣をうしろの砂地に投げ捨てた。「剣技はここまでだ」そして山猫のように少年に飛びかかった。ふたりは組み合ったが、髪の毛一筋ほども少年を動かすことはできなかった。
 長い長い、戦いだった。しばらく組み合ったあと、突然ふたりは組み合ったまま滑り、悲鳴と武器ががちゃつく音を響かせて、浅い海が泡だつなかに転げ落ちた。上になったのは少年で、腕でクーフーリンを捕らえたまま、ひざを胸にかけて海中に組み敷いた。
 クーフーリンは溺れかかった。胸が焼けるように苦しく、耳はガンガン鳴り、目はくらんで闇となった。息が止まりかかったが、そのときかすかに、浜辺から叫ぶ声が聞こえた。そして、なにかがブーンと音を立てて、ふたりがのたうちまわっているあたりに飛んできた。クーフーリンが渾身の力をふりしぼって片手を水面から突き出すと、大槍が届いた。手が柄をつかんだ瞬間、ロイグが『ゲイ・ボルグ』を投げたのだとわかった。クーフーリンは気が遠くなりながらも、半身を起こして腕を引き、死のひと突きを見舞った。
 手応えがあり――同時に、クーフーリンの胸にぞっとする記憶がよみがえった。槍はかつてフェルディアの腹を裂いたのと同様に、今、少年の腹を裂き、砂州全体を血の赤に染めていた。
「そんなのスカサハは教えてくれなかった」少年はさけんだ。「おれは傷を――傷を負った――」
 クーフーリンは少年の弱った体を引き離すと、持ち上げて岩の上に置いた。おかげで少年の指に金の指輪があるのがわかった。十五の夏をさかのぼった昔、自分がアイフェに与えた、あの指輪が。
 クーフーリンは少年を腕に抱いて、海から運び、コノール王と戦士たちの前の、白い砂の上に横たえた。「わが息子コンラを仕留めました」クーフーリンの声は、暗く冷たかった。「もうこいつを恐れる必要はありません、わが王よ」
「この人が王?」少年にはまだ息があり、弱々しく聞いた。
「こちらがコノール王。おまえの親族であり、王だ」クーフーリンはひざまずいて少年の体を支えて答えた。
「もしおれがあと五年生きて、大人になって、あなたの戦士の仲間になったら、おれたちは世界を征服したかもしれませんね――世界のどこまでも」そして少年は、もう遠くに行ってしまった者のような目で、父親の顔を見あげた。「でも、こういうことになってしまった。せめて父上、ここにいる有名な戦士たちを教えてください。おれはよく、赤枝の戦士たちのことを思っていた」
 そこで赤枝の戦士たちは代わるがわる少年の横にひざまずいて、名を名乗った。すると少年は言った。「ああ、偉大な戦士たちに会えて、とっても嬉しいや。でも、もう、行かなきゃならない時がきた」
 そして父親の肩に顔をうずめて、生まれたばかりの赤ん坊のようにか細く、もの悲しげな声で、一度だけ泣いた。こうして少年から命が消えていった。

 クーフーリンがゲイ・ボルグを使ったのは生涯をおいて、これが二度目で、そして最後だった。この槍で一度目は最愛の友を、二度目は自分の一人息子を殺したのだ。

 ――『炎の戦士クーフリン』より抜粋。
    一部省略のため改変。



 アルスターの戦士たちは墓をつくるため、力の抜けたクーフーリンから少年の遺骸をうけとった。少年をはなすと彼はそのまま砂浜に座りこんだ。ナマエは兄の手を振りはらい、クーフーリンに駆け寄ってかれの肩をささえた。肩は息子コンラの血でよごれていた。
「クーフーリン」
 ナマエの呼びかけに、かれはうつろな目でこたえた。「ナマエ――おれが、こんどこの槍をつかうときは、いったい誰を殺すのだろう――おれは親友を殺し、息子を殺した。それ以外に、なにを?」
「………」
「いっそおれは、この槍などなければと思う。だがこの槍を手放してしまえば、おれは力を失い、おれの名誉も、大切なものも守れなくなってしまう」
 ナマエはそっと英雄の頭をだきよせた。額に熱がこもり、かれの血がのぼっているのがわかる。魔槍は太陽のもとで妖しくかがやき、穂先はまだコンラの血で汚れていた。
「槍は私がもっておくわ」子守唄をささやくように、優しく言った。「あなたにとって本当に必要だと判断したときにだけ、わたしが渡すから」
 その言葉にクーフーリンはすこしだけ笑みをうかべる。ナマエに『ゲイ・ボルグ』を渡すと、もたれかかるようにして意識を失った。ぐったりした彼の重い体をナマエは懸命に受けとめた。

 ……かわいそうなクーフーリン。ナマエは強く誓った。
 私はあなたの大切なものをまもるために戦おう。あなたが誇りのために大切なものを守れないなら、私がかわりに大切なものを守ってあげる。

 ナマエの心の中には不安も迷いも一切なかった。自分よりも強いのに、クーフーリンをまもりたいと、ただ一心に思っていた。




灰色の馬

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