大晦日の魔導書

空を見れば冷たい灰色の雨が降っていた。夕方といえど、もう暗い。
今はダンジョンの帰り。身体は疲労感でつぶれそうで仕方がないのに、雨だから歩くのも遅くなる。こんな時に、銀髪の変態魔導師なんかに見つかったらただじゃ済まない。少なくとも勝負になるのは全力で回避しなくては。なんたって今は魔力はゼロなのだ。

そういう時に限って。

そういう時に限ってあいつが現れるのはある意味お約束なのだろうか。
「お前が欲しい」
「キミ……今日はだいぶストレートなんだね、変態」
「変態は余計だ」
「ストレートは余計じゃないんだね。でもさ、ボク今日はそんな気分じゃないんだけど」
「勝負をしにきたわけではない。その魔導書が欲しいだけだ」
「もっと嫌だよ! これ、凄く手に入れるの苦労したんだから!」
なんたってこの魔導書を手に入れるためにダンジョンに入ったのだから。渡したりなんてしたら今日の努力が全部無駄になってしまう。

「別に返さないとは言っていない」
「ふん、きっと10万年後に返すとか、そういうことでしょう?」
「そこまで子供ではない! アホか! 明日には返す」
「じゃ、読めない状態で返って来るんだ!」
「お前、少しは信頼しろよ」
何言ってるんだろう。そんなことできるわけない。会うたびお前が欲しいなんて言ってくる人を信頼しろなんて無理だ。

「……」
「魔導書が濡れるだろ。ちょっと貸せっ」
「あっ!」
あっという間に魔導書はシェゾの手に渡る。
「返してよ、それは卑怯だよ!」
「少し見るだけだ。そんなに心配ならずっと俺についていればいい」
「なにそれ、変態! 返せ!」
「なんとでも言え」
シェゾが魔導書を高く掲げるため触れることさえできない。
「変態、変態、変態!」
「煩いわ! いい加減にしろっ!」
「なんとでも言えって言ったのにね」
これだけシェゾを挑発しているのだが返そうとしない。
「……」
「……」

沈黙が続き、微妙に気まずい。雨はだんだん強くなっている。
「……シェゾ、雨酷くなりそうだよ。濡れるから返してよ」
「……」
「……ねえ」
急にシェゾが手を掴んだ。
「えっ?」
その瞬間シェゾと移動する時よく感じる奇妙な感覚を感じた。空間転移だ。目の前に現れたのは見慣れた家。
「シェゾの家……?」
「返さないか心配なら入れ」
「……」
これは究極の判断を迫られている気がする。なんか入るっていうのも気まずい、でも返すかは不安だ。
「お邪魔しまーす」
「信用ねえな」
結局入ることにした。返してもらえないかもしれないから。困るから。シェゾが悪いんだけれど。

そのままシェゾが本を読み耽り始めるのだと思っていた。でも意外なことにそうじゃなかった。マグカップを用意して紅茶を作り始めたのだ。ご丁寧なことに片方には砂糖を入れてくれた。客をもてなすという感覚はあるらしい。
「読み終わったらすぐ返す」
「あ、うん」
そう言ってリラックスモードに入り始めた。

「……」
やることがない。べつに困るわけでもないけれど。隣を見る。シェゾは何かを書き込んでる。ん、書き込んでる?
「シェゾ! 書き込まないでよ……それ、ボクのっていう意識ないでしょ」
「……ないな」
これだから困るのだ。この魔導師は。まあ、予想はしてたけれど。

二時間が経過した。どうもおかしい。絶対にシェゾはもう読み終わっているはずだ。一発じゅげむをお見舞いするほどに魔力は回復したけれど魔導書が燃えちゃったら大変だからできない。
「シェゾー、もう読み終わったよね?」
「……ああ」
「じゃあ返してっ!」
「……ほれ」
「ありがとう」
不吉な予感がする。渡した時のシェゾのニヤッとした顔が引っかかる。

「帰るね」
「帰れるものならな」
「!? シェゾ、どういうことなの、それ」
「新年越すまで帰れないぞ」
「はあ?」
「この魔導書に書いてある呪いを試しに使っただけだ」
「ふ、ふざけないでよ! 何てことをしてくれたのさ!」
「家を壊しても、俺を倒しても、時間にならないと解けない」
がーん。そんな効果音まで聞こえてきそう。シェゾを物理的に殴りたい気分だ。
「今日は大晦日だからサタンのところでご馳走食べて、みんなとお話して、カウントダウンするつもりだったのに!」
ちなみにお風呂は問題ないと思う。予備の服はちゃんとリュックに入っているから。それだけが救いだ。
「俺が料理を作り、俺と話をするのでは不満か」
「不満だよ! 確かにキミの料理は美味しいけど、ボクを引っ掛けたキミなんかと話すなんて楽しいわけないでしょ」
「不満か」
む、無言のプレッシャーを感じる。なんなんだ、この人。
「……まあ、文句言ってても仕方がないか。今度カレー10杯奢ってよね! 全く」
「10杯……ああ」
いつもより素直だ。でもこんなに酷いことしたんだからこれくらいはしおらしくしてもらわないと。

シェゾが何やら料理を作っている。腹いせにちょっかい出しに行く。
「シェーゾー、なに作ってんの」
「ローストビーフ、人参サラダ、コーンスープ、天ぷら15種盛り合わせ、年越し蕎麦、カレーうどん、フルーツの盛り合わせ、ショートケーキだ」
な、なんという脈絡のない組み合わせ。でも、美味しそう。
「ボク、カレーうどんがいいな」
「分かっている」
なんか頑張ってるみたいだからちょっと申し訳なくなる。ま、悪いのはシェゾだから!
「先に風呂行ってこい」
「うん」

「出来たぞ」
「わーい!」
「サラダも食べろよ」
「子供扱いしないでよ」
「あ、シェゾは年越し蕎麦なんだね」
「年越しだからな」
「なんか気を使わせちゃったね」
「別に」
なんか素っ気なすぎてイライラする。
「……」
「……」
食べている時のこの静寂、どうにかできないかな。

「ご馳走さまでした!」
「片付けは俺がやるから、その辺でゆっくりしてろ」
「ありがとう」
「……」
な、なんか微妙にさっきからシェゾが落ち込んでる気がする。いつもの傲慢さがない。
「シェゾ、なんか元気ないよ」
「は? 俺はいたって普通だ!」
もうその件についてはほっておくことにした。

つまらないので遊ぶことにした。
「シェゾ、トランプしたい」
「んなもんあるか! 使わねえよ!」
だよね、と思う。シェゾが一人トランプやっているところなんて想像したくない。
「ボク、持ってるよ。ほら。ポーカーしない?」
「嫌だ。あれは嫌いだ」
「運がないからね、キミ。じゃ、ポーカーフェイスを使うってことでUNOしよう」
「持ってない」
「だからここにあるってば」
「わかった」

結果はボクの三連勝。最後の勝ちはシェゾが残り一枚の時にUNOっていうの忘れたおかげ。言葉の欠落具合がわざわいしたようだ。
「くそっ! なんで負けるんだ!」
「もう一回やる?」
「嫌だ」



「新年越したら帰るのか」
「うん。早く帰りたいし。でも雨降ってるんだよね」
シェゾは一瞬目を細めた。
「空間転移すればいいんだな?」
「よろしく」
「わかった」



その後は何も会話を交わすことなく時間が過ぎていった。
遠くで新年を告げる派手な花火がなっていた。
「シェゾ、あけましておめでとう。空間転移して」
「……ああ」

空間転移をするこの感覚にはやっぱり慣れない。

「アルル、悪かったな」
「呪いかけるなんて酷いじゃないか!」
「呪い……? あ、ああ。悪かったな」
なにその反応。何が悪いのか忘れてた訳か。
「魔導書、書き込み消すなよ」
「なんで!」
「お前が読めなさそうなところに書き込みをしたからだ」
「あ、ありがとう……」
「帰る」
「じゃあね」



元旦の朝、魔導書を読んだ時、どこにもそんな呪いなんてものは書かれてなかった。多分呪いなんて嘘だったのだ。シェゾに騙された。呪いなんてなかった。帰ろうとしてみれば良かったのかもしれない。
でもなぜそこまでしてシェゾが嘘をついたのかが分からない。料理も一人分にしては多かった。もしかしたら最初から誰かを呼ぶつもりだったのかもしれない。一つ考えられることがあったけれど、それをじっくり考えるのはちょっと決まりが悪かった。

「なんで素直に言わないんだろう、ね。普通に言ってくれれば喜んで行ったのに」

今度のカレー10杯は諦めてあげようかな、と雨の止んだ正月に思った。


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