紅い月2

 最近シェゾがおかしいのには気が付いていたんだ。全く勝負を仕掛けてこなくなったどころか、ほとんど会わなくなっていた。まあ、あの魔導士のこと、なにかまた何処かにこもって研究でもしているんじゃあないかと思っていた。ただ、そんな風に。

 ボクが彼に監禁された時にも、なにか実験でもしていたようだったし、別段会う時に、否、近くを通り過ぎる時に見た、あの険しい顔だって何か考えごとをしているのだと思っていた。それが過ぎ去ればまた、勝負を吹っかけてきてボクが勝って何か頼みごとをするとか、一緒にダンジョン攻略をするとか、そういうことができると思っていた。そう、彼がいう「馴れ合い」ができると。


 でも…それは違ったんだ。ボクの勘違いだったんだ。昨日彼に会った時の眼を思い出す。凄く冷たかった、何かが痛かった。通りかかっただけだけど。彼の眼は確かにボクを…。ううん、違う。そうじゃない。多分シェゾはたまたま機嫌が悪かっただけなんだよ、アイツすぐ機嫌悪くなるから。そう笑って見せてもあの冷たい瞳の印象は消えない。



 「あーもう! こんなのボクらしくないよねカー君! 冷蔵庫も空っぽだし市場に買いに行こうっと」
「ぐっぐぐー!」
「カー君はサタンのところで御留守番していてね。流石に市場の品物食べられちゃたまったもんじゃないからさー」
「ぐっぐぐー…」



 今日の晩御飯は何にしよう、そうだ、ビーフカレーにしよう!昨日は野菜カレーの残り物だったからね。うん、決定。









 「はー、全部買い終わったー」
カー君が盛りだくさん食べるから、荷物が重くてしょうがない。あー、疲れた。家の半径50mまでしか空間転移ができないという、技量の無さにはあきれるねー。火事場の馬鹿力は出せるのに…。



 思考が止まった。呼吸も止まった。



 シェゾが、いる。そこに、懐かしい恰好で。
 今しかない。


 「あ、シェゾー。懐かしいね、その格好。白服は白服でもこれはずっと前に見ただけだったから…」



 少し、声が震えてしまったかもしれない。その、返答は。



 「…アレイアード・スペシャル」



 「うわあ! 危ないなあ、いきなり! 何でよ!」
ウソ、でしょ? 何でこうなるんだろう? シェゾこんな卑怯な手を、一度も使ったことなんてないのにな。なんで…。


 
 「…お前はよく覚えておいたほうがいい、所詮お前は、俺の獲だ」
「何言ってるんだよ! 今更! 何で怒ってるの?」
そうだよ、何を今更! ボクとキミは仲間でしょう?
「次会った時は、容赦なく、殺すぞ」
「え、待って、なんで、何でよシェゾ! いきなり急にどうしたんだよシェゾぉ! ねぇ、ちょっと待ってって。いやだちょっと!」
行かないで、行かないでよ急に! ねえキミは何だっていうのさ! 何週間もボクを避けて、今まで散々ストーカーしてきた癖に避けて、キミは何がしたいのさ! それをボクに言うためだけに来たの? そりゃないよシェゾ。なんで、なんでそんな話に急になってしまうの…。キミとボクは、仲間じゃなかったの? …やっぱり、ボクはキミの「魔力の器」でしかないの?



 もうなんか、それを考えている間に悲しくなってしまって、空間転移で帰った訳でもなく、何故か早足で去っていく彼を追いかける気力もなくなっていた。もう、いやだ。



 とぼとぼと家路を歩く。ぽろぽろと涙が流れる。誰にも見られてないかな。ボクが泣いてるなんて誰かが知ったら、心配症のみんながすっ飛んできちゃうよ。でもさ、ボクだって1人で泣きたいときもあるんだ。というか、泣くときは1人で泣きたいんだ。だから。



 「あら、アルルじゃない。…え、泣いてる? ど、どうしたのよアルル!」
あーあ、見つかっちゃった。ルルーに。一番見つかりたくなかったのに。早足で駆け抜ける。どうせ家までほんの少しだし。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ…! …あれはマジだったわね」


 ルルー、ごめん。それと、
「カー君…。ごめんね、ごめんね…」
サタンの城に置いてきぼりにしてしまっていたが、もうつれて帰る元気もなかった。何でだろう、シェゾじゃなきゃ、此処まで落ち込まないのに。


 つらい、本当につらい。何でこんなにつらいんだろう。悲しいよ、胸が痛くて堪らないよ。何で、なんで、キミは、さ。他のみんなとは、最初こそ大変だったけどもう仲良くなれたのにさ。ディーアとだって、仲良くなれたのにさ。何で一番、誰よりも最初に会った、シェゾ、キミとは仲間になれないんだろうね。ねえ、ボクはキミが分からないよ。なんで、そんな、友達になるのを嫌がるのさ。分かんないよ、ボクはただの魔力の器でしかないの? 魔力が無くなったらキミは、キミはきっとボクなんてどうでもいいんでしょう? 酷いよ、酷いよね。あまりにも理不尽すぎてもうやっていられないよ。…もう、もう何だっていうのさ! 


 声に出して泣いた。激しくむせび泣いた。泣いた。瞼がジンジンと痛むのが止まらないくらい泣いた。それでも、胸の痛みはとれない。




 あの時の瞳と、さっきの声が重なる。冷たい、凍るような…。心の底から冷え切るような瞳と声が、怖い。目を閉じても、耳をふさいでも、襲ってくる。冷たくて、凍るような…もういいよ、止めてよ、静かにしてよ。
 次会った時には殺されちゃうんでしょう…。じゃあ、仕方がないから…。







 もうなんだかな、と思う。もう空は見事なだいだい色で、ボクは泣き腫らした目で家のドアを見つめていた。
 チャイムの音がこだまする。いや、実際に鳴っていたりもするのだ。それはもう一時間半前からのことで。ルルーがえんえんとチャイムを鳴らし、サタンはそれをそろそろ止めようと説得しようとしているようで。しかし、当然のようにピンポンラリーは止まらず。

 そもそも、ボクが開けようとしないからいけないんだけど。ホント、御昼の2時からずっとボクは外に出ていないのだ。まあ、そこまで心配する事じゃ、ないけど。でもどうしてルルーがチャイムを押す手を止めないのかと言えば、それは家に駆け込むボクが泣いていたから、否、ルルーに泣くところを見られたボクが家に駆け込んだからで。そう、みんなみんな心配性だよ。たかが、ボクが泣いただけで。ボクが泣いた、だけで…。



 もう全部シェゾのせいだ。うそうそ、勘違いしてたボクはもっと悪いよ。キミはいつもの、キミにとっては普段の態度をとっていただけなんだから。少し前の態度の方が特殊だったんだから。でも、いきなりなんて酷いよね、あんな、あんなにも冷たい目で、ボクを見なくても良いじゃないか。あんなに、怖い声で、ボクと話さなくても良いじゃないか…。

 でもそれで、泣いちゃうようなボクも弱虫だよね。分かってるよ…。ああ、もうボクは馬鹿みたいにキミの名前をしゃくりあげながら吐いて、吐いて、吐いて、一体何を望んでいるんだろうね。キミからしたら、ボクはただの…もういいや、これを自分で言うには悲しすぎる、悲しすぎるんだ。




 いつの間にかチャイムの音は消えていた。





 そんな風にもうかなりネガティブ思考に入っているボクの耳にも、彼女の声は、しっかりと届いた。
「どうしたの、二人とも」
その声は、そう、ディーアで。まさかディーアが来るなんて思っていなかったから。

 「アルルが最近元気がないから女王特製激辛カレースペシャルバージョンを作って持ってきてあげたのに結界が張ってあって中に入れもしないのよ!」
ボク、元気がないように思われてたんだ。まあ、そうかもしれない。最近、ずっとシェゾがなんだか冷たい事ばかり考えていたから。確かにボクらしくなかったかもしれない。…やっぱり、他のみんなにもそう思われてたのかな。みんなに心配かけちゃったかな。ちょっと悲しくなる。
「えー、そうなの?」

 「ワタシはカーバンクルちゃんを家に帰そうとしているのだが」
ごめんね、カーくん。さらに悲しくなる。
「でも、サタンは結界破れるでしょ?」
「わざわざ張ってあるくらい閉じこもりたいと思っているということだ。ワタシでもチャイムを10000回無視された事はあるが結界を張られたことは一度もない」
なんだかもう、そう言えばそうだったっていうのとサタンにまで気を使わせちゃってたのとサタンの無駄な過去の武勇伝に本当に泣かされそうだ。ああもう、なんて今日はボクらしくないんだろうな。


 「で、開けてないんだね」
「私だって家の中にづかづか入りたくはないわよ! だからこうやってチャイムラリーしてるのよ! おーっほっほっほ」
「わあ、ルルー。それ壊れてるよ」
「何ですって!」
「ワタシが見た感じだと一時間前に壊れていたのだが」
通りでチャイムラリーが止まった訳だ…。
「え…一時間前からいたの?」
「三時間前」
「いつまで待つつもり?」
「そりゃ、アルルの家の食料が尽きるまでよ」
…。ごめん買い物行ってきたばかりなんだけど。

 ばいばい、と言ってディーアが帰って行った。作ったらしいクッキーはルルーに預けていった。そうして。





 「ルルー、いい加減もう帰るしかない。ずっとまっていてもきっとストレスだろう」
「でも…!」
「もう四時間近く経っているのだ、ルルーまた明日、此処にこよう」
「…そうですわね、サタン様。明日ならアルルもきっとドアを開けるわ」



 そう、流石の二人もついに諦めてしまった。急に静まり返った家で、なんだか少し心細くなってしまった。もう、なんだか…。







 「シェゾの家に行こう…、話を聞いて、説得するんだ。確かにあの感じじゃあ、すぐには話なんて出来るわけではないだろうけど、でも行かなきゃ! 勝てば話を聞いてくれるはず…」
こんな甘い考えでいいのか、と思ったりもするけど、行動しなきゃなにも始まらないから、ボクは。









 ディーシェが帰った。ああ、嫌な予感しかしない。アイツの性格だ、俺の家にやってくるのも時間の問題だろう。のろのろと寝床から起き上がると、闇の剣を手に取り、ドアノブに手をかけた。



 チャイムが鳴った。



 どうしてこうもタイミング悪くこうなるのか。全く俺には分からない。
「シェゾ、開けて。お願い」
「……」
また居留守でも使うか? …今更何を。コイツをさっさと殺し、魔力を吸収するのが俺の望みではないのか。何故居留守を使う必要がある?
「開けて!」
ああ、そこに感じるのは黄金の魔力。完璧な獲物が俺の目の前にいるというのに。何故動こうとしないのだ。


 「何の用だ」
「ともかく開けてよ! 一体ボクが何をしたっていうの?」
「そんなに殺されたいのか?」
「違う! キミと話がしたいのっ!」
馬鹿な事を言うやつだ。
「次会ったら容赦なくと言っただろう」
「だからそれに勝ったらボクと話をしてくれるんでしょ! 今まで通り! というかそんなことせずにホントは話がしたいんだけどね! キミくらいなら論破できるし!」
「ふん、これが俺の今まで通りだが?」
「…っ!」




 「そんなに相手をしてほしいなら、やってやろうか?」
「それしかキミと話す道が無いのなら、やるしかないでしょ?」
ああ、この女はいつもいつもいつも…さっさと俺の目の前から消えればいいものを。





「外に出るから二十秒待て。俺も二十秒間はなにもしない」
「へんなところで律義だね! 闇の魔導師さん!」
それは、午後7時25分のことだった。









 六時半の鐘が鳴るころ、俺はディーアを連れてサタンの城へ出向いた。
「ディーシェ、なんでいきなりキミがサタンの城に行くとか言い出すのか、ボクにはさっぱり分からないんだけど」
「良いからついてこい」
…ディーアは全くもって分かっていないようだ。
「ディーシェ、何で」
「オリジナルたちの事だ」
「…?」
ディーアの頭に?マークが浮かんでいるのが嫌でも分かる。が、行く理由を細かく言う時間はない。早くサタンのところへ行かなくてはならん。





 「…どうした、ドッペルズ」
「全く、分かっているくせにとぼけるな」
「ああ、アルルが家を出たぞ。もうすっかり暗いというのに」
「サタン様! 追いかけましょうよ」
「待て待て、そう焦るなルルー、まだそろってない」
「…そろってない?」
首をかしげる3人に、二つの影が見えてきた。

 「あら、ウィッチとラグナスじゃない!」


 そんな3人に、サタンは1人楽しそうな顔をしていた。






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