紅い月1

「最近、アルルさんとシェゾさんの関係がなんていうか、おかしいんですの」
 金髪の魔女、ウィッチがボクに告げる。
「特に、シェゾが不安定と言うか、アイデンティティーを失いかけているというか…ともかくなんかおかしい。アルルもなんだかピリピリしていてね。最近彼らはいつもの力比べをしないから、関係良好なのかなと思っていたら、すれ違った時に尋常じゃない雰囲気を感じたんだ。ドッペルたち、何か知らないかい?」
勇者もなんだか心配そうだ。
「俺は、そうだな。確かにオリジナル、おかしかった。能力と容姿と知識しかオリジナルと同じではないから、あいつの過去も、今の感情もさっぱり、分からないが」

これじゃお手上げだ。ボクはそもそもアルルとは別人格だから、まあいろいろあるんだけど…それでもオリジナルのことは細かくは分からないからなあ。
 「でもドッペル達なら良くアルルとシェゾに会うよね、聞いてみて、欲しいんだけど」
「私、とてもアルルさんが心配ですわ。あんなに張り詰めて、思い悩んでいるようなアルルさんなんて、見たことないんですから。大体は毒舌で相手の毒を抜いたり、友達になって相手を助けたり、ともかく色々まっすぐな方だもの」

そしてウィッチ達は帰って行った。

 確かに彼女はそうだ。ボクからしたら、それが羨ましくって仕方がない。ときどき妬ましくなったりもする。でも、間違いなくそれはボクの助けになった。多分それは、ディーシェも同じ。少しだけの時間でも、彼女がいれば救われると、確かにボクらは思っていたんだ。



 そう言えば前にディーシェが言っていた。
「多分俺らは、本質的にはオリジナルと同じなのだろう。ただ、俺らには、この世界で、『自分』として生きた過去がない。多分それがオリジナルたちと俺らの違いだ。でもそれをマイナスととらえてはいけない。あくまで今は、自分は自分だ。俺らには人間味がないかもしれない。しかし、オリジナルとは違った考えや、性格なのだ。お前はそれを忘れてはならん」

 説教めいた言葉だったけど、あの一番つらかった心にストンと落ちた言葉なのだ。その言葉は、多分ディーシェにも実は必要だった言葉。彼は急に実体化した感情、そして言葉が持つ重み、(言霊というやつか)人間としての過去、連続性に戸惑って、苦しんでいた。今のボクなら分かるんだ、彼は自分を説得し、ボクも説得していたんだと。

 ボクは今、彼の過去を知っている。水晶としての過去も、人間としての短い過去も、そのはざまのもっと短い過去も。淡々と彼は言っていたけれど、本当は激情が隠れているって、気づいたんだ。そして彼も知っているんだ、ボクがアルルになろうとしたことも。ずっと一人ぼっちだったことも。全部。どっちも自分が変わるきっかけだったのがアルルだって知っているからこそ、彼女の言霊の力を信じている。だけど。


 だからこそ、闇の魔導士、彼のオリジナル、シェゾは、きっとボクらが知らない過去をたくさん持っている。ディーシェとは違う過去を持っている。しかも、これは推測だけど、アルルの言霊がどうしてもまるで効いていない感じ。まるでバリアが張っているみたいに。なにか自分の信念を崩したら自分が崩れちゃうみたいな感じで。分からなくもないのだけど。ボクだって自分が無くなりそうで怖くてオリジナルを消そうとしたんだもの。あの男からしたらアルルの言霊が自分を貫くのにどうしても邪魔になる言葉ということなんだと思う。


 前にアルルに聞いたけど、最初から真ん中のほうはは友情でさえ忌み嫌ったらしい。一番最初はもう友達とか言っていられなかったレベルだとか。詳しいこと聞いてないけど。それらを考えたらなんだか、あの男は今、矛盾したものに苦しめられていて、酷く脆いように思えたんだ。

 「ディーア、そんなに心配なのか。顔が怖いぞ」
にやけながらキミは言う。そりゃ心配でしょうが。
「ディーシェだって、心配でしょ」
「ああ。心配だ。特に俺のオリジナルの方がな。あいつはしょうもなく馬鹿で幼稚なんだよ、感情が。もともと頭がいいから、感情の成長に疎い奴だったのに、なんかあったんだろうな。俺よりもひねくれている。だからまあ、きっと白黒付けないと済まない性質なんだろうな」
「なんだか随分詳しいね。怖いな」
「もともと水晶だからな、客観視は得意だ」
「なにを白黒させたいのかな」
「それが分かればとうの昔にご本人が自分でどうにかするだろうさ」

 なんかディーシェがかなり饒舌だ。何かを分析するの好きだもんね。
 取りあえずアルルの家をさりげなく尋ねることにした。クッキー焼いてあるし。なんて運がいい。ディーシェには悪いけど帰ってもらうことにした。正直たとえディーシェに闇の魔導士さんの様子を見て来いって言っても多分闇の魔導士さんはご乱心だろうからね!






 さあ、歩いてみたらびっくり。アルルの家の前にルルーとサタンがいた。
「どうしたの、二人とも」
「アルルが最近元気がないから女王特製スタミナ激辛カレースペシャルバージョンを作って持ってきてあげたのに、結界が張ってあって中に入れもしないのよ!」
「えー、そうなの?」
「ワタシはカーバンクルちゃんをアルルの家に帰そうとしているんだが」
「でも、サタンなら結界破れるでしょ」
「わざわざ張ってあるくらい閉じこもりたいと思っているということだ。ワタシでもチャイムを10000回無視されたことはあるが結界を張られたことは一度もない」
何やってるの…いろいろアウトだよ…サタン。
「で、開けてないんだね」
「私だってそんな無理矢理家にづかづか入りたくはないわよ!だからこうやってチャイムラリーしてるのよ!おーっほっほっほ!」
「わあ、ルルー。それ壊れてるよ」
「なんですって!」
「ワタシが見た感じだと一時間前に壊れてたが」
「え…一時間前からいたの?」
「三時間前」
この人たちどのくらいアルル好きなんだろう…。ちょっと怖くなってきた。
「いつまで待つつもり?」
「そりゃあ、アルルの家の食料が尽きるまでよ」

 ああ、聞かなきゃあ良かったよ。しかも最近アルルは近場のよく知っているところになら一応空間転移が使えないわけではないし。やめときなよ。無駄だって。


 取りあえず本人に本音は聞けないようだ。だからと言って闇の魔導士さんに1人でなにか聞き出せる訳じゃない。要するに、今のボクたちには考えることしかできない訳で。なんだかとても、酷く悔しい。でも、ここで諦めたら、そのうち殺しあいでも始めるかもしれない。…諦めの悪さだけは、アルルに、ボクのオリジナルに似ている気がするんだ。だから、今度は。







 「あ、シェゾー。珍しいね、その格好。懐かしいな。白服は白服でもこれはすっごい前に見ただけだから…」
煩い煩い、騒がしい。黙れ、俺は、俺は…。






 「…アレイアード・スペシャル」
「うわあ!……危ないじゃないか、いきなり!なんでよ!」
「…お前はよく覚えておいた方がいい、所詮お前は、俺の…獲物だ」
「何言っているんだよ! 今更! なんで怒ってるの?」
ああ、そうだ、そう。今更だ。今更…それだけコイツに溺れて、塗れていて、そういうことだ。
「次に会った時は、容赦なく、殺すぞ」
「え、待って、なんで、なんでよシェゾ! いきなり急にどうしたんだよシェゾぉ! ねえちょっと待ってって。いやだちょっと!」








 これでいい。もうこれでいいはずなのだ。違う。このままでは、俺もアルルも壊れてしまうだけだ。…そもそもだ、コイツと関わってから、人と慣れ合う時間が極端に増えた。しかし、馴れ合いの時間が多ければ多いほどに、それこそ闇の魔導士なんかではなくなる。違う、違う。それは自分の勝手な妄想であることに気がつきながら、自分を納得させるために言葉を紡いだ。ああ、もう黙れ、黙れ。休憩時間が長すぎたのだ、ただそれだけなのだ。


 もう疲れたのだ、これが手段だか目的なんだか原因なのか分からないまま獲物を追いかけ続けるのは。いや、違う、違う!違う。そうではないのは分かっている。ただのこれが甘えであることに。ただの感情論であることに。しかしそれを認めた瞬間に、俺は俺を保てないまま壊れていく気がしていた。


 そうだ、結局は何を今更、なのだ。何を今更、闇の魔導士としての自覚を忘れろというのだ? 何を今更、これまで俺は人に忌み嫌われて生きてきたのだ。内面こそ隠せずに生きてきたのだ。何を今更、好かれようとなど、愛されようとだの、バカげた道化師になろうとしているのだ。意味が分からない。何を今更。好かれよう?愛されよう?一体何処からそんな言葉が漏れだすのだ。俺は闇の魔導士、お前はその獲物だ。何処に愛しいなどという感情が何処に生まれたというのだ。


 それを自分が心の奥底で感じていることに気づいていながら。


 ああもう断ち切ってしまえばいいのだ。お前が離れるか、お前が俺に殺されるか。どちらにしても、俺はもうお前に会うことなどない。ないのだ。あと一つの解答は、自分の偽の望みを裏切るものだったから、無視をした。


 ああ、嫌いだ。この感覚は嫌いだ。いやだ、嫌だ。寝床に転がる。痛い、胸がまるで剣にでも突き刺されたように痛い。自分の最強の技を放った時に感じた痛みによく似ている。昔、何年も昔。初めて魔力を奪い取った時に感じた絶望感と胸の痛みにも、とてもよく。
「何故、こうなる…いっそのことひと思いに貫いてくれればよいものを」
呟き、頭で考えるうちに、眠気が襲ってくる。胸の痛みと共に。






「シェゾくん、んふふふふふふふ、貴方にもようやく咲いたようですね」

「ルーンロード、貴様、何しに来た」

「んふふふふふふ、可愛い我が後継者の闇の華を見に来たのですよ。ほら、よく見えるでしょう。貴方の、漆黒の、血に塗れた華が」

「…黙れ! 早く帰れ。目障りだ、さっさと失せろ! 俺は別に好きでなったわけでは…」

「でも、いつまでもそれにしがみつくでしょう? 永遠に? そうやって自分への言い訳をして、本当に惨め、ですねえ。神をも汚す華やかなるもの?」

「黙れ、黙れ、早く消えろと言っているだろう。消えろ、消えろ」

「それは無理な願いですねえ。だってこれは貴方の夢の中ですから。んふふふふふふふ、そう言えば、願いと言えば、キミの願いは…」

「それ以上何も言うな!消えろと言ってるだろう。もうどっかに行ってくれよ!」

「んふふふふふふふふ、この女を、こうして引き裂いて、壊して、ぐちゃぐちゃに…」

アルルがそこに…

「それ以上はもうやめろ! 止めろ! 止めてくれ! もう、もう!…」

「この溢れ出んばかりの魔力を限界まで、貪り続けるんですか? このキミとは、正反対の、光の魔導を。光を食いつぶすと。じゃあさっさとすればいいではないですか。貴方にはその能力が眠っているというのに。こうやって…練習台ならここにたくさん…」

「うわああああああああああああああああ!!!! 消えろ…消えろお!、消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」










 胸の痛みは最高潮でそれはもう死んでもおかしくないような痛みだった。ガンガンと鳴る頭と、目に焼き付いているアルルの鮮血。

 「うぐっ…はあ、はぁ、……ぐ、は、ああ、はぁ、はぁ……」

 これは完璧に精神的にくる。なぜこんな時にこんな夢が。尋常ではない吐き気に悶えながら、部屋を見渡す。頬に雫が付いている。どうやら泣いたらしい。もうなんだ、何だというのだ。いったい、何だというのだ。

 そして、そんな中、家のチャイムが鳴ったのである。








 ディーアは、まだ気が付いていない。他の連中は、とうに気が付いているのだと思うのだが。オリジナルが、おかしい。俺のオリジナルが。…まあ、ディーアはあれで案外鈍感だからな、仕方がない。




 たまたまなのだが、さっき丁度、問題の二人を見かけた。最初は何だ、いつもと変わらないなと見ていたのだが、俺のオリジナルが明らかにおかしいことに気がついた。最初からこの男が魔力を増幅させているのを見たことがないし、何よりもこちらまでビンビンと来るような殺気を放っているのだ。顔を奇妙に歪めて。
 何かでマジギレでもしているのかと思ったがそれも違う気がした。ただの何となくだが。…取りあえずあれが自分のオリジナルとは思いたくないレベルの殺気だったということが言いたいだけだ。


 それなのに、だ。


 それなのにディーアのオリジナルはいつもとなんら変わらん様子で殺気立っているオリジナルに話しかけている。コイツあれか? 馬鹿なのか? それともそれを見越しての判断か? 前者だとしたらどう考えてもディーアより鈍感さが重傷だ。ともかく、この先の展開がとてつもなく気になったので魔力の気配を消して隠れて見ていることにした。



 「あ、シェゾー。珍しいね、その格好。白服は白服でもこれはずっと前に見ただけだから…」



 「…アレイアード・スペシャル」
なんかオリジナルが最初から大技を出しているのだが、声のトーンからして尋常じゃない雰囲気を醸し出している。怖い。これは話しかけちゃいけなかったタイプだったな。ディーアのオリジナル。…とかのんきには言ってられない状況かもしれんぞ、これは。



 「うわあ!…危ないじゃないか、いきなり! 何でよ!」
「…お前はよく覚えておいた方がいい、所詮お前は、俺の…獲物だ」
「何言ってるんだよ! 今更! なんで怒ってるの?」
「次会った時は、容赦なく、殺すぞ」
「え、待って、なんで、何でよシェゾ! いきなり急にどうしたんだよシェゾぉ! ねえちょっと待ってって。いやだちょっと!」




 …全く話は噛み合ってないが、これはどう考えてもやはり俺のオリジナルが完璧にどうにかなっていることは確かで、ならば見てしまった以上なにか行動するというものではないか。と、なんだかじぶんでもお節介なだけなのは分かっているのだが、アイツと対等に話せるのは俺とサタンくらいだからな。…勇者? あれじゃあアイツが反発するだろう。…サタンでも同じか、でも大人の余裕でどうにかな、らないか…カーバンクルちゃーん、という声が遠くで聞こえた気がするぞ。駄目だな。結論として俺が行かないとというわけだ。

 
 よし、行くか。あのアホがなに考え出したか聞きに行こうではないか。…取りあえず、一旦帰ってから空間転移で行くか。



 よし、着いたな。



 …? なんか言ってるぞ。






 「それ以上はもうやめろ! 止めろ! 止めてくれ! もう、もう!…」
何だ? なんか取り憑かれでもしたのか、アイツ。随分必死だな。何やってんだアイツ。ついに頭がおかしくなったのか。



 「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 消えろ…消えろお!、きえろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
やはりおかしくなったのか? 冗談言っている訳にはいかない。取りあえず状況を把握しなければ。焦ったのかなぜだか、チャイムのボタンを連打してみた。

ピンピンピンピンピンポーン 

 凄い音が聞こえた。まあいい、それより。






 「おい、居留守を使うな。そこにいるのは分かっている。ディーシェだ。開けろ。遅いぞ」
「…なんだ、こんな時に。帰れ。今日はお前を相手にする時間何ぞない」
「ほう、要するにディーアのオリジナルに攻撃をくらわす時間はあったということか」
「貴様…、見ていたのか。何がしたい。そんなことを言って何が面白い」
「面白いね。お前は何だい、なんかゴーストだとか何だとかに取りつかれでもしたのか?」
「違う」
「何故目が腫れている?」
「……。帰れ」
「情けないな」
「帰れと言っている。聞こえないのか」
「ああ、聞こえてるさ。だからどうした。…お前、一体どうしたのだ」
「関係ない。閉めるぞ」


 残念ながら門前払いされた。しかしこれはどう考えても異常だ。暫くこいつを監視しておかなければならない。ディーアと共にな。というわけで、ときが来ればディーアも呼ぼうか。…まあその前に、ディーアを探しに行く時間が必要なのだがな…。





続く



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