真実薬

「アルル・ナジャ、一着おめでとう」
ボクの誕生日の三日前、実技試験の表彰式。ボクは一番高い台に乗って、みんなの視線を浴びている。そして、賞状とともにどこかで見覚えのあるような容姿の校長先生が小さな薬瓶を手渡してくれた。
「ありがとうございます。ところで……何ですか? これ」
「真実薬だ。ワタシが作ったものだから、効き目は強い。一口分だが、10分は使えるだろう。ただ、幼児に使うのは止めなさい、作用が大きすぎるから。よく考えて使いなさい」
「はい、校長先生」
「うむ」
やったー、実技一番だったからいつもみたいになにか貰えた! でも、結構異質だなあ。これまでは魔導器が多かったのに、急に薬だなんて。冒険にも必要なさそうだし、第一この薬瓶、小さすぎてすぐ割っちゃいそう。いいや、ちょっと誰かに使ってみよう。こんな軽い気持ちじゃまずいって? まあみんなに真実を話させちゃうんだもんね……でも、重いことほど軽くいかなくちゃ。
さて、誰に飲ませようか。ルルーは……何も聞くことがない。たぶんサタンへの熱い想いを語られるだけだろうなぁ。サタンは、聞いても面白くなさそう。昔っから生きてるみたいだから魔術史みたいなことを延々と……うわー嫌だ! ラグナスー? 聞くことがない。勇者だから面白そうだけど、面白いで終わりそうだなぁ。ウィッチ……面白そうだけどウィッチは薬作る方だもんなー。ドラコは美少女コンテストとしか言わないよねえ。セリリはお友達カードの秘密とか? シェゾ……シェゾか、うん、色々と聞きたいことがある。決めた、シェゾにしよう。
まずは「なぜいつも言葉を抜かすのか」。これは是非聞かなくては。それから「好みのタイプは何か」で、「本当の歳はいくつなのか」も追加。「どうしてキミはボクに勝負をいつでもどこでも見境なく仕掛けるのか」「なんでダンジョンでお決まりのように遭遇するのか」「その時はなぜ休戦してくれるのか」「なんで闇の魔導師をやっているのか」「ボクとの戦闘の時闇の剣があるのにアレイアードとか魔法関係以外は使わないのはなぜか」……「ボクのことはなんて思っているのか」。多すぎだなあ……。まあ、今夜カレーを作る約束してるから、その時に混ぜれば良いか。瓶の中の透明な粘度の高い液体をみつめてみた。こんなんで本当に真実を聞きだせるのかなぁ。
「おい」
背後で声がかかる。とっさに小瓶をバッグに隠す。
「な、なに」
「お前が……欲しい!」
「ヘンタイッ! 第一今日は学校の実技試験で疲れてて魔力も空っぽなの! 昨日言ったんだから分かるでしょ!」
「そうじゃない、今日は魔力じゃなくて、お前が作るカレーの材料が欲しい、と言いたかったんだ。さすがに魔力の無いお前と戦って勝つなど、意味がないからな」
「何で材料が欲しいの?」
「……気がついたら食料庫に一つも食いもんが無かった」
「え?」
「市場に買い足しに行くのを忘れた。今日は水曜日、市場はやってない。俺としたことがとんでも無い間違いをしでかした」
「仕方ないなぁ。カーくんさえ食べてなきゃあると思うけど。今度買い物行くとき付き合ってよ?」
「……分かった。ついていけば良いんだろ。で、いつだ?」
「明日の朝早く」
そんなに嫌そうな顔しなくても良いじゃないか。キミが朝弱いのは知ってるけど、朝市の野菜は新鮮で安いんだよ。行くしかないよ、朝市は月に2回しか無いんだから。どうせ朝になったって食料庫が空なのは変わらないんだからさ。
「そうそう、カレーの材料持ってくの手伝ってよ」
「仕方ねえな、歩くのが面倒だ。空間転移使うからこっちこい」
「さっきまで歩いてたみたいだけど」
「煩い」
あーあ、怒られちゃった、なんて。ホントにキミって面白い。もっと知りたい。キミはどんな日に生まれて、どこでどんな風に育って、どうしてここに来たんだろう。ボクは何も知らない。キミがいつ楽しいと思うのか、いつ苦しいと思うのか。本当に好きなことは何で、大嫌いなのは何なのか。何でボクを追いかけ回すのか。何で闇の魔導師なのか。……多分聞いちゃいけないことだって混ざってると思うんだ。だけど暴走した好奇心は止まらない。だってそれが魔導師だから。でもやっぱり好奇心は猫をも殺す。だからキミの心を殺さないように気をつけなきゃいけないんだ。
「お前、何ぼーっとしてるんだ? もう着いてるぞ。鍵開けろ」
「あっ、ごめんごめん。今開けるね」
鍵を回せばかちゃりと音が鳴る。扉を開けて台所に急いで走る。
「邪魔するぞ」
「はーい」
シェゾがついてくる。んー、なんか変な気分だなぁ。さてと食料庫、食料庫、と。
「お米、たまねぎ、人参、じゃがいも、牛肉、それから隠し味にハチミツでも入れちゃおう」
……ホントの隠し味は、真実薬だけど。
「隠し味を大声で言う馬鹿がいるか」
「ふえぇっ!? え、ボクなんか言ってた!? みょ、妙なこと言ってたの?」
「はぁ? 何動揺してんだ? 隠し味が蜂蜜だってバレバレじゃねぇか」
「あ」
……実はそっちに動揺してたんじゃないんだけどね。心の呟きが漏れてたらまずいなぁ、って思ってさ。
「ったく、で、袋なんかはないのか?」
「はいこれ。紙袋」
材料をちゃちゃっといれてキミに渡す。
「ん……じゃあまた空間転移するぞ」
「はーい」
キミと空間転移する時、ボクはいつも緊張するんだ。だって、体が触れ合っているじゃないか。胸の鼓動が大きく、速くなっているのが、キミに聞こえたらどうしようって。だから平静を装っているんだ。そうすればちょっとはマシかな……って。全然意味ないんだけどさ。
「まだ夕食の時間にしては早いが、まあ上がれ」
「うん」
キミの家はちょっと暗ぼったいけど清潔だ。ホント、意外と几帳面なとこが丸見えだよ。
「ほらよ、水だ。どうせダンジョンの中で急いでてロクに水分取ってなかったんだろ」
「あ、ありがとう!」
そんなことまで見抜かれてるとは思わなかったなぁ。……うん、この水よく冷えてて美味しい! シェゾにもらったからかなー。なんだか癒されてる感じ。
「その水は面白い水で、どれだけ調べても成分に魔力を回復するものは含まれていなくて、ミネラルウォーターとなんら変わりはない。しかし何故か魔力回復に効果がある。……予想だと長い間強い魔力に晒され続けたためだと思うんだが、調べようにも調べられないからな」
「なんで?」
シェゾなら水を採ってるところに持ち前の粘着力で突破しそうなものだけど。
「水の中に入ったら濁るだろ。俺の生活用水をどうやって確保するんだよ」
「え? 生活用水全てにその水使ってるの? お金かかるでしょ?」
「全く。タダだ」
「ど、どういうこと?」
「俺の家のすぐ近くにに湧いているんだよ」
「そういうことだったの? 殺菌は?」
「ちゃんとしてある。もっとも飲み水だけだが。風呂のは殺菌してない」
な、なんかすっごく家を改造しているみたいに思えるんだけど。
「前にシェゾが持ってた魔力回復のお風呂みたいな?」
「いや、そこまで効果がある訳じゃないが、そんなもんか。……って、なんでんなもの知ってるんだよ」
「だって使ったことあるもん」
「……まあいい」
なんかボク、悪いこと言った?
「じゃあ作るねー」
「野菜洗っとくぞ」
「お、シェゾのわりに気がきくねぇ」
「わりにってなんだよわりにって」
「気にしない気にしない」
まな板を用意して、シェゾが洗ってくれた野菜を切っていく。
「なんかいつもより楽しそうだな。そんなに良いことあったのか?」
「ダンジョンで一着とったんだから当たり前だよ! いつもみたいに景品もらえたし」
「ほぉ? 何を獲得したんだ?」
一瞬本当のことを言いそうになる。
「あ、えっとね、……そう、魔導書だよ。ちょっと難しいけど」
「分からんのなら俺に見せろ。解説してやる」
「や……良いってば、ボクにだって分かるもん」
「そうか。ならば別に良いんだが」
「あれ、ボクのことちょっと心配してくれたの?」
「あーあ、そうかもな、忙しい時に試験勉強がと泣きつかれても困るからな」
ツンデレでも見せてくれると期待したボクがバカだった。逆に皮肉を言われてしまった。しかも、危なかった。薬だって言いそうになっちゃった。
「野菜洗ったからな。俺は書斎で本を読むから、カレーができたら呼べ。調理器具は出しておいた。それを使ってくれ」
「わかったよ。あれ……お皿は?」
「これを使え」
「んー、りょーかい」
そう言うとシェゾは書斎に引っ込んでしまった。すぐどっか行っちゃうんだからね、シェゾって奴はさ。材料をさっさと切って鍋の中に突っ込む。……シェゾが妙に推してくる謎の天然水も入っている。なんかボク、シェゾのうち来る度になんだかんだカレーを作ってる気がするなぁ。べ、別にカレー以外作れないわけじゃないんだからね! とか、一人変なことを思ってみる。別に作れるけどさあ、実はシェゾの方が上手だったりしてね。前に作ってもらった食事、美味しかったんだよね。まあ、カレーはもちろんボクの方が上手いけど!
それにしても、シェゾって丸くなったよね。初めて会った時とは大違い。勝負も命がけって言うほどでは無くなったし、勝負をすることなく一緒に過ごすことも増えた。でも、時々びっくりするくらい冷たくなったり、怖くなったりするんだ。その法則が分からないからちょっとびびっちゃう。それでもシェゾはシェゾだし、死ぬほど怖いとは思わないんだけど。もしかしたらそう思うくらいシェゾが怖くなることもあるのかな。それでも、ボクはシェゾに近づくと思うけど。変なところで命知らずだからね。あ、カレールー入れなきゃ。辛口と中辛を混ぜよう。あとはハチミツ。そういえば、実はシェゾってハチミツが好きみたい。甘いものそこまで好きそうじゃないのにね。この前、昼シェゾの家に行った時、ドアを吹っ飛ばしたらトーストにハチミツかけてたし。ジャム類は一つも見当たらなかったのにハチミツだけおもむろに、ね……。本人によるとあれは朝ごはんだったらしいよ。ボク十二時きっかりに来たのに。呆れちゃうよ。……よし、カレー完成。あとはお皿に盛り付けるだけ。ご飯をよそって、おたまでカレーをすくい、そこに真実薬をかけて、お皿に流す! 一応おたま洗って、かける! こっちがシェゾので、こっちがボクの。よしシェゾを呼ぼう!
「シェーゾー! できたよー。早く来てー」
「うるさい、何度も言わなくても聞こえるぞ」
ぬっ、とシェゾが現れた。うん、キミってほんっとでっかいね。
「……いつもと変わらんな」
「う、うん」
もしかして、感づかれたのかな、ばれた? だからそんなこと言ってるの?
「あ、いや、ダンジョンで疲れていたようだからもっと雑かと思っただけだ、いつも通りが嫌だとかいう意味ではない」
安心したーって、そうじゃない! 地味にフォローになってないよシェゾ! 疲れてても雑にはならない……て、なるときもあるかぁ。
「いただくぞ」
「どうぞどうぞ、じゃ、いただきます」
チラリ、とシェゾがスプーンを口に運ぶのを見る。……特に表情の変化は見られない。
「ねぇ、シェゾ。今日のカレーどう?」
「美味いな。いつも通りだけどな。ちょっと甘いが、美味い」
……シェゾにしては、素直な回答……?
「ふーん。シェゾってさあ、ハチミツ好きなの?」
ぼんやりとカレーを食べる。どんな味かは意識していない。こんなに食べている時にほかのことを考えているカレーって、初めてかもしれない。
「ああ、好きだ。トーストやら、紅茶やらにかけると美味い。あとは飴にして食うのもうまいな。特に俺の見つけた水で飴を作ると、魔力回復の足しになる。上手く作れば三つでヒーリング一回だ。最初は九つ一度に食っても雀の涙ほどにしかならなかったが。俺の研究の成果だな。勿論糖分が含まれているから疲労回復にも地味に役に立つ。今度幾つかお前にやろう。べっこう飴より滑らかな味がするぞ。俺はかなり気に入っている」
「へー、どうして好きなの?」
こんなに饒舌なシェゾ、見たことないかも。これが真実薬の成果?
「甘いからか、上品な甘さだよな……いや、それより色が好きだ。透き通った金色の蜂蜜の色が好きなんだ。朝日に通すと素晴らしく綺麗な琥珀色になる。本当に美しい。こんなに綺麗な色は他には……ああ、あるか。お前の瞳の色だな。お前の瞳の色にそっくりだ」
ボクは驚いて顔を上げた。確かにそのキザにも聞こえるその言葉が本心だということにも驚いたけれど、ボクがびっくりしたのはもっと他のこと。シェゾがくくく、と笑っているのだ。シェゾは相当に機嫌が良くないと口角を上げることすらしない。笑い声を聞いたことなんて、一回くらいしかない。珍しい。もしかしてこの人、素直になればもっと笑うんだろうか。実はもっと笑いたいんだろうか。
「真っ赤だな、そんなに赤くなるようなことか? 俺はお前の瞳の色が綺麗だと言っただけなのにな。……そうだな、それからお前の瞳の色はお前の魔力の色と同じだ。金色で、深みのある色をしている。濃厚できらきらしていてとても綺麗だ。陽だまりの色だ。夏の夕立の後の柔らかい日差しの色だ。光に満ち溢れた、暖かい色だ。俺には分かる。お前の魔力はどこの誰のものより美しい。断言できる。闇の魔導師だからな。人の魔力を奪う……闇の」
そこでいくらかシェゾの表情が沈んだ。悲しいことでも、思い出したように。そこでカレーを食べる手を止めてしまったのでボクは慌ててこう言った。
「シェゾ、さ、冷めちゃうからカレー、食べよ?」
「ああ、そうだな」
「なんでシェゾは、ボクの魔力を狙うの?」
「さあ。分からん。自分でもよく分からん。確かにお前は……美しい。だが、いくら綺麗だからと言っても、俺に吸収されてしまえば、時間はかかれど俺の魔力である闇の色に変わるだろう。俺の魔導力に溶けて。何故奪えば美しくなくなるものを欲しがるのか、さっぱりだ。……もしかしたら俺は、心の隅でどこか期待しているのかもな。お前が永遠に俺から逃げ続けることを、望んでいるのかもな。永遠に獲物と捕食者の関係を……それでもいつかはお前を頂くが」
「全く、本当にキミって変態」
本心を言うにしても、やっぱり言葉が抜けるの? 真性の変態だよキミ。でも、ちょっと期待しちゃうじゃないか、「お前は美しい」だなんて。恥ずかしいなぁもう。
「俺は変態じゃない」
本心ですかそれ。キミってヤツは……。
「じゃ、キミは、ボクのこと、どんな風に思ってるの?」
「……獲物? いや、分からん。が、何故か友達……とは思いたくない。さあ、なんなんだろうな、俺にとって、お前とは」
はぐらかして言っているように聞こえるけど、いつもなら「獲物だ」だから、そういうわけではなさそう、なんて、ちょっと気休めを言ってみたり。でも、これは脈ナシなのかな。喉の奥が痛い。胸も、痛い。
「俺にとって、お前とは……ずっと関わっていくべき相手、なんじゃないか。いや、関わらざるを得ない相手か。俺はお前が欲しいし、お前はそれを拒む。俺は何が何でもお前を手に入れたいから、お前は何が何でも拒絶する。そうやってずっと続くんじゃないのか、関係が」
嬉しいような、嬉しくないような。このままずっと、追いかけっこしなきゃならないの?
「結局キミはさ、ボクが嫌いなの、そうでもないの?」
……好きなの? とは、聞けないから。そんなことしたら、ダメージおっきいから。
「そんなはずはないだろ。お前の性格は明るくていい。顔も悪くないしな。美少女な方なんじゃないか? ただ俺の家を破壊するのはやめろ。修理代がかさむ。まあ、食事を作ってくれるのは助かっているが」
「ふーん」
さっきより地味にはぐらかされた気がする。そろそろ薬が切れるのかもしれないね。
「全体的に言えば、好きかもしれないな」
「……なにその妙な答え方」
「いや、何を言ってるんだ俺は」
あ、切れちゃったのかな。その時シェゾがカレールーをかき集めて、最後の一口を入れた。
「まあともかく、お前のことは嫌いじゃない、むしろ悪くないと思っているが、友達とは思いたくない。……俺はお前とどうなりたいんだかな。俺にもよくわからない。そうだ、そろそろお前の誕生日だな。何か欲しいものはあるのか。無理なものじゃなかったら渡すぞ」
薬効いているんだかそうじゃないんだか……。ちょっと調子乗って変なこと言っちゃおうかな。
「キミが欲しいなー」
「変態か」
「シェゾにそれを言う権利はないよね」
「お前の場合わざと言っているから余計悪質だ」
「冗談だよ」
「たちの悪い冗談だな。そんな馬鹿なこと言ってると馬鹿正直にそうしてやるぞ」
してみてよ。できないくせに。
「うわぁ、シェゾ変態。自分にリボンかけてプレゼント?」
「お前いい加減にしろよ」
「でもそれならそれでもいいかも」
ちょっと本心を呟いてみる。
「熱でもあるのか」
「ないよ」
「はぁ……魔導器かアイテムでいいか?」
「喜んで」
「女の好むものは分からん」
「いいよ、分かんなくて。貰えれば宝物」
キミから貰えれば、宝物。絶対こんなこと言えないけど。
「アルル」
「なに?」
「俺に薬盛ったろう?」
バレてたんだ。じゃああれもこれも本心じゃなかったのかな。
「ごめんね〜、学校で景品で貰ったから使いたくなっちゃって」
「ったく、他に盛る奴いなかったのか。おかしいと思ったんだ、あんなに言う気のないことまでベラベラと……何故俺に盛った?」
「だって、キミくらいしか聞くようなことある人いないんだもん」
知りたいと思う人がいないんだもん。シェゾのことが知りたかったんだもん。
「勇者にもハゲ魔王にも秘密はあるだろうが」
「まあそうかもだけど、別に……」
「もしかしてお前、俺がお前のこと嫌いなのか聞きたかったのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「いかにもお前気にしそうじゃないか。大変だよなぁ、お人好しサマって奴は」
「……」
だって。
「人は一番知りたい質問を最初か最後に持っていこうとするからな。図星か」
「シェゾのばか……」
「な、お前が薬盛ったんだろうが」
「ばか」
「そんなに俺がお前を嫌っているように見えたのか?」
「分かんない」
「そのくせにそんなに気にしてたのか?」
「シェゾのばか」
「何故そうなる」
「怒んないの」
「怒ってるぞ」
「いつから気づいてたの」
「お前の魔力関係のくだりからだ。妙だと思って自制したがあまり効果がないところを見て薬盛ったなと理解した。最初カレーから発される魔力は水によるものかと思ったから気が付かなかった」
「なんで気がついたのに全部食べたの?」
「腹が減っていたからな。それに、わざわざこちらから頼んで出してもらったものは全て食べるべきだろ」
はあ、律儀だね、キミ……。
「鍋の中には入ってるのか」
「入ってないよ」
「お前に飲ませてやりたかったな」
「絶対やだ。シェゾにだけは絶対やだ」
「俺に知られたくないことでもあるのか? なら余計にやってみたくなるな」
「やだ」
「ウィッチのところに買いに行くか」
「実験台にされるよ」
「それもそうだな」
シェゾは本気で嫌そうな顔をした。
「じゃあ俺が自分で作るか」
「もっとやだ」
「何を言う、俺はこれでも魔法薬は割と得意分野だ」
「だからやだ」
「訳わからん」
キミに心を覗かれるとか、多分この世で一番やだ。まだサタンとかルルーとかウィッチの方がマシ。
「食い終わったみたいだな。帰るか?」
「でも片付け……」
「俺がやる」
あまりの食料欲しいのかな。
「分かった。じゃあ帰る」
「送る」
「空間転移?」
「使わん」
珍しいこともあるもんだね。空間転移使わないなんて。しかもこの時期、夜でも暑いのに。キミ、暑いの嫌いだったはず。
「コールド」
なんだぁ、その手があったかぁ。コールド威力弱めでやれば涼しいよね。
「こんなクソ暑い中お前は実技試験やってたのか」
「洞窟だったしそこまででもなかったよ」
「まあ、お前は筆記試験の心配した方がいいだろう。この後いつあるんだ?」
「10月かな」
「全然先だな」
「まあ夏休み入るからね」
「つまり9月まではお前にいつ勝負を仕掛けてもいいわけか」
「よくないよ、夏休みはダンジョン入りまくるつもりだから」
「余計好都合だ」
「セコい」
「俺は清く正しい闇の魔導師だ」
「セコくて間違ってる変態魔導師でしょ」
「ふざけるな」
「ふざけてないよ〜〜」
こんな何気ない会話が、ボクは好きなんだ。昔じゃこんなこと、できなかったけど。
「ついたー。シェゾ、ありがとね」
「ああ、そういえば、カーバンクルはどうしたんだ」
「あ」
これは朝ごはん抜きを覚悟するべきかもしれない。
「ったくお前なぁ……これやる、腹の足しにはなるかもな」
「飴だ」
シェゾの言ってた、ハチミツ飴。
「綺麗だなぁ、こんなに暗いのに、なんだか光ってない?」
「水があれだからな。魔力で光っている」
「へぇー」
「ハチミツと水さえあればいくらでも作れる。欲しけりゃまた作るぞ」
「ありがとう」
「今度会ったらお前はいただく」
「また抜けてるよ、変態。じゃあね」
「変態ではない!」
楽しかった。かもしれない。いや、楽しかった。こころなしか、シェゾが優しかったかも。家のドアを開けると、カーくんが飛び出してきた。真っ先にサタンの城に向かっていくところを見ると、ボクのうちの食品庫は見つけられなかったみたい。良かった……のかな? 試しに一つ、ハチミツ飴を口に放る。美味しい。シェゾは今頃どうしているのかな。
そしてボクの誕生日、いつも通りボクはサタンの城に招かれ、サタンの過剰なプレゼントをそのままほぼ全てルルーに上手くスライドし、みんなから祝ってもらった。シェゾはパーティの食べ物が目当てらしくって、食べたらすぐに帰っちゃった。ちぇー。挨拶さえしてくれなかった。
ちょっと肩を落として家に帰ると、空間転移でシェゾが現れた。
「おいアルル」
「ねぇキミパーティで挨拶くらいしてくれても良いんじゃない?」
「ハゲに見つかったら面倒だろうが。ほらよ、これ」
「ありがとう」
青い綺麗な袋を渡された。
「カーバンクルに注意な」
それだけ言ってちょっと口角を上げたと思ったらいなくなっちゃった。いったい何が入っているっていうんだろう。
家に帰って開けてみると、瓶詰めのハチミツ飴とアンクレット、走り書きだけど綺麗な文字が書かれているメモが入っていた。
『誕生日だというから適当に詰めてみたぞ。飴の瓶は落としてもちょっとやそっとでは割れない。
持ち運びにはいいだろう。アンクレットは魔力増幅にいいだろう。アンクレットだしそこまで邪魔にはならないだろうしな。おめでとう』
「まったくもう、みんなの前で渡すのどれだけ嫌だったんだよシェゾったら」
顔がどうしてもにやけてしまうのを抑えられない。
外はかんかん照り、暑くて仕方がなかったから、きっと顔が赤いのは、そのせいだと思う。



[ 18/18 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -