全て嫌いだと言えたのなら

全て嫌いだと言えたのなら、俺はこんなに苦しむことなどなかったのか。最近頭の中に浮かぶのはこの文字とあともう一つの単語だけだ。別に思い悩んでいるわけではない。こんな妙に病んでいるような言葉が出てきているものの、ある一部分を除いて俺は正常だ。
獲物。昔はただ単にそう思い続けていた。煩わしく逃げ回るただの俺の獲物。魔導力の器。それがだんだんと変わっていく。俺から未だに逃げ続ける獲物、それでいて手首を握れそうな位置にまで近づいてくる獲物。俺との戦闘で勝ったのにも関わらず、何故か回復をさせる獲物。それから、ひょんなことで道を共にし、協力して戦うことのある獲物。急に俺の家にやってきては、部屋の中を荒らし回る獲物。共に食事をする獲物。……捕食者と「友達」になろうと言う獲物。
訳が分からない、頭がどうかしているのか。いつ襲うかわからない捕食者と、「友達」になろう、となど。それとも、俺の頭がどうかしているのか? 考えても考えてもそれ以上思考を深めない頭に嫌気がさして、何か飲み物でも作ろうかと思った矢先。だだ漏れの気配をドアの外に感じた。
「獲物本人が来たぞ……」
ため息混じりに呟いて、ドアを開ける。
「何の用だ」
「別に、何となく来てみただけだよ」
「何もないぞここは。カーバンクルに食料漁らせたいならサタンのとこにするんだな」
「うん。もう、そうしてきた」
つまりはサタンのところに行ってきたのか。えも言われぬ気持ちで胸がいっぱいになる。
「どうしたの? 気難しい顔なんかしちゃって」
「何でもない、というか、帰れ」
「えー! なんでよ。だってずっと歩いてきたんだよ? キミの家ってこーんな町から離れてるんだもん、疲れるよ!」
「魔導師がそれくらいで疲れるなよ。第一そこまで離れていない」
確かに市街地から歩けば30分はかかるが。
「どっちにしろキミが入れてくれなきゃ、ドア吹っ飛ばして勝手に入るから」
「どんな客だ。ったく、何故そんなに入りたいんだよ」
「しばらく来てなかったからね」
「それだけかよ」
「これだけだよ?」
相変わらず生意気な獲物は、やはりこんな風に俺の近くまで寄ってくる。それでいて、いざ捕まえようとすれば、するりとかわす。理由を聞いても、大した答えは返ってこない。なめられている? いや、それに近いがそれとは違う。一体、何だというのか。
「シェゾ、魔導勝負しない?」
まただ。また変なことを言いだす。獲物だという実感さえないのか?
「……自分から言いだすとは珍しいな。だがまあいつも通りだと思うなよ。絶対に勝ってやる」
「ボクが勝ったら今後、勝手にシェゾの家に入ってもオッケーってことでいいよね」
「そんなのは叶わないがな」
「キミの望みは?」
「お前が欲しい!」
……しまった。
「ごめん、聞いたボクがバカだったよ、ヘンタイ」
言葉の割には笑顔だった。ってそうじゃない、俺はヘンタイじゃない!
「外に出てから10秒ね」
「……」
魔導師には優れた時間感覚が必須だ。戦士と違い大した耐性のない軽い装備ゆえ、相手の攻撃をまともに喰らったら、ただではすまない。呪文詠唱があと何秒で終わるか、敵の攻撃はあと何秒で到達するのか、何秒で自分の攻撃があたるのか。魔導師としては死活問題だ。だからこそ、魔導師は時間感覚を鍛えている。実際、剣士としてもこれはプラスになっていた。そんな訳で、あと何秒で開始か、というのも不正確ではまずいのである。
ジャスト10秒。と同時に詠唱が始まる。
「ダイアキュート、ダダダイアキュート、アアアアアイスストーム!」
「ダイアキュート、アアアレイアード」
ドーンという音がして、技が相殺される。アレイアードは元の威力が強い。だから、ダイアキュート一回で打ち消せる。詠唱が短い分、次の詠唱に使える時間も増える。……魔力の消費も早いが。
「ファイアー、アイスストーム、ホーリーレーザー!」
アルルお得意の連続攻撃か。しかしこれで終わることは無いだろう、わざわざ自分から勝負を挑みに来たのだから。
「サンダーストーム、リバイア」
「ダイアキュート、ファファファイアー」
「闇の剣よ、切り裂け!」
風圧でファイアーを無効化する。剣自体はアルルにかすってもいない。……結構、魔力を消費してきたな。あっちもホーリーレーザー使ってたし、そろそろまずいんじゃねえか? ならば。
「次で決めてやる」
「こっちこそ!」
「ダイアキュート、ダダダイアキュート、ダダダダダイアキュート、じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅげむ!」
「ダイアキュート、ダダダイアキュート、ダダダダダイアキュート、アアアアアアアアアレイアードスペシャル!」
魔力はもう無い。が、それでもいつものように爆風は来ない。そして俺は立っている。
「やったか……?」
土煙の向こう、アルルが倒れているのが見えた。意識はないように見える。一見重症に見えるが、そうでもなさそうだ。ほっとしている自分が気持ち悪い。まともにやっと勝ったか。ついに? 挑んでおいて、それでもいつもと変わらない戦法で、更にいつもより耐久が無かったが?
「ふん、アルル、俺が勝ったぞ。これでお前は俺のものだ。これで鬱陶しい考えも消えそうだな」
ゆっくりと歩み寄る。これは正当な勝ちだ、完全な勝利だ、なぜかそう言い聞かせながら。こんなにもあっさりと終わるものなのか。今までの負けは何だったのか。まるで運命とやらに馬鹿にされている気がする。無論そんなことなどないのだが。俺はアルルのすぐそばまで歩いた。アルルはピクリともしない。やはり気絶しているのか。
「おい、起きろアルル」
アルルの肩を掴む。揺さぶっても目を覚まさない。こいつ大丈夫か? 死んでなんていないよな。ん……いや、ちょっと待てよ、これはおかしい……何故だ、何故急にアルルの魔力が増幅するんだ? やばいぞ、嫌な予感しか……。
「じゅげむ!」
目の前が忌々しい光に包まれる。この威力をこの至近距離で……? 魔力はもう無かったはずだ、もしや魔力の気配を消す能力をつけたのか? いや、そんなはずはない。事実、来る時の気配なんてだだ漏れだっただろうが。訳が、訳がわからない。一体……?
「残念だねシェゾ。キミの負けだよ。最後の最後で油断したね」
「お前……いつ魔力の気配を消せるようになったんだ。俺の家に入る前はだだ漏れだったくせに。しかもこの作戦、お前にしては、卑怯なやり口だな」
ボロボロで倒れ伏しながら言う。
「今回は絶対勝たなきゃならなかったからね。億が一キミに負けたりなんかしたら困るのはボクだから。だからアイテムを使ったんだ。一回もののアイテムでちょっと高かったんだけど。これだよ。この指輪。発動させると魔力が無いようにカモフラージュしてくれるんだ。効果は30秒だけで、キミがなかなか近づかないからキミには効果が切れるかもとヒヤヒヤしてたよ。キミの反応みるに最後切れてたみたいだけど……なんであんなにノロノロしてたの? シェゾらしくないなって思ってさ」
「お前がいつもより弱かったからおかしいと思っていた」
さらっと嘘を吐く。本当は……お前が負けてただ放心していただけだって言うのに。
「ああ、やっぱ疑われるよねぇ。この作戦は今後使わないよ。やっててヒヤヒヤするもん。ボクらしくないよね、この作戦。そうそう、ボクが勝ったから勝手にシェゾの家、入ってもいいよね」
「……どっか別のとこに引っ越すか」
「キミのほうが卑怯じゃないかぁ! ボクはキミじゃないから常識的な範囲でキミの家に来るから。キミみたいにいつでも見境なしに現れるなんてことしないから。まあ、居留守使ってるかなって思ったらドア吹っ飛ばすけど。そんなもんだよ」
それ常識的な範囲じゃねえし、俺は見境なしに現れることはない。とんだことを言う奴だ。
「ともかく、そういうことで。……シェゾ、立てる? 服ボロボロだよ。勝つためとは言え、至近距離でじゅげむはまずかったかあ、ヘブンレイくらいにしておけば良かった?」
いや、ヘブンレイも相当な威力だぞ、分かってんのかこいつ。
「はい、ヒーリング……! これで傷は塞がったね。もう一回掛けるかぁ、ヒーリング! うん、治った。それにしてもキミ、色白だね〜。女の子より、白かったりして」
「前にも似たような話しなかったか?」
「そうだったっけ? ま、キミ顔だけはいいから容姿の話になるのは仕方がないよ。じゃあボクはこれで。じゃーね、明日も多分行くよ」
「二度と来るんじゃない。じゃあな」
本当に二度と来なかったら、逆に何かあったんじゃないかと思うがな。どうせああ言うように明日も来るだろう。そう思うと、憂鬱と楽しみが混ざり合った気分になる。楽しみというのは、退屈が紛らわせられるということであって、とくにワクワクだのそんな気分にはならない。ま、退屈ではないのは悪いことではない。最近興味深いダンジョンは見当たらないし、正直あまりこの周辺から離れたくない気分だ。もう、それでいい。投げやりに決める。……全く、とんでも無いことを決められたもんだ。自分の家に出入り自由となど。しかも獲物に。勝負に負けたのが原因だと分かっていても、やりきれない思いだ。
もし本気で俺があいつを投げ飛ばしてまで拒否すれば、なんとなくアルルは諦める気がするが、そこまで嫌とも思わない、それをしようと思わない自分もどうかしているんだな。……俺はアルルに引き回されてばかりいる。これはもう認めなければならない気がする。このままではまずい、そんなことはだいぶ前から思っている。考えるのを放棄して気にしないふりをしていたが、もうそんな訳にはいかない気がする。ああ、全て嫌いだと言えたのなら、あいつだって突き放して昔のようになれるというのに。でもそれは叶わない。あの光のような魔力が、俺は欲しくて堪らなかったし、その魔力の色と同じまっすぐな瞳も、俺は嫌いではなかった。全て嫌いとはもう言えない。そう、過去のことはもう変えられない。そんなのは俺が一番良く知っているじゃないか。なら俺は何がしたい? あいつと離れたい? 近づきたい? 俺には分からない。もういい、こんなのはいい、考えたくない。思考を停止させて家に戻る。
それでもまた浮かび上がってくるのはアルルとの関係性のことで。まるで囚われたかのようにそればかり考えていて。俺はその理由をなんとなく悟ってはいたが、そんなのは認めない。あってたまるか。夕食こそ忘れそうになった自分に半ば怒りさえ感じながら、またぼんやりと焦点の合わない目でテーブルの上のグラスを見つめていた。









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