毎年のお返し

風邪にかかりやすいこの時期に、なんでバレンタインなんてあるんだろう。今日は2月13日。つまりバレンタインは明日。
ボクの呟いた言葉から分かるように、絶賛高熱中という悲しい現状。溜息さえ出そうだ。本当は今日、作りたい。もし治ったとしても明日から慌てて作るなんてカッコ悪いことこの上ない。……まあ、毎年毎年アクシデントばかりで大体こんな感じだから今更、かもしれない。
高熱を出しているのに何故こんなに冷静かというと、あんまりにも落ち込みすぎているからだと思う。なんだかんだでちゃんと作っているのに今年だけあげられない。悲しいし悔しい。

「特にシェゾにはあげたかったな……」
多分シェゾのことだ、実は結構こういうことを気にするから、ボクが風邪とは知らずすごーく落ち込むんだろうな……。ちょっと自惚れてみる。うそうそ、冗談。そんなわけないでしょうが。でもやっぱり、シェゾにはあげたかった。いや、理由もよくわかんないけど。少しはあの仏頂面の頬を緩ませることができるんなら、なんだってしたい。
「あーー、きっとみんな作ってるんだろうな」
その中で誰かが、シェゾにあげるんじゃないかと思うと、なぜか頭を振りたくなる。シェゾって、顔だけは良いからな……。でも、やっぱり、ボクだけであってほしいような。そうでもないような。シェゾは迷惑だけど凄くいい奴だ。よく彼のことを知らない人からは疎まれてるみたいだけど、そこまでやな奴じゃない。むしろ良い。シェゾの良さを分かってほしいからむしろきっと良いんだけど、でもなんか複雑な気持ちだ。
しかもシェゾは、ちゃんとお返しくれるから。他の女の子たちにあげることになったら、結構嫌だな。なんか、やだ。そういえばこの前はなんだったっけ。
「えーーと。そうだ! キャンディだ。多分自作の。形も綺麗で、カーくん型のもあった。カーくんそれ躊躇いもなしに食べてたけど。甘くって美味しかった」
ちなみに風邪なので今カーくんはサタンに預けている。

そういえば一昨年はどうだったろうか。確か、マカロンだったような。その前の年は、あれー、ケーキだ。その前はパイで、前はえー、またキャンディだ。………? あれ。定番のマシュマロは作らないのかな。難しいとは聞くけど、でもシェゾだし。作れないはずないよね。なんでだろう。
「はあ、こんなこと考えてても無駄なだけか。虚しいし。やめよう」
風邪だし、早く寝よう。もうお菓子は綺麗さっぱり忘れよう。多分無理だけど。


朝。外は真っ白な雪に覆われていた。
「うわー、寒くなるとは言ってたけど、まさかここまでだなんて」
だいぶ調子が良くなったので熱を測ってみたら平熱……ではなく微熱。これじゃあ風邪をうつしちゃうかもしれないからお菓子作れないや。ほんと残念。でも昨日ほど悲しくないや。ははは。カーくん大丈夫かなあ。そんなことを思った矢先。
「アルルっ! 最近見ないけど一体どうしたの? 早く開けなさい、今すぐによ!」
ルルー、チャイム使おうよ。
「あー、ルルーかあ。ごめんボク、風邪なんだ。うつしちゃうから家に籠ってたの」
「何ですってー! なら尚更よ! あんたのためにお菓子作ってきたんだから開けなさい!」
命令口調だけど、やっぱりルルーは優しい。頼れるね。

「全く、女たるもの健康であれ、よ! 体調には気をつけなさい。情けないわ」
「ごめん、心配かけちゃったね。こんなんだからボク、お菓子作れてないんだ」
「別に私のはいくら遅れても構わないけど、あんた、どうすんのよ」
「へ、何が? ウィッチとかドラコにも後で言わなくちゃってこと?」
「違うわ、あんた毎年変態にあげてるじゃない」
「そ、そんなわけないよ」
「い、い、え! 私は去年あんたが作っているところ見たんだから」
うわ、困ったな。窓から見えてたってこと……?
「う、うん。困ってるんだよ。どうしよっかなーってね。でもまだ熱があるから外に出られないし」
「わかったわ。変態に会ったら伝えておくわ」
「え、いやちょっと、ルルー!」
「まあ、あいつのことだわ、そのうち来るとは思うけど……」
「る、ルルー? あ、待ってよ〜」
「早く治しなさいよ」
「え」
それだけ言って、ルルーは行ってしまった。
「そんなこと言わなくても良いのに……」
1人残った自室で呟いた。



全くアルルったら風邪なんてひいて。でもまさかあんなハッタリが効くだなんて思いもしなかったわ。まさに図星だったみたいね。本当に毎年あげてるとはね。私からしたらあんな変態、どこが良いのか分からないわね。サタン様の方が数千、いや一京倍いいに決まってるわ。ああ、サタン様、きっとあなたは今、私の愛の手作りチョコレートをご堪能になられているのですね。ああ、ルルー、私は嬉しゅうございます! サタン様……世界中で誰よりも美しい男性……。
そんな乙女の空想を邪魔する耳障りな声が聞こえた。
「おい、ルルー、アルルを知らないか」
「あら変態。あんたついにロリコン属性までついたの? ストーカーでロリコンで変態、ほんとお先真っ暗ねえー」
「違うわ! 第一ロリコンはサタンのほうだろうが」
「ふうん、私の何処が少女に見えるのかしら? あんた、のーみそおかしいんじゃないの。因みにアルルなら風邪で寝込んでるわよ。あんたが望んでるものは作れる状態じゃないわ。残念ね」
「……お前、いつも以上に毒吐いてるぞ」
「煩いわね。黙りなさいよ。ともかく、アルルは家にいるわ、見舞いにでも行けばいいんじゃないかしら、変態」
「……」
あーもう、うざったいわね。邪魔しないでくれる! まあ、アルルの用事も済んだし、良かったといえば良かったわね。さあ、サタン様の所でお茶でもでも楽しみましょう。



「道理で来ないわけだ」
自然に呟きが漏れる。毎年毎年朝俺の家に押しかけてきては
『作ってきたよー』
と言って甘いものを置いていく。それが今年は無かったのでどうも気になっていたところではあったのだ。別に、今年も欲しいと思ったわけではない。そうではない。断じて違う。毎年恒例のイベントがなくなって驚いているだけなのだ。そうだ。
ただ、あいつが風邪で弱っているなら、誰かに魔導力を奪われるかもしれない。そんな危険があるなら、一応アルルの家に訪ねてみるか。しかし寒いな。さっきは気分で歩いていたが、もう我慢できない。空間転移で行くか。
数秒後、俺はアルルの家の前にいた。チャイムを鳴らす。
「はーい、誰ですか」
いつもよりもなんだか頼りない声だ。そんなに悪いのか?
「シェゾだ。見舞いに来た」
「え……? シェゾ?」
「……なんか不満か」
態度が気にくわない。
「い、いや、う、嬉しいよ?」
ガチャ、と少しだけドアが開けられる。
「ぼ、ボクこんな格好だからさ、その」
そんなのはどうでもいい。
「構わん」
「い、いやボクのほうの問題なんだけど……」
呟きが聞こえるが聞こえないフリをした。しかもこっちは気にならないから別に問題などない。
試しにアルルの額に手をあてると少し熱い。
「ほお、微熱だな。なんとかは風邪ひかないとか言うが」
「う、うん……って、地味にボクのこと遠回しにバカって言ってるよね。というか、なんで急に来たの」
「毎年のあれがなかったからな。朝まだ寝られるというのに起こされる。それが今年もあると思って危険だと思ったから早起きをした。しかしお前が来ないので不思議に思って外に出たという訳だ。途中でルルーに会ったんだが、何故かとんでもなく不機嫌で、散々言った後にお前が風邪で寝込んでいることを俺に伝えてどっかに行ったぞ。だからまあ、お前の見舞いに来たんだが……」
「そっか……ルルーが……ありがとう! でもごめんね、見ての通りだから今年は作るの遅れるよ。治ったら急いで作るから」
「風邪うつすなよ。菓子の中に菌でも入ってたら、全員かかるからな」
「しっつれいな! そんな考えなしなことボクがするわけないでしょ。しかもキミ、バカだからかからないし」
「バカにバカとは言われたくない。筆記テスト前に俺に縋ったのはどこのどいつだ」
「キミはいつも言葉を抜かすじゃないか。バカっていうのはね、頭がいい、悪いの問題じゃないの。なんかどっか抜けてんのがバカなの」
「黙れ」
「ごめんごめん。流石に言いすぎたよ。そうだ、この際聞いちゃおう。キミはどんなお菓子が好きなの? どうせ作るなら好みのお菓子の方がいいからさ」
話のコロコロ変わるやつだ。そう思いながらも答える。
「なんでも良い。美味いものなら。特に好みはない」
「えー、なんか無いの?」
「強いて言うならな、マシュマロはやめてほしい」
「嫌いだから?」
「……別に、気にしているわけではない」
「??? 嫌いじゃないのになんで嫌なの? というか、なに、その妙な言い回し」
「……あ、ああ。そういうことか。俺自身の好みを聞いているんだな? まあ、そうだな、好きではない。味は悪くないと思うが、欲しくない」
なんだ、知らないのか。さっきなんと答えるべきか考えた自分が馬鹿馬鹿しい。
「よく分かんないけど。まあ、マシュマロは好きじゃないんだね。そっかー、だからボクにお返しくれる時マシュマロじゃ無いんだね。納得。ホワイトデーと言えばさ、マシュマロだからなんとなく引っかかってたんだけど。なるほど。ただのシェゾの好みだったんだー」
違う、と声が出そうになったがそんなことを言えば取り返しのつかないことになるのは分かっていたので何も言わなかった。別にマシュマロ自体は嫌いではない。寧ろ甘いから好きだ。ただ、人から貰いたくない菓子の中でまず間違いなく一位だ。例え作った本人が意味を知らなくとも。人から貰う、といってもまず自分に菓子を持ってくる人間といえばアルルしかいないのだが。それを認めるにはあまりにも自分のプライドが高すぎた。
「でもいつもありがとうね! わざわざ毎回手作りしてもらっちゃって。美味しいからすぐ無くなっちゃうんだよ、半分以上カーくん食べちゃうからさ」
カーバンクル食ってんのかよ、と突っ込みたくなる。
「まあ、手作りが来たら手作りで返すべきだと思った。ただそれだけだ」
「なんかシェゾらしいなー。その考え方。ちょっと安心するよ、通常運転だもん」
なにが通常運転だ。そして気づく。いつの間にかもう30分経過していた。流石に病人に(いくらただの風邪とはいえ)これ以上の負担をかけるわけにはいけないのでそろそろ帰らなくては。



「あれ、帰っちゃうの?」
「ああ、帰る」
「そっか……」
少しでも残念だと思ってしまう自分が恥ずかしい。まあ、ボクも風邪だから、うつしちゃうと困るし、こんなものかなあ。
「そういえば、お前、朝から何も食べていないんじゃないか」
「あ、そうだ。あははは、忘れてた、作らなきゃ」
「病人が料理を作れるのか……」
「一人暮らしなんだから仕方がないでしょ」
「カレーなんか作ったら消化が悪くて腹下すぞ?」
ドキッとする。カレーを作るつもりだったから。全く変なところまで心を読まれちゃった。
「はあ、図星かよ。いい、俺が作る。寝てろ」
「え、あ、いや良いってば別に、シェゾが作らなくたって!」
「……鍋はこれでいいんだな? 米はこれ使うぞ。それから人参とパプリカ、トマトソースと玉ねぎだな。使うからな」
聞こえてないふりしないでよ! まあ、ありがたいんだけどさあ!
「よし、できたぞ」
ドヤ顔でシェゾが言う。やめなよその顔。
「なにこれ、お粥かあ」
「違う、リゾットだ! トマトのリゾットだ」
「へえ、キミ、洒落たもの作るんだねえ」
「たいして洒落てねえよ。お前が知らなすぎるだけだ」
ひどいなあ。
「じゃあ、俺はこれで帰る。早く治せよ」
「うん、シェゾありがとう」
なんか料理したらどっか行っちゃった。鍋も洗わないで。ん、洗ってあった。いつ洗ったんだろ。神業だあ。
一口入れてみる。
「お、美味しい。へー、こんなものがあるんだ」
あっという間に食べ終わってしまった。そのうちにだんだん眠くなってくる。食べてすぐに寝ると牛になるらしいけど、ボクは今日風邪だから勘弁してほしい。神様、許してよ。

起きたら、もう太陽は西に沈んでいた。6時だ。あのあとかなり寝たからかすごく体が楽になった。晩御飯は自分で作り、それから、サタンのところへカーくんを引き取りに行く。
「サタン、カーくん返してー」
「おお、我が妃! ほら、あれはないのか、あれは」
「ルルーにたくさんもらったでしょ。ボクは病み上がりなんだから、作れないってば」
「そうか……で、カーバンクルちゃんだな?」
「ぐー!」
サタンのとこでご馳走を食べまくったのか、カーくんはとてもご機嫌。
「じゃあ帰るよ。ルルーによろしく」



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