大晦日の魔導師

「お前が欲しい」
またそう口走ってしまった。しかも会ってすぐ。ダンジョンからアルルが帰ってきたのは一目瞭然なのに、だ。正々堂々としていない勝負を行うこと自体ハンデのようで嫌いだから、勝負は魔力探知の結果からして諦めかけていたというのに。
「キミ……今日はだいぶストレートなんだね、変態」
「変態は余計だ」
「ストレートは余計じゃないんだね。でもさ、ボク今日はそんな気分じゃないんだけど」
「勝負をしにきたわけではない。その魔導書が欲しいだけだ」
「もっと嫌だよ! これ、凄く手に入れるの苦労したんだから!」
そして更に無駄にごまかす。魔導書なんぞどうでもよい。

 「別に返さないとは言っていない」
「ふん、きっと10万年後に返すとか、そういうことでしょう?」
あきれた。そこまで俺はこいつにバカにされていたのか?
「そこまで子供ではない! アホか! 明日には返す」
「じゃ、読めない状態で返って来るんだ!」
「お前、少しは信頼しろよ」
そんなに信用されていないとは思ってもいなかった。俺にものを渡したら帰ってくることがないと思われているらしい。苛立ちが募る。もうこうなったなら、なにがなんでも魔導書を手に入れ、それをアルルに返す。妙に腹立たしい。

「……」
「魔導書が濡れるだろ。ちょっと貸せっ」
「あっ!」
「返してよ、それは卑怯だよ!」
卑怯ではない! お前が信用しないのが悪い。
「少し見るだけだ。そんなに心配ならずっと俺についていればいい」
「なにそれ、変態! 返せ!」
「なんとでも言え」
「変態、変態、変態!」
「煩いわ! いい加減にしろっ!」
「なんとでも言えって言ったのにね」
いくらなんでも限度というものがあるだろう! わきまえろっ!
「……」
「……」

急に静かになった。心なしか雨も強くなっている。このままではずぶぬれになるのもそう遅い話ではなさそうだ。それは困る。さて、どうしようものか。
「……シェゾ、雨酷くなりそうだよ。濡れるから返してよ」
「……」
ここでよく考えてみる。なぜ俺がアルルを見つけようとしているかだ。今日は勝負が第一の目的ではない。あくまでも買いすぎた食材をどうにかしたいだけだ。それならば、手の中にある魔導書を利用するのはどうだろう。
「……ねえ」
咄嗟に手をつかむ。
「えっ?」
空間転移で移動した先は俺の家だ。どうせアルルは俺を信用してはいない。それならば、アルルは必ず俺の望むほうの選択肢を選ぶだろう。
「シェゾの家……?」
「返さないか心配なら入れ」
「……」
アルルはどうやら迷っているようだ。何とも言えない、複雑な気分になる。
「お邪魔しまーす」
「信用ねえな」
結局入ることにしたようだ。安心しただなど、思ってもいないが。

そのまま本当は寝床にでも転がりたい気分だが、そういうわけにはいかない。あくまでも俺はこの魔導書をなるべく遅く読み、夜までアルルを此処に置いておく必要がある。少しでも読み終わるのを遅くするために、紅茶でも入れようか、と思った。アルルの方は意外そうな顔をしてこちらを見ていた。俺が紅茶をいれられないとでも思っているのか?
「読み終わったらすぐ返す」
「あ、うん」
すぐ読み終わらせるつもりなど毛頭ないがな。

「……」
「シェゾ! 書き込まないでよ……それ、ボクのっていう意識ないでしょ」
「……ないな」
これくらいしか、読書時間を延ばす方法が無いのだ。対して難しくもないところにも長々と説明を付け加える。

二時間が経過した。もうどうしようもない。アルルのほうもだいぶいぶかしげな顔をしている。これ以上説明をつけたしたら、多分一つ一つの文字について書かなくてはいけなくなる。どうすればいい? なにかアルルの帰宅を阻止する方法は……。
「シェゾー、もう読み終わったよね?」
「……ああ」
もう仕方がない。いや、まてよ……。これは……。
「じゃあ返してっ!」
「……ほれ」
いいことを思いついた。
「ありがとう」


「帰るね」
「帰れるものならな」
「!? シェゾ、どういうことなの、それ」
「新年越すまで帰れないぞ」
「はあ?」
「この魔導書に書いてある呪いを試しに使っただけだ」
「ふ、ふざけないでよ! 何てことをしてくれたのさ!」
「家を壊しても、俺を倒しても、時間にならないと解けない」
勿論、こんなことはハッタリだ。アルルにこんな卑怯な手で呪いをかけるわけないだろう。俺は清く正しい闇の魔導師だ! しかし案外ころりと騙されてくれたものだ。これで外でも出ようとされたら意味がないのだが。こちらの方が卑怯な手? 食材が余って仕方がないのだからこの行動は仕方がない!

「今日は大晦日だからサタンのところでご馳走食べて、カウントダウンするつもりだったのに!」
サタン、俺がいるのに何故そこであいつの名前が出る? あのロリコンの所で過ごすよりまだ俺の方がマシではないのか? その言い方だと二人で過ごすようじゃないか。ほお、ロリコンハゲの方がいいと? ……多分アルルのことだ、「みんな」と集まるのだろうが、その言い方が気に入らん。
「俺が料理を作り、俺と話をするのでは不満か」
「不満だよ! 確かにキミの料理は美味しいけど、ボクを引っ掛けたキミなんかと話すなんて楽しいわけないでしょ」
なんだと、ロリコンハゲに負けるだと?
「不満か」
「……まあ、文句言ってても仕方がないか。今度カレー10杯奢ってよね! 全く」
「10杯……ああ」
まあ俺もやりすぎた。10杯はさすがに酷いと思うが、ここは引くしかない。アルルの機嫌を損ねすぎると、呪い(という思い込み)を忘れて飛び出すかもしれん。それは気まずい。避けたいところだ。だからこそここは条件を飲まなければ。

そろそろ大量に食材があるものだから、料理をし始めないと間に合わん。さっさと準備だ。
まずはキャンドルを灯し、手を洗い、皿を用意。それから昨日から煮込んであるカレーうどん用のカレーを取り出し……。天ぷらの油と衣……、よし。人参の皮をむいて洗い、少し厚めにスライスしてビーンズと混ぜ……。ツナも入れる。さらにドレッシングを作る。全てをあえて人参のサラダだ。それから、コーンクリームと牛乳と小麦粉でコーンスープのルーを作る。焦がさないように注意する。それから……。

「シェーゾー、なに作ってんの」
「ローストビーフ、人参サラダ、コーンスープ、天ぷら15種盛り合わせ、年越し蕎麦、カレーうどん、フルーツの盛り合わせ、ショートケーキだ」
「ボク、カレーうどんがいいな」
「分かっている」
どうせ全て準備するには時間がかかる。それならば先にアルルに風呂でも入って……おい待てよ、あいつ着替え大丈夫なのか? まあ腐っても魔導師だ、着替えくらいダンジョン用の袋に入っているだろう。
「先に風呂行ってこい」
「うん」
アルルが口元を隠している。確かこういう場合は何かやましいことを隠しているとかいう心理状態だと、どこかに書いていたような……。まあ俺には関係のないことだ。知らん。

「出来たぞ」
「わーい!」
「サラダも食べろよ」
こいつカレーばっか食ってて野菜食うのかよくわからんしな。
「子供扱いしないでよ」
「あ、シェゾは年越し蕎麦なんだね」
「年越しだからな」
「なんか気を使わせちゃったね」
「別に」
ただ食材が余って仕方がなかったからだ。いや、カレーうどん用のカレーを煮込んだのは……たまたまだ。
「……」
「……」
食べてる時は静かなんだな。

「ご馳走さまでした!」
「片付けは俺がやるから、その辺でゆっくりしてろ」
「ありがとう」
「……」
なんというか、きまりが悪い。


「シェゾ、なんか元気ないよ」
「は? 俺はいたって普通だ!」
どうしてそうなる!


「シェゾ、トランプしたい」
は? 子供か! 急にトランプをしたいだなと言われても困るだろ! 第一……。
「んなもんあるか! 使わねえよ!」
「ボク、持ってるよ。ほら。ポーカーしない?」
持ってるのかよ。ポーカーか。賭けるものもないというのに……。それと俺はこいつに勝てたことがない!
「嫌だ。あれは嫌いだ」
「運がないからね、キミ。じゃ、ポーカーフェイスを使うってことでUNOしよう」
だからそんなものがここにあるとでも?
「持ってない」
「だからここにあるってば」
「わかった」
ここまでしつこいなら諦めるしかないな。

結果は俺の三連敗。しかも最後は俺がUNOと言い忘れたのが敗因。
「くそっ! なんで負けるんだ!」
「もう一回やる?」
「嫌だ」
もういやだぞ! 負ける勝負なんぞしたくない!



「新年越したら帰るのか」
一応聞いておく。ずっとここにいてほしいだなどとは思っていない。
「うん。早く帰りたいし。でも雨降ってるんだよね」
「空間転移すればいいんだな?」
何故だか察してしまう。言わなければ良いものとは知りながら。さすがに年頃の娘を一人で真夜中に帰らすわけにもいかないだろう。こんな森の中で。まあ、アルルならなんであろうとぶちのめすだろうが。
「よろしく」
「わかった」



その後は沈黙が続いた。何もかける言葉が見当たらなかった。
遠くで新年を告げる派手な花火がなっていた。
「シェゾ、あけましておめでとう。空間転移して」
「……ああ」

空間転移のためアルルの手首をさっと掴む。

「アルル、悪かったな」
さすがにやりすぎた。
「呪いかけるなんて酷いじゃないか!」
「呪い……? あ、ああ。悪かったな」
そうだった。ここに留めておくために呪いといってアルルを騙したのだった。
「魔導書、書き込み消すなよ」
「なんで!」
「お前が読めなさそうなところに書き込みをしたからだ」
ただ単に自分の文字をわざわざ消されたくないだけだが。
「あ、ありがとう……」
「帰る」
「じゃあね」



元旦の朝、何故かアルルが家にやって来た。
「カレー10杯は諦めてあげるよ。ただ……今日の晩、ボクの家にご飯食べに来てよ」
「あ……はあ。いつ行けばいいんだ?」
「えーと、7時くらいかな」
「了解」


その後アルルがカウントダウンに来なかったことを心配した仲間達が話を聞き、(そして思い違いをし)密かにシェゾをボコボコにしようと企んだのはまた別の話。


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