「荒北くん」
「…ンだヨ」
こうして何時間経っただろうか。いや、多分私が何時間と感じているだけで実際は30分くらいしか経っていないのかもしれない。久々にオフだから、とイマドキの高校生らしく遊園地デートを楽しんだ(荒北くんに遊園地で楽しみそうなイメージはないが楽しそうだった、と私は思う)帰りである。私の家の前の、小さな公園。荒北くんはそこのベンチにどっかりと座り込むと、隣に座った私の手を握って沈黙した。…そして、冒頭に戻る。
「…寒くない?」
「…夏に何言ってんだヨ」
「…ソウデスネ」
実際別に寒くない。実は付き合って半年近く経ちそうな私達なのであるが、い、いわ、いわゆ、るキスというものをしたことがない。っていうのも荒北くんが自転車競技部で頑張っているために、二人で過ごす時間がない所為だ。別にそれが寂しいとかは思ったことはない。だって彼が頑張っていることに異を唱えるのはお門違いだから。大和撫子、とまでは言わないけれど女なら辛抱強く生きて行こうぜ!と思うのだ。とまあそんなことはどうでもいいんだけど兎に角キスしたことがないのだ。
…さて、私も一介の女子高生である。花は恥じらわないであろうが青春真っ盛りの女子高生である。友人達はやれキスした〜だの深い方しちゃった〜だの、極め付けにはえ、え、……しちゃった〜だのを口々に言い合うのだ。しかもその誰もが私よりも付き合い始めたのが後なのだ。そうなれば自然と、どうして私達はそういうことをしないんだろうなあ、な、なんて思う訳だ。別にそういうえ、え、……とかはしたいと思ってはいないけれど、き、キスくらいいいんじゃないかな〜!?なんて思うのだ。未だ嘗てないこの距離感に正直内心めちゃくちゃ期待しているのだが荒北くんのことだからどうなのかわからない。
どうキスまで持って行けばいいのかわからない、と内心歯がゆい想いを抱えながらきょろり、と視線を彷徨わせた時、荒北くんの私の手を掴む力がぐぐっ、と強くなる。
「あ、あらきたくん…?」
「名前」
「えっ」
「俺の名前、呼んでみてヨなまえチャン」
じいっ、と私の顔を覗き込んでそう言う荒北くんに息を呑む。あ、荒北くんに名前を呼ばれたのは初めてのことで…そう、なんていうか、心臓が飛び出してしまうかと思った。荒北くんのな、まえ。私に呼べるんだろう、か。
「や、や…」
「…」
「やす、やすっ、靖、…友く、んんっ」
震える唇を動かして、直視は恥ずかしくて出来ないから視線を彷徨わせながら、途中詰まりながらも何とか紡いだ荒北くんの名前にほうっと一息吐く暇も無く、…荒北くんの男の人にしては細い指先が私の顎にぐっ、と触れて持ち上げた。かと思えば、気付いた時には…そう、唇同士が触れ合っていた。なんだ、案外あっさりしたものだなあ、なんて思いながらも心臓はバクバクと鳴っていて爆発するんじゃないかなあ、とちょっぴり思った。
ねえ、靖友くん。すっごく耳が赤いよ。
あおいさんリクエスト、キスしたい荒北とキスして欲しい彼女、でした。リクエスト有難う御座いました!